第八首『ぶっとび美尻バス』
俺は特質怪異を追いかけてバイクを走らせる。特質怪異とはいったいなんなのだろうか。
※お食事中に読まないことを強くオススメします。
俺は生首の付いたバイクを走らせた。バイクは普通の車の速度の何倍も、いや下手すれば電車を超えるのではというほどの速度で走っていく。風を切る音をとてもうるさく感じた。
「うおおおお、しがみつくバケぇぇぇぇ」
変な声がしたと思い車体を見ると、バイクのカウル部分になぜかバケロンが張り付いている。
「うわっ、お前いたのかよ!」
「当たり前だろ! オイラはお前のサポートオバケだ」
ものすごい風をモロに受けて、バケロンの体も声も震えている。かなり辛そうだ。
「大丈夫? ヘルメット無しで」
つむぎも心配そうにバケロンを見る。
「心配ない! オイラにとっちゃ平気へっちゃら屁の河童だ。それより、先にお尻の特質怪異のこと教えとくぜ」
なるほど、怪異の情報を教えるためについてきたのか。先に敵について知れるのはとても助かる。
「いいか? 特質怪異は特質霊同様に特殊な能力を持っている。つむぎには近くにいる怪異を感じ取る力が備わってるだろ。それが特質怪異にもあるんだ」
「なるほど……それで今回の敵の能力は分かるのか?」
「もちろん、それは……」
バケロンがやたら勿体を付けてためはじめた。
……長い。全然先を言わない。そろそろ言って欲しい。
「ズバリ〜〜〜〜……」
「乗り物に取り憑いて操ることでしょ」
「えっ」
先に言ったのはつむぎだった。
「お前、知ってたのかよ!」
バケロンが見せ場を取られて怒っている。
「バケロンフォンにデータあったもん、あらゆる乗り物に取り憑いてその乗り物を操るって」
「でも教えてよかったのか?」
さっきまで、俺を戦わせたくないってあんなに口を割らなかったつむぎがこんなにアッサリと口を割るなんて。
「良いも何も……だって……」
「ん?」
つむぎが正面にある何かを見ているのに気づく。視線を追うとそこにあったのは……。
「尻だ……」
真っ黒なお尻のついたバスだった。
「いる!! ってわぁぁぁぁ!」
バケロンがビックリした拍子にカウルから手を離し、遠くの方へ飛んでいった。……まぁ、多分大丈夫だろう。心配しないでおくことにする。
「綺麗なお尻……」
つむぎが呟く。確かにつむぎの言う通り、綺麗なお尻だ。大き過ぎずかなり控えめなサイズでありながらハリツヤは良く、しなやかで滑らかな曲線はまるで剥きたてのゆで卵のようだ。
……自分で言っといてなんだが、今の表現はキモい。でも、本当に美しい。美尻と呼ぶに相応しいだろう。
「さしずめ美尻バスってところだな」
「は? キモッ」
つむぎに真面目にキモッと言われてちょっと心が傷ついた。つむぎだって自分で『綺麗なお尻……』って言ってたくせに。
バイクをピッタリ、美尻……いや、バスの後ろにつけて、走っていく。そのスピードは速く、バイクと美s……バスの距離はどんどん縮まっていく。だいぶ追いついてきた。そう思ったその時だった。
――ブーーーーー!
「うあ!」
「何!?」
突然、美尻からものすごい勢いで黄色いガスが噴射された。バスはその推進力で一気に俺達と距離を離していく。
俺は咳き込みながら咄嗟にブレーキをかけてバイクを停める。つむぎもバイクの上で涙を流して咳き込んでいる。
「今のは……いったい……クッサ!」
おならだ。それも、なんか前の日に餃子とか食べたタイプのおならの臭いがする。
「あんなの、データにも無かったよ……鼻がひん曲がるぅ」
「ピッタリ後ろに付くと危ない。横から追い抜くのが良さそうだ」
俺は再びバイクに跨がると、すぐにバスを追いかける。バイクのスピードは速く、すぐにバスの姿が見えてきた。今度は真後ろではなく少し横から追いかけている。これならおならも食らわないはずだ。
「ん!?」
美尻の穴から、急に何か黒いものがニュッと出てきた。
「あれ……うんこ?」
つむぎがオブラートにも包まず直球で呟く。
すると次の瞬間、そのうんこのようなものが勢いよく発射された。
「うんこじゃない! 爆弾だ!」
丸い大きな爆弾は綺麗な放物線を描きながらこちらへ向かってくる。俺はすぐにハンドルを切って左に避ける。落ちてきた爆弾は真横の地面に着弾するとその瞬間大爆発を起こした。
「うわっ、熱っ!」
ものすごい熱風でふっ飛ばされそうになるが、ハンドルを握りしめなんとか持ちこたえる。
「うんこ爆弾……厄介だな……」
すると、美尻は尚も穴から爆弾を、今度は次から次へと連続で発射してきた。
俺はバイクを右へ左へ移動させ、それを躱していく。ペーパードライバーにしては、中々上手いバイク捌きだと思う。思わず心の中で自画自賛してしまう。
「心矢、自惚れない。顔に出てるよ」
「悪かったな」
ヘルメットを被ってるし、そもそも生首はバイクの前の台座についているんだからこちらは見えていないはずなのが。
そんなことを考えている間に、もう美尻バスのすぐ真横まできていた。俺はハンドルから右手を離すと手のひらをパッと開き叫ぶ。
「アカツキノカマ!」
すると手の中に鎌が出現した。俺はその鎌のトリガーを二回を押し、バスのタイヤ目掛けて振り下ろす。すると鎌の刃から手裏剣状のエネルギー弾が発射され、そのタイヤに着弾した。
タイヤの空気が抜けて、バスがその場で動かなくなる。
「よし!」
俺はその隙にバスを追い越すと、バスの目の前にバイクを停め、そこから降りた。そしてそのバスを思いっきり睨みつける。
「お前はここで終わりだ!」
バスごと怪異を切り裂こうと、鎌のトリガーをその場で三回押して、それを大きく振り上げた。
「怪異こんめ……」
「待って心矢!」
「なんだ?」
俺は鎌を振り上げたままピタリと止まった。
「あのバスの中! 見て!」
よく見ると、バスの中にまだ何人も人がいるのが分かった。皆気を失っていたせいで気配を感じることができなかったのだ。
「まいったな。今斬ったら、あの中の人達まで犠牲になる」
だが、あの美尻がバスに取り憑いている限り助け出すことはできそうもない。エネルギーが溜まったままの鎌を振り上げた状態から完全に動けなくなってしまった。
バスのヘッドライトから稲妻のような光が放射され、俺の体を包んだ。
「うぐっ」
全身に痺れるような激痛が走り持っていた鎌が手元に落ちる。落ちた衝撃で鎌に溜まっていたエネルギーが暴発し、俺の足元が大爆発した。
「ぐあっっっ」
俺の体は思いっきりふっ飛ばされ、全身が地面に打ちつけられる。頭に被っていたヘルメットが割れ、破片が周囲に散らばった。
近くにあった水溜まりを覗き込んで自分の顔を確認すると、割れたヘルメットの隙間から覗いた右目の上辺りからツーーと血が流れていた。
「大丈夫!? ……ッ! お尻が!」
バイクの方からつむぎの声がする。僅かな力を振り絞って顔を持ち上げると、バスに取り憑いていたはずの美尻が、いつのまにかバスの真上に浮かんでいた。
俺はなんとか立ち上がろうとするが力が入らない。美尻はそんな俺をあざ笑うかのように、ブーーっとおならをぶっかけて空の彼方へ吹っ飛んでいった。臭い。
生首のついたバイクがこちらを向いてゆっくりと近づいてきた。どうやらつむぎの意思でもあのバイクを操作できるようだ。
「心矢……大丈夫?」
バイクについた生首はヘルメットを被っていてどんな表情かは分からないが、その声色から心配してくれていることだけは伝わる。
「あぁ……、すまん」
「なんで心矢が謝るの?」
「だって……あの怪異を……逃がしちまった……」
あの怪異がまた、誰かを襲うかもしれない。また、大切な誰かを。
「そんなのどうだっていいよ! 私は心矢さえいれば……」
つむぎがいつになく本気で怒っている。自分でも分かっていた。俺がつむぎにどれだけ心配をかけているか。どれだけつむぎを苦しめているか……。
「俺さ……怖いんだよ……」
口をついて出たのは、俺がずっと隠してきた、俺自身の本心だった。
「俺さ、小さい頃、父さんに言われてたんだ。『大切な人を守れる人になれ』って。ずっとその言葉を信じて、そうなれると信じて生きてきた」
つむぎは真剣に黙って俺の話を聞いてくれた。ヘルメットで顔は見えなくても、真剣に聞いてくれていることはしっかりと伝わっていた。
「だけど小学六年生のとき、家が火事になって、みんな逃げられなくて、俺だけ奇跡的に命が助かって……」
そう、あのとき家は全焼し、母さんも父さんも炎に飲まれて死んだ。だけど、俺だけがなぜか助かったのだ。
「それが今でも許せないんだ。大切な人を守れる人に守れないまま俺だけ生き残って。それがトラウマで……。だから次は守ろうってそう決めてたのに……」
水溜まりに映る俺の目はいつのまにか涙で赤く腫れ上がっていた。
「それなのに、俺はずっと、何も守れてない。つむぎの時も、ジンの時も、高橋さんの時も、ずっと俺だけが生き残ってる。俺だけ生き残って、俺の周りの大切な人はみんな死んでいくんだよ……」
俺は腕に力を入れゆっくりと立ち上がった。が、まだ自分の力だけで立つのは辛く、バイクに寄りかかる。バイクについたヘルメットの生首に、俺の目から溢れた水滴がこぼれ落ちた。
「心矢……」
「トラウマってさ、回数を重ねれば慣れるもんだと昔は思ってたけど、実際は逆なんだ。一回、また一回って繰り返すたびにどんどん辛くなって、怖くなって……」
「でも……、でも……」
つむぎが何かを言おうとするが、言葉に詰まったのか「でも」の先が言えなくなっている。
「ごめんつむぎ……つむぎだって怖いのは分かってる。俺を心配してくれるのも分かってる。これは全部俺のワガママだ。でも……お願いだ。お願い……だから……」
急に意識が遠くなって俺は地面に倒れた。近くにいるはずのつむぎの声がとても遠くに聞こえる。何を言っているのかも聞き取れない。
俺は必死に起き上がろうとするが全身に力が入らない。早く立ち上がらなければ、あの怪異を倒さなければならないのに。
――やがて視界が完全に真っ暗になり、俺は意識を失ってしまった。