第12話 開演まで三十秒
薄暗い廊下を進む。
冷たい照明がチカチカと瞬き、壁に並ぶAI監視カメラが、無言で俺たちを追っていた。
まるで表情の一つひとつをデータに分解するみたいに。
誰も口を開かない。
間宮はポケットに両手を突っ込み、まっすぐ前を見ているが、その視線はどこか定まらない。
熊谷は後方で拳を握りしめ、ゴキゴキと骨の軋む音を響かせていた。
詩音は俺のすぐ後ろを歩く。足取りは微塵も乱れず、顔には相変わらず何の色もない。
廊下の突き当たりに、重厚な金属扉が開かれていた。
扉枠の上、電子パネルが冷たい赤字を点滅させる。
【審判SHOW・参加者集合】
中は灰色に染まった「待機室」。
刑務所みたいなコンクリートの壁。冷白の照明。
壁際には金属製のベンチがいくつか並んでいる。
正面のスクリーンにはカウントダウン。
【00:04:58】
【00:04:57】
俺は奥のベンチに腰を下ろした。
間宮は眉をひそめ、当然のように隣に座り、足を投げ出す。
熊谷は距離を取って、別のベンチにドスンと腰を下ろし、荒く息を吐いた。
最後に入ってきた詩音は、目的もなく歩き回るように一度だけ視線を巡らせ、ゆっくりと俺の隣に腰を下ろした。
肩は驚くほど細いのに、背筋はまっすぐ。
焦点のない瞳が、無機質にスクリーンを射抜いている。
「緊張してるのか」
感情を込めず、淡々と尋ねる。
首を横に振った彼女は、しばらくしてからぽつりと口を開いた。
「……ちょっと考えてた。私も……何か演じるべきなのかなって」
「……考えすぎるな。指示に従え。
観客が勝手に妄想してくれる」
低い声でそう返すと、詩音はこちらを向いた。
その瞳に、ほんのわずかな色が差した。
空っぽの殻じゃない――けど、その一瞬に何を見たのか、俺には分からなかった。
視線を外し、短く息を吐く。
(……こいつがいなきゃ、もっと単純だった)
(だが――こいつがいる方が、面白くなる)
(悪くない)
「なぁ」
間宮が口を開いた。まるで世間話みたいな軽い声で。
「今回さ、もしあたしがアンタを守り切ったら――
一晩、付き合ってくれない?」
注文でもするような自然さで言いやがる。
俺は返事をせず、ただゆっくりと横目で彼女を見た。
口元に笑み。だがそこには冗談の欠片もない。
しばらく黙ったあと、俺は呟く。
「……そんな台詞、よく言えるな」
天気予報みたいな声で。
「言わなきゃ、OKしないでしょ」
肩をすくめ、彼女は続ける。
「たださ、タダ働きは性に合わないんだよ」
「……いいぜ」
低く返した。
「だが――生き延びられたらな」
「当然」
間宮は笑った。その笑みは、もう腹を決めた奴のそれだった。
――俺は言わない。守る気なんて欠片もないことは。
だが、今は頷く方が楽だ。
(試してるんだろ、俺を。
いいさ、こっちも見極めてやる)
彼女の唇には火のついてない煙草。噛み跡だけが深くなる。
熊谷は歯ぎしりをしながら視線を伏せ、不安と苛立ちを隠そうともせず、ただ拳を握り締めている。
……それでも何も言わない。沈黙は鉛みたいに重い。
詩音は一切動かない。
ただ赤い数字を追っていた。
その横顔は、何を考えているのか分からない。
俺は冷たい壁に背を預け、目を閉じる。
(役? ドラマ?)
(演じるよ、八雲――だが、てめぇの台本じゃねぇ)
(……俺は、生きるために演じる)
(この地獄から――必ず抜け出す)
スクリーンの数字が淡々と減っていく。
低く、規則的な電子音。
【00:00:32】
【00:00:31】
(――来い)
(ショータイムだ)




