第10話 獣籠の中の邂逅
コミュニティに戻った頃には、夜間供献はもう始まっていた。
頭上のスピーカーから、冷たい電子音が無感情に響く。
〈罪人の皆さん、夜間供献の時間です。指定エリアへ移動してください〉
任務表に視線を落とす。
──「コンビニ」。
コンクリートの箱に押し込まれた半自動の店舗。
倉庫みたいに冷え切って、肌に突き刺さる寒さ。
無機質な金属棚が並び、奥のAIレジが無感情な光を放っていた。
今日の仕事は、リスト通りに商品を補充すること。
ただの肉体労働だ。頭を使う余地なんてない。
(……自給自足? 笑わせる)
意識は霞み、瞼が鉛みたいに重い。
休む時間なんて、どこにもない。
自動ドアが低くうなるような音を立て、開いた。
リストを握りしめたまま、ゆっくりと中へ進む。
天井の監視カメラが赤い光を瞬かせ、無言でこちらを見下ろす。
〈西園寺透、供献シフト開始確認〉
深いため息が漏れた、その時――
棚の向こうで、かすかな物音。
影が一つ、ぬっと現れる。
視線を上げると、見覚えのある顔。
(……6C班のやつ)
名前までは出てこない。だが、あの顔は忘れない。
「……よう」
向こうも気づいたらしい。だらしない笑みを浮かべ、片手をひらひらさせる。
声は軽く、妙に伸びる。
俺と同じくらいの年に見える。だが、目つきだけが鋭くて――蛇みたいに俺の動きを一つ残らず舐めていた。
「お前、西園寺透だろ」
手元でリストをめくりつつ、何気なく視線を胸のプレートに流す。
6C班の刻印。
「……6Cか」
相手は眉を吊り上げ、薄笑いを深める。
「ハッ、聞いてるぜ。――あのCODE男」
(……探りか)
一瞬で、空気がぴんと張り詰めた。
無言で作業を続ける。商品を棚に並べ、一言だけ吐き捨てる。
「そうだよ。どうした、サインでも欲しいか」
軽く笑い、数歩近づいてきた。金属の棚にもたれ、気安い声で言う。
「肩の力抜けよ。ただの挨拶だ」
リストを裏返し、視線もやらずに答える。
「……好きにしろ」
(――顔に『探り』って書いてあるぞ)
奴の細い目が、さらに細くなる。
「フン、つれねぇな。ショーの時と同じだな」
わざとらしく声を張り、続ける。
「そういや、あれだろ? 罪装起動CODE? クッサいセリフだなぁ」
(またそれか)
眉をわずかに跳ね上げ、口角で乾いた笑いを作る。
「そりゃどうも。……邪魔だから、さっさと精算して消えろ」
奴の笑みが、じわじわと凍りつく。
「――明日のショー、手加減すんなよ」
指先が、わずかに止まる。
視線は上げない。
「……努力するよ」
鼻で笑い、奴は背を起こす。
「ハッ、つまんねぇ野郎だな。――まあ、せいぜい見苦しく死ぬなよ」
リストをポケットにねじ込み、ようやく顔を上げる。
「……その言葉、そっくり返すよ」
奴の口角が、ぴくりと震える。
だが、何も返さず踵を返した。
AIレジが冷たく鳴る。
〈供献ポイントを70減算しました〉
店内の照明が、さらに冷ややかに光を増す。
空気ごと凍りつくようだった。
奴は片手をひらりと振り、吐き捨てるように言う。
「――明日な、CODE男」
自動ドアが音を立てて閉まり、静寂だけが残る。
(……探り終わって、さっさと消えやがった)
(やっぱり――誰も、ただの駒じゃない)
肺の奥から、重い息がこぼれる。
(……結局、俺たちは同じ檻の中の獣だ)
頭上の監視カメラが、赤く瞬いた。
無感情な電子音が告げる。
〈西園寺透、供献進捗率不足。作業を継続してください〉
「……分かってるよ」
低く呟き、残りの荷物を棚に押し込んだ。




