第24話 血と糖と、観客たち
「……喉、まだ治ってないの? あの喉飴、あげたやつさ」
(……そういえば。完全に忘れてた)
ポケットを探り、喉飴を一粒取り出す。口に放る。
粘りつく薬味。けど……
(クソみたいな栄養食より、よっぽどマシだ)
(なんであんな不味くする必要あるんだよ)
美櫻が横目でチラッと見て、ため息混じりに言った。
「……喋れないのは分かってるけど、なんか慣れないな」
喉はまだ焼けてる。
口角を動かし、やっとの思いで、かすれ声を搾り出す。
「……悪い」
外の長椅子。壁にはモニターが並び、会場の中継が切り替わっている。
観客のコメントがすでに嵐のように流れ出していた。
(……プログラム表)
横を見れば、皺だらけの紙がテープで貼られている。ほとんど読めない。
その時、美櫻も外に出てきて、当然のように隣に座る。
「……別に、謝ってほしくて言ったんじゃないけど」
喉飴を舐めながら、喉の奥がまだヒリつく。
「……勤務中じゃないのか」
「ケガ人いなきゃ呼ばれないし。バックアップってやつ」
一拍置いて、続けた。
「……いて欲しくなかった?」
俺は答えず、視線をプログラムに戻す。
(熊谷……第3試合か)
「……いや」
喉が砂利で削られたみたいに痛む。
それでも言った。
「……少しだけ、ここにいてくれ」
美櫻はピクッと肩を動かし、変な声を漏らした。
横を見ると、顔を真っ赤にしてプイとそらした。
「……あ、あんたがそう言うなら、仕方ないじゃん」
すぐに顔を戻し、眉をひそめて言う。
だがその顔は――わざとらしい優越感を装っていた。
「そもそも、アイドルに気軽に近づけると思わないことね」
(……はぁ。そういうことか)
ついさっき医療室で取り乱してた女とは思えない。
(この場所で、まだ温度を持ってられるのか……)
喉を押さえつつ、思わず口角が上がる。
喉の奥でくぐもった笑いが漏れた。
モニターに目を戻す。
彈幕が画面を埋め尽くしていた。
【お、始まるぞw】
【1戦目は誰だっけ】
【今日も血祭り頼むわ】
〈第一試合、開始〉
映ったのは、見慣れない2人。
タトゥーだらけの巨漢と、細身の青年。
両方とも、罪装はただの長剣。
試し合いもなく、いきなり激突。
「……あーあ」
美櫻が眉をひそめる。
「バカじゃん。何も考えてない」
俺は黙って、画面に映る血の飛沫を見つめる。
(……バカじゃねぇ。もう退けねぇだけだ)
最後は巨漢の剣が青年の喉を貫いた。
目を見開いて、血を吐きながら崩れる姿がズームで映る。
【死んだww】
【気合い入ってんな】
【もっと血見せてw】
【次の罪人は?】
【あいつ弱すぎw】
美櫻が顔を背ける。
「……最悪」
俺もその死体を見ない。
スタッフが、ゴミ袋でも運ぶみたいに引きずっていった。
そして――彼女が、画面に入ってくる。
(……詩音)
冷たい目のまま、血まみれの死体を持ち上げ、運び出す。
片手で、ありえない力。
アップで映る無表情な顔に、観客は興奮していた。
【枷堂ちゃん仕事人ww】
【冷たい目好き】
【処理班助かる】
俺は横の美櫻に目を向ける。
「……戻らなくていいのか」
肩をすくめて、美櫻は言った。
「もう死んだし。人手いらないよ」
脚を組み、腕を組み、座り直す。
(……自由人か)
〈第二試合、開始〉
清掃が終わると、次の2人がリングに入る。
中年の男たち。先ほどより賢そうに見えた。
弩箭と短剣。
(……バランス悪っ)
「弩のほう、絶対嘘ついてる」
俺は頷く。
(距離取って、言葉はフェイク。狙ってる)
そのまま互いに喋りながら、掩体の周囲を回る。
突如、弩が発射され、大腿部に命中。
短剣の男が反撃に飛び込んだが――
胸に矢が突き刺さった。即死。
【嘘つきは勝者の特権w】
【演技派ww】
【短剣ザコすぎ】
「……ほらね」
美櫻はふっと鼻で笑った。
(演技って言うには、雑すぎるが)
弩の男が血を拭いながら退出。
また、詩音が現れる。
今度は短剣の男の死体を処理。
顔は無表情のままだが――
(……呼吸が荒い。顔色が白い)
【枷堂ちゃんも戦わせろ】
【処理班じゃもったいない】
【こいつ絶対強い】
(……観客は、ショーを見てるんじゃない。
人が壊れてくのを見てる)
〈第三試合、開始〉
モニターに熊谷の姿。
身を乗り出してしまった。
美櫻が眉を上げた。
「……やっぱり、仲間思いなんだ?」
熊谷の相手も、長棍の使い手。
しばらく睨み合い。
熊谷は焦らず、少しずつ距離を取っていく。
【ビビってるw】
【逃げ腰ww】
【ガチで慎重派だな】
「……誘ってる」
掠れた声で、俺は言った。
「相手に“ビビってる”と思わせて、先に動かせる気だ」
相手が突っ込んでくる。
熊谷は一瞬で攻撃を躱し、背後へ回り――
長棍を首に打ち込む。
ゴンッという鈍い音。
相手が崩れ落ちる。
熊谷は棍の先を相手の顔に押し当て、動きが止まるまで待った。
赤いライトがリングを照らす。
【エグww】
【冷静すぎww】
【熊谷つええ】
拳を握る。喉が焼けるように痛んでも、声が漏れた。
「……よし」
「ふふ。仲間には優しいんだ」
(……なんか、棘ある言い方)
無視して熊谷の背中を見つめる。
そして、また詩音が現れる。
だが今回は――
(……フラついてる)
顔色が悪い。
明らかに、何かを無理に抑えていた。
死体を運び終えると、ドアが閉まり、画面が切り替わる。
だが彈幕は、まだ笑っていた。
(……おかしい)
(これは、体力切れじゃない)
(何かを、押し殺してる……)
――考えたくもなかった。
血、告解、殺戮。
同じパターンの繰り返し。
そして、観客は飽きもせずに喜ぶ。
プログラム表にはまだ名が残っている。
まるで屠殺場のスケジュールだ。
まぶたが重い。
美櫻は横でまだ誰かの演技を毒舌で語ってる。
俺は、それに生返事を返しながら――
目を閉じた。
いつの間にか、眠っていた。




