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罪人たちのライブショー ― AI裁きのデスゲーム ―  作者: 雪沢 凛


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第21話 それでも人間だった

 金属の診療台に腰を下ろす。

 冷汗が背を伝っていた。


 ゆっくり息を吐いて、上着に手をかける。

 まるで爆弾処理でもするみたいに、慎重に。


 Tシャツが汗に貼りついていて、めくるたびに皮膚が引っ張られる。

 左肩に、鋭く焼けるような痛み。


 歯を食いしばり、頭から服を脱ぎ捨てる。

 古い包帯はすでに緩み、茶色に乾いた血が染みていた。


 美櫻が近づいてきた。

 ナースシューズの足音。

 白いライトの下で、名札が揺れる――今の「役割」の証。


 俺の正面に立ち、見下ろす。


「……自分でやる?」


 視線を上げたが、首は振らなかった。


 美櫻は黙って引き出しを開ける。

 消毒綿、薬、ハサミ、新しいガーゼとテープ。準備は手慣れていないくせに早い。


 一瞬だけ手が止まり、そして包帯に手を伸ばす。

 指が鎖骨に触れた瞬間、肩がぴくっと反応した。


「……痛い?」

「平気だ」


 肩に近い位置の火傷。

 昨夜、奴の光弾を避けきれず、擦り傷のように焼かれた。

 赤黒く腫れて、血がにじんでいる。


 古い包帯をハサミで切っていく。

 剥がす時にちょっと引っかかって、思わず息を呑む。


【おい!これ誰のせいだよ!】

【彼女が暴力的に包帯中w】

【この空気、最高かよ】

【代わりに拭かせてください(即死)】


 美櫻は顔を赤くし、唇を噛んで無言。

 綿でそっと消毒を始める――慣れてない手つき、でも妙に丁寧。

 まるで俺の身体を強く触れたら、何かの罪になるみたいに。


「……バカ」


(……案外、面倒見いいじゃねぇか)

(……まあ、これも“ショー”の一部か)


 下がった睫毛、整えられた化粧、いつもの作り物の顔。

(几帳面な奴なのか?)


 そう思った直後。手が震えてるのに気づいた。

 力はある。だが、不器用。


「動かないで」

 命令っぽく言うが、声が震えていた。


 痛みを堪えながら、視線を横にずらす。モニターが目に入る。


【おいおいw】

【押さえつけてるww】

【どんなプレイだよ】

【いいぞもっとw】


(……まだ中継してんのかよ)


 美櫻もそれに気づいた。

 顔が一瞬強ばり、手の動きが止まる。


 でも、すぐに息を吸って、またガーゼと薬を手に取った。


 指先はまだ震えてる。

 薬を取りすぎて、ぽたぽたと肋骨のあたりに垂れる。


 テープの端が絡まって、剥がそうとしたら全部落ちた。


「……くっそ……」

 拾おうとして前屈み。

 スカートが揺れて、画面がまた盛り上がる。


【サービスショットw】

【看護下手くそww】

【ガチで新人かよ】

【がんばれw】


(……このAI、マジでどこまで中継する気だ)


 顔を逸らす。彼女の真っ赤な耳が目に入った。


 新しいテープをようやく見つけ、巻き始める。

 一周目で、「ッ……」と息が漏れた。

 額に冷や汗。喉から、壊れた音みたいな呻き声が出た。


【あ、鳴いたw】

【復讐タイム】

【もっと痛がれww】

【お似合いw】

【仲良しかよ】


 美櫻の目が見開かれる。

 手が俺の傷のすぐ横で止まる。完全に固まった。


「……ごめん、わざとじゃない……」

 声が揺れてる。明らかにパニックだった。


【かわいいw】

【不器用すぎww】

【ほら笑えよ】

【最高のコンビ】


(……どう見ても演技じゃねぇな)

(不器用だけど、真面目なんだな)


 思わず、喉を焼くような痛みをこらえて、口元が緩んだ。

「……クッ」


 美櫻が睨み返す。目元が濡れていた。

「……何笑ってんのよ」


 コメントの嵐に追い詰められながら、逃げずに立っていた。


 彼女が一歩近づく。

 声を絞って、カメラに聞こえないように話す。


「……さっきの笑い、あれは本気でしょ」

 刺すような言葉。


「昔のあんた、そうやって笑って場を動かしてた。

 それに釣られて、私も……走り出したくなった」


「でも今の顔、まるで死人じゃん。気持ち悪いよ」

 喉が詰まったように震える声。


 でも、言い切った。

「さっきの一瞬だけ……人間らしかった」


(……ほんと、キツいな)

(俺はもうとっくに……ここで壊れてるんだよ)


 答えられなかった。

 ただ、壊れかけた顔を見つめ返した。


 酒精と血の匂いにまじって、彼女の甘ったるい香水が鼻を刺す。


(……記憶が滲んでくる)


 あの日、あの風――

 スカートが揺れて、彼女が言った。


「……透、少し話せる?」


 初めて名前で呼ばれた日。

 驚いて顔を上げた俺に、泣きそうな目で笑いかけてきた。


(……あの時の彼女も、きっと作り笑いだった)

(でも今の彼女は……違う)


 手つきは不器用、でも目は必死。

 ようやく包帯を巻き終えた時、数秒沈黙してから、手を離した。


「……終わった」

 声が、絞り出すようだった。


【意外にいい雰囲気】

【でも下手w】

【次はキスか?】


 視線を逸らし、かすれ声で言った。

「……ありがと」


 美櫻は立ち上がり、シワのついたスカートを整える。

 何か言いたげに唇が動いたが、言葉にはならなかった。

 ようやく、ポツリ。

「……むしろ私の方が、ありがと、だよ」


「ん?」


「……なんでもない」

 振り返らず、背中越しに何かを投げてきた。


 咄嗟にキャッチする。

 薬局の喉飴だった。


「棚にあったから……あんた、必要でしょ」

 そのまま走るように、別室へと去っていく。

 ヒールの音が、床を打つ。


 ドアが閉まり、モニターがざわついた。


【おおw】

【やるじゃんw】

【ナイス喉飴】

【ちょっと感動した】


 画面を見上げて、ひとつ息をつく。


(……不器用な女だな)

(だが、そういうのは――嫌いじゃねぇ)


(……)

(ま、俺も似たようなもんか)

(どうせ、騙せればそれでいい)



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