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罪人たちのライブショー ― AI裁きのデスゲーム ―  作者: 雪沢 凛


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第19話 墜ちないための叫び

 八雲は突然、くるりと振り向き、両腕を大きく広げた。

 まるで見えない観客席に向かって、深々と礼をするかのように。


「――さあ、お待ちかねの観客の皆さま!」

「こちらがAI様お墨付きの、最新の『罪の劇場』でございます!」


 声は芝居がかった抑揚で、ゆっくりとしたステップを踏みながら続く。

「上層市民の特等席、スポンサーのVIP席、そして――この舞台。」


 足を止め、二本の指を弾き、俺の胸を指し示す。

「主演は、もちろん君たち――『原罪の子羊』だ。」


 黙って、ただ睨み返す。

(……演技指導までしてくれるのかよ、この野郎。)


 八雲はそんな視線など意に介さず、城壁の縁に歩み寄り、

 両腕を大きく広げ、夜景を抱きしめるような仕草をした。


「見ろ、西園寺。」

「この世界のすべてが、AI様の監視と管理の下にある。」

「毎日、起きて、働いて、帰って、寝る――完璧なパターン。」


 彼はわざとらしく声を引き伸ばしながら、指先で光の海をなぞる。


「なぜだと思う?」

「生産のため、秩序のため。すべてをひとつの型にはめるためだ。」


(……始まったな。また、詭弁タイムか。)

 無言で背中を見つめる。だが胸の奥に、妙な圧迫感が広がっていく。


 八雲は振り返り、自分のこめかみをコツコツ叩きながら、

 氷のように冷たい笑みを浮かべた。


「だがAIは知っている。ルールだけじゃ足りない。」

「人間ってのはな、餌を与えて飼っておくだけじゃ腐っていく。」

「頭が勝手に回り始め、心が膿んでいく。」


 声色を突然変え、観客のコメントを真似るように叫ぶ。


『もっと血を見せろww』『詩音ちゃんマジ天使w』

「ほらな、叫ぶだろ? 笑うだろ? 注文までしてくる。」


 八雲は腕を振り、見えない弾幕をかき分ける仕草をする。


「観客席は用意されている。俺たちは舞台を与えられている。」

「――幕を開けるんだよ、西園寺。」


「だからこそ、必要なのはエンタメだ。」

 パチン、と指を鳴らす。


「他人の人生を生配信だ。罪人の人生を。」

「懺悔、葛藤、流血、泣き叫ぶ姿……観客はそれを喰らう。」


(……弾幕は血肉をしゃぶる獣だ。)

 俺は奥歯を強く噛みしめる。それでも言葉は出さない。


 八雲は両手を広げ、舞台監督のように冷たい夜に語り続ける。


「コメントで絶叫し、投票で賭ける。」

「金持ちは投資し、企業はスポンサーになる。」

「――全員が、満たされる。」


(観客の期待を操るシステム……)

(いや、俺もやってきたことは同じだ。)

(止める気なんて、最初からなかったくせに。)


 八雲は握った拳を開き、指を一本一本広げながら言う。


「満足感。」

「自分の現状に安心し、幸福を錯覚する。」

「なぜなら――もっと惨めで、もっと醜くて、もっと救えない奴が、ここにいるからだ。」


(……それが、救いのつもりかよ。)


 風が冷たい。だが一歩も退かない。

 八雲の視線が、刃のように鋭く俺を刺す。


「すべては、操れる。」

「AIが設計したこの『SHOW』は――罪を、究極の娯楽に変えた。」

「そして君たちは……」


 伸ばされた指が、俺の胸を静かに示す。

 その声音は、やけに優しく、それでいて残酷だった。


「――原罪の子羊だ。」


 頭を傾け、狂気を孕んだ笑みを浮かべる。

「演じなければ、殺されるだけだ。」


(……観客が欲しがるものを、俺はただ見せている。)

(俺だって、同じじゃねえか。)


 八雲は一拍置き、低く笑って指を下ろした。

 だが、またゆっくりと俺を指さす。


「……でもな。お前は違う。」

 眉をひそめ、吐き捨てるように返す。


「……何が言いたい。」


 八雲は肩を揺らし、まるで小動物をからかうような笑みを浮かべる。

「わからないのか?」


(……認めたくないだけだろ、俺が。)


 彼はそれ以上、何も言わず。

 視線を夜景に戻し、冷たい風の中に立ち尽くす。


 俺も黙ったまま、目を閉じて風を吸い込んだ。


 ――八雲は知っている。

 俺がもう、とっくに“巻き込まれただけ”じゃなくなっていることを。


 そして俺も、認めたくなかった。

 俺の手の中にあるものが、このSHOWを動かしているという事実を。


 夜景は美しい。だが息が詰まるほど冷たい。


 俺は、足を城壁の縁に掛ける。

 わずかな石の出っ張りに体重を預け、靴底が擦れる音が響く。


 身体がかすかに揺れ、心臓が跳ね上がる。

 一歩踏み出せば、真っ暗な奈落だ。


 背中を刺すような風。髪も、服も、暴れるように舞う。


(落ちるのは怖い。――でも、止まるのはもっと怖い。)



(俺はもう、戻れない。)


 歯を食いしばり、夜空に向かって声を引き裂く。


「見てるんだろ、クソども! これがお前らの欲しがった『罪人』だ!」


 喉が焼ける。血を吐くみたいな声が、闇に溶けていく。


「懺悔して! 裂けて! 崩れて! 立ち上がって、また崩れる――!」

「それでも足りねぇのか? これでも満足できねぇのか!」


 叫びは嘶きに変わり、息が燃える。

 涙も出ねえ。声だけが、俺を引き裂いていく。


 そして、風の中に――八雲の笑い声が、低く、冷たく響いた。


「……いいぞ。最高だよ。」

 狂った演出家の拍手が、夜に鳴り響いた。


(これがAIの舞台だ。俺は――その主演だ。)



(降りたくても、もう降りられない。)

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