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罪人たちのライブショー ― AI裁きのデスゲーム ―  作者: 雪沢 凛


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第22話 偽りの休息、演者たちの幕間

 班房の前。

 金属のプレートには、変わらぬメンバーリストが表示されていた。


 今日も、名前は四つ。


(……毎日これを見てる。

 もう習慣になってるな)


 ドアを開ける。


 中にいたのは――

 痩せた女。スキンヘッドの男。無口な若者。


(無口なのは変わらない。変わったのは、霧島から詩音になっただけ)


 それから――あのうるさい口。

「役者」八雲道彦。この班の“新しい感化官”。


 中で何を話していたのか、俺が入ると空気が止まった。


 八雲がこちらを見て、眉を上げる。

 そして、まるで舞台に立つ俳優のように両腕を広げた。


「おお、迷える子羊のお帰りだ」


 無視して、ドアを静かに閉め、指定の席に座る。


 八雲は満足そうに頷き、手を叩いて雰囲気を変えた。


「さて、今は反省会の途中だったんだ。

 昨夜のショー――いやぁ、見応えあったね」

「みんなプロだったよ。いい演技だった」


 そう言って、間宮をちらりと見る。

「特にラストの“裏切り”。完璧。まさにクライマックス」


 間宮は冷たく笑い、火をつけないタバコを咥える。

 存在しない煙を吐く仕草。

「余裕だね」


 八雲が歯を見せて笑う。

 視線を俺に戻す。


「でも驚いたよ。まさか詩音ちゃんがラストに登場するとはね。

 あれは君の演出?」


(ただ“指示通りに動け”って言っただけだ)

 口を開こうとしたが、喉が痛みで裂けそうになり、声が出ない。


 熊谷が俺の様子に気づき、眉をひそめる。

「佐久間の煙で喉やられたのか?」


 八雲が横でクスクス笑い出す。

「まさかの熱演で喉潰した? さすが“役に入りすぎ”」


 喉が焼けるように痛い。

 必死に言い返そうとするが、割れた声しか出せず、眉が寄る。


 その空気を、詩音の平坦な声が断ち切った。


「……彼の指示」

「壁の矢印を辿ったら、そこに着いた」


(……誰も疑ってない。理由すら聞かない)


 たったそれだけの言葉。


 八雲は一瞬間を置き、にやりと口角を上げた。

「……素晴らしい。よくできました」


 彼はスッと進行役に戻ったように声を張る。

「西園寺は今しゃべれないし、細かい話はまた今度だね」


 テーブルの上の紙を手に取り、ヒラヒラと見せる。


「昨夜は大舞台だったから、次の“団体SHOW”はまだ調整中。

 詩音ちゃんは“夜間貢献”に進む。

 熊谷くんは……単独審判SHOWだっけ?」


 熊谷の腕をちらりと見る。

「傷は大丈夫?」


「……軽傷だ。支障なし」


「素晴らしい」

 八雲は軽快に頷く。


「で、間宮と西園寺は……特別休暇? 羨ましいな〜」

 その瞬間、教室に響くチャイム。まるで舞台の幕引き。


 八雲は紙をパチンと畳み、満足げに出ていった。

 誰も言葉を発さない。


(……特休、か)

(ようやく、休める……のか?)


 深く息を吐くだけで、胸と喉が焼けるように痛んだ。


 ドアから誰かが顔を覗かせた。

 短髭の男。目線が部屋を一巡し、止まる。


「間宮いるか?」


 間宮は目を細め、ゆっくり口角を上げる。

 すぐに立ち上がり、男の腕に自然と絡む。

 何かを囁いて、笑った。


 数人の男たちが後ろに続き、連れ立って部屋を出ていく。

 まるで最初から約束されていたみたいに。


 俺は、ただその閉じた扉を見つめていた。


 熊谷が扉を見て、それから俺を見た。

「……お前ら、付き合ってんのかと思ってた」


 息を吐いた。痛みでかすれた声を絞り出す。

「……いや。俺とあいつは……」

(そういう関係じゃ、ねぇ)

 言葉が喉に詰まり、それ以上出なかった。


 熊谷は眉を寄せたが、何も言わず口を閉じた。

 表情には、少しの困惑と……少しの鈍さ。


(……聞かなくていい)

(もう、誰にも)


 立ち上がる。

 この息苦しい空間から、とにかく離れたかった。


 その時――

 詩音が、俺の服の袖をそっと引いた。


「……ん?」

 見下ろすと、彼女の瞳が、かすかに揺れていた。


 死んだような目が、ほんの少しだけ……不安に濁っていた。

「……“夜間貢献”って、何をすればいいのか、わからない」

「八雲にそう言われたけど、やり方が分からない……」


 いつもと変わらぬ平坦な声。

 でもその中に、小さな震えがあった。


 必死に“これは重要なこと”だと伝えようとしていた。


 俺は熊谷の方を見た。

 彼は即座に目を逸らし、怪我していない方の手をヒラヒラ振る。

「準備があるから、じゃ、よろしく。バイバイ」


 ものすごい勢いで立ち去っていった。

 俺は逃げていく背中を睨みながら、喉を押さえて咳をする。


(……なんで、いつも俺なんだ)


 再び詩音を見た。

 彼女はまだその場から一歩も動かず、俺を見上げていた。

 まるで、命令が来るまで動けないAI人形。


 口を引き結び、俺は手を上げる。

“ついて来い”の合図。


「……行くぞ」

 声が、ひどく掠れていた。

「まずは……AI様の指示を確認しに行く」

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