第11話 舞台の幕が上がる
翌日――
昼の礼拝が終わったあと、やっと八雲が「授業」をする気になった。
奴は教室の前に立ち、あの芝居がかった、しかし異様に冷たい声で、詩音に「審判SHOW」の流れとルール、そして「告解」の意味を語り始めた。
俺と間宮、熊谷は後方に座り、ときどき口を挟みながらも、実際には彼女の様子を観察していた。
詩音は無表情のまま、ただ黙って聞いている。
本当に理解しているのか、全く分からない。
(……八雲、本気でこいつに台本どおり演じさせるつもりか?)
(無茶もいいとこだろ)
それでも、俺たちは強制的に「簡単なリハーサル」をやらされた。
小学生が音読でもしてるみたいに、ひたすら気まずい時間。
だが八雲は妙に楽しそうで、「センスあるな」なんて笑ってやがった。
リハーサルが終わったあと、間宮が煙草を咥えたまま近づいてきた。
火は点いていない。彼女は壁に背を預け、低く息を吐く。
「……なあ、西園寺。
あたし、一生で初めてだよ、こんなに緊張すんの」
俺はちらりと視線をやり、台本を机に放り投げた。
「必要なときは、自分の判断を優先しろ」
間宮は眉を上げ、そして笑った。
「……ああ、それ悪くない答えだね」
その声色には、妙に満足げな響きがあった。
熊谷は席で首を揉みながら、台本を睨んで舌打ちしていたが、結局何も言わなかった。
――詩音はというと、相変わらずだ。
手に台本を握りしめたまま、正面を見つめて微動だにしない。
頭の中、真っ白なんじゃないかと思うほどに。
(……やっぱり、演技なんて無理があるだろ)
(というか、俺だって吐き気がする)
間宮が席に戻るころ、俺はまだぼんやりしていた。
そのとき、八雲が歩み寄ってきて、ぽつりと一言――
「……罪装システム」
眉がぴくりと動く。強引に意識を引き戻された。
顔を上げると、八雲は俺を見ず、自分の掌をじっと見つめている。
「AIはな、罪人一人ひとりの『罪』に合わせて、最適な装備をデザインする」
「……ドラマチックだろう?」
低く笑いながら、その手をゆっくり握りしめる。
「強すぎる装備は面白くない。だから『代償』を付ける」
俺は鼻で笑った。
(知ってるよ。あのクソみたいな中二設定)
まるで心を読んだかのように、八雲はさらに声を落とす。
「代償は重くない。ただ――痛みは、ちょうどいい」
「観客を酔わせ、使う者を殺したくなるくらいに」
そして、わずかに嘲るような調子で続ける。
「罪装の目的は、ショーを面白くするためだけじゃない」
「本当の狙いは――」
八雲は振り返り、俺をまっすぐ射抜いた。
「――お前らに、自分の罪を叩きつけることだ」
「それこそが贖罪だ」
両手を背に組み、直立したまま声を低くする。
「お前ももう気づいてるだろ、自分の発動条件に」
「肝心なのは、あのクサい台詞じゃない」
「――『相手の罪を言い当てる』ことだ」
八雲はふざけたポーズを取った。
片手を天に掲げ、もう一方で顔半分を隠す。
「正解なら、罪装は起動する」
「だが――間違えたら、『失格フィードバック』が走る。
あれは普通の奴なら耐えられない」
(……そのポーズ必要か?
ほんと、お前らの方がよっぽど中二病だろ)
八雲は一拍置き、俺の顔をじっと見て言う。
「お前の罪装は強い」
「だからこそ、判断を誤れば――反動は殺しにくる」
最後に声を冷たく落とした。
「――お前は、ただの執行者じゃない。審判官だ」
「審判官の責任は力じゃない。罪を、正確に指し示すことだ」
俺は無言で肩をすくめ、吐き捨てる。
「……しゃべりすぎ」
(どうでもいい。
俺が望むのは――生き残ることだけだ)
視線を外し、奴の顔を見ないようにした。
そのとき、頭上で微かな息遣いが降ってきた。
「……そうか」
八雲はそれだけ言い、何も足さなかった。
(――だが分かってる。)
(あいつは全部知ってる。ただ、俺の反応を楽しんでるだけだ)
場の空気が張りつめたその瞬間――
「よォ」
軽い声が、ドア口から割り込んできた。
顔を上げると、昨日のコンビニで会った男が、だらけた姿で立っていた。
胸元のプレートには、はっきりと「6C班」。
「お前ら、四人だけ? 補欠もいねぇのかよ。
マジでキツいな、戦力不足じゃん」
声は軽いが、視線は鋭い。
獲物を値踏みする蛇みたいに。
――間違いなく、ただの奴じゃない。
俺は鼻で笑い、横目で返す。
「いや、その方が都合いいだろ」
「全員生き残ればボーナスだ。
お前ら、廃物抱えてねぇといいな」
男の口角がぴくりと動く。
笑みを作ろうとして、無理やり引きつった。
「ハッ、口だけは達者だな。……クソ中二病」
吐き捨てるように言い、そいつは踵を返した。
教室は再び、重い沈黙に沈む。
頭上のスピーカーが、冷ややかに告げる。
〈各班、参加者は準備エリアへ移動してください〉
深く息を吸い込み、仲間の顔を順に見やる。
八雲は歩み寄り、あの気味の悪い笑みを浮かべたまま、声を落とした。
「――さあ、ここからが舞台だ」
「観客が求めているのは勝敗でも正義でもない。
苦しみだ。葛藤だ。崩れ落ちる寸前で、なお『演じる』姿だ」
間宮に視線を送る。
「お前、口先だけじゃ乗り切れない。裏切りが怖いんだろ?
どっちを先に切るか、楽しみにしてる」
熊谷に目を向ける。
「耐えるだけじゃ駄目だ。一言の暴言が、一発の銃弾より人を殺す」
そして――詩音を見て、口元を歪める。
「お前はまだ罪を知らない。嘘も下手だ。
だが心配はいらない。観客が勝手にドラマを作ってくれる」
最後に、俺を射抜く視線。
「西園寺、お前はバランス取りが得意だよな?
だが――演じ続けてると、その『仮面』は本物になる」
言葉を切り、妙に含みを持たせて付け加える。
「……伝えることは、全部伝えた」
芝居がかった調子で、嘲笑を混ぜたように続ける。
「じゃ、頑張れよ。拍手が聞けるといいな――
もし、生き残れたらな」
(お前なんかいなくても、俺たちはやってきた)
間宮は煙草を指で弾きながら「クソ、だりぃ」と吐き捨てた。
だが、その指先はかすかに震えていた。
熊谷は何か言いかけ、結局ため息を吐くだけ。
詩音は何も言わない。ただ、その瞳が一瞬、俺を映した。
俺は全員を見渡し、低く告げる。
「――最後に言っとく」
「中に入ったら、演技は演技だ。
だが――殺すべき時は殺せ」
「指示を待つな。自分の判断で動け」
「クソみたいな台本に命をくれてやるな」
沈黙。
やがて、間宮が小さく笑い、片眉を上げた。
「了解」
熊谷は無言で頷く。
詩音もわずかに首を縦に振り、その瞳は俺を離さなかった。
(……いい。
それでいい)




