第六首『モグラの爪痕』
ついに始まる、モグラ型怪異との戦い……!
果たして心矢は勝てるのか!?
俺はものすごい勢いでモグラの怪異に斬りかかった。が、しかしモグラ型怪異は再び素早く地面へ潜りそれを躱す。
「どこ行った!?」
辺りをキョロキョロ見回すが、怪異の姿は見えない。
「ちょっと生首! あんた感知できないの!?」
ベロたんがつむぎを両手で抱きかかえたまま叫ぶ。
「誰が生首よ!?」
つむぎがムスッと頬を膨らませる。
「んな呼び方なんてどうでもいいでしょ! あんたの彼氏がピンチなのよ!」
つむぎのアホ毛がヘナッと垂れた。つむぎのアホ毛は単なる怪異のセンサーではなく、感情表現の役割も果たしている。これは落ち込んでいるときのアホ毛だ。
「できたらやってるよ……でも私が絞り込めるのはある程度のところまで。具体的にどこにいるかまでは……」
つむぎが落ち込んでため息をつく。励ましてやりたいが、戦闘中にそんな余裕はない。
息を殺して、神経を研ぎ澄ませる。
前か、後ろか、左か、右か。どこからくるか分からない恐怖が俺の精神と集中を擦り減らしていく。
――そのとき、つむぎの声が響いた。
「心矢! 後ろ!」
咄嗟に振り返る。すると、地面から勢いよく怪異が飛び出し、俺の腹部に体当たりを喰らわした。
「ぐっ……!!」
その衝撃でよろめき倒れそうになる。その隙に怪異は再び地面に潜る。
そして俺が倒れるより先に、再び地面から飛び出して体当たりする。
「なっ……!」
あとは、その繰り返しだった。
モグラ型怪異は体当たりしては地面に潜り、体当たりしては地面に潜りを繰り返し、着実にダメージを蓄積させていった。
その素早い動きは前に倒したレッサーパンダ型怪異とは比べ物にはならないほどで、俺には躱す隙も、反撃する隙も、まして倒れる隙も与えてはくれない。
俺はひたすらモグラ型怪異の猛攻を受け続けた。
「心矢!」
愛する彼女の声が聴こえる。彼氏としてその声に応えてなんとか踏ん張ろうとするが、足に力が入らない。
「あなたベロたんっていったよね? ねぇお願い! 心矢を助けて!」
「無理よ! 数珠が無ければ、除霊師は戦えないわ」
だんだんと意識が遠くなっていくのを感じる。このままでは負けてしまう。負けたらきっと、目の前で喧嘩をしているあの少女とつむぎは、両方惨殺されてしまうだろう。
(守ると決めたのに……)
もうダメかと思った、そのときだった。
「バケロンアターーック!!」
体当たりしようと地面から飛び出した怪異が、逆に遠くへ吹っ飛んでいった。
いや、正確に言えば吹っ飛んだのではなく、ふっ飛ばされたのだ。突如現れたバケロンの、渾身に体当たりに負けて。
体当たりに負けた怪異は、そのまま立ち上がれず足をバタバタ動かす。
「遅れてごめんバケ!」
バケロンはこちらを見るなり、俺に向かって小さく頭を下げた。
「遅いよ! あとちょっと遅かったら……」
つむぎが涙声で怒っているのが見える。
バケロンはそんなつむぎにも小さく頭を下げた。
そして再び俺の方を見たバケロンは、とても真剣な表情で俺に小さな謎の機械を手渡した。本当に手のひらサイズの小さな機械だ。
「これ、新しい武器だバケ!」
「こんな小さいのが?」
思わず首を傾げる。こんな小さいもので攻撃できるとはとても思えない。とはいえモグラ型怪異は今も起き上がろうとバタバタしていて、いつ戦闘が再開するか分からない状態だ。
使うか迷っている余裕はない。
「おい、これ、どうやって使うんだ?」
「鎌のお尻にセットするんだバケ」
お尻……? 一瞬困惑したが、すぐに何のことか理解した俺は、その小さな機械を鎌のお尻に、つまり、鎌の刃が付いていない方の先端にセットした。
すると何ということだろう。鎌についていた刃が変形し、ハンマーの形に変わったのだ。
急に重くなった鎌……、いや、ハンマーは俺の片手では支えきれずハンマーの先が地面に落ちる。落とすと同時に地面にヒビが入った。
「これは……」
「新開発のクエイクハンマーサイスだバケ! ジンの代わりに……使ってくれバケ!」
「心矢! 怪異が!」
つむぎに言われるがままに前をみると怪異が立ち上がっていた。俺がハンマーに驚いている間に立ち上がっていたのだろう。
俺はハンマーを両手で思いっきり振り上げる、ハンマーは先ほどまでより何倍も重くなっており、持ち上げるだけで一苦労だ。質量保存の法則を確実に無視している。
モグラ型怪異が地面に潜った。
「今バケ!」
俺はバケロンの合図に合わせてハンマーを振り下ろした。すると地面が揺れ、地中に潜ったはずの怪異が勢いよく飛び出した。
「すごい……これ、使える!」
バケロンがそれを聞いて照れくさそうに顔を赤らめる。
「へへん! オイラの発明はスゲーんだ!」
「よし……これなら!」
モグラ型怪異がまた地面に潜る。
俺はすかさずハンマーで地面を叩く。
すると再びモグラ型怪異は震動で地面から飛び出す。
あとはその繰り返しだった。怪異が地面に潜っては叩き、潜っては叩き……。
五回ほど繰り返したところで、ついに怪異は地面に潜るのをやめ、そのままその場に倒れ込んだ。何度も激しい揺れを全身で受けて疲弊したのだ。
「よし! 今こそ必殺技のロングレンジクエイクハンマーを使うバケ! トリガーを三回押すんだバケ!」
言われるがままにハンマーに付いたトリガーを三回を押した。ハンマーの先端にエネルギーが溜まり、紫色に光りだす。そして、そのハンマーを思いっきり振り上げた。
「えっと……怪異根滅……ロングレンジ……いや、長い! モグラ叩きブレイク!」
ハンマーを思いっきり振り下ろすと、ハンマーの先端が勝手に怪異の方まで伸びていき、怪異に直撃した。
怪異はハンマーに潰されると同時に砂となって消えた。
伸びていたハンマーは縮んで元の長さに戻っていく。
「倒せた……」
ハンマーのお尻につけた機械を取り外すと、みるみるうちにハンマーが鎌の形に戻った。
取り外した機械をまじまじと見つめる。
「こんなちっちゃい機械で……」
「おーい」
後ろを振り返ると、ベロたんがつむぎの生首を持ってこちらに駆け寄ってきた。そして、持っていた生首をこちらへ差し出した。
「……これ、返す」
「えっ……いいのか?」
さっきまでコイツは俺の彼女が欲しくて襲ってきていたはずなのに。つむぎも不思議そうにしている。そのアホ毛もクエスチョンマークの上の部分みたいな形にぐにゃっと曲がっている。
「助けてくれた礼よ……それに数珠の再発行にも時間がかかるし……」
「ありがとな」
つむぎを受け取ると、つむぎも嬉しそうにアホ毛でお辞儀をした。
「勘違いしないで! 次にあった時は絶対奪ってやるんだから覚悟しなさい! ベロたんべーっ!」
ベロたんはべーと舌を出すと、こちらに背を向けて走り去っていった。
「案外悪い子じゃなさそうだね」
つむぎがニコニコしている。どうやらあの少女のことが気に入ったらしい。
「あぁ、また会えるといいな」
俺はつむぎの生首をベビーカーに乗せて、そのベビーカーを押しながら再びゆっくりと歩き出した。
◇ ◆ ◇
帰ってくると、アパートの前に何やら人だかりが出来ていた。
「何の騒ぎだ?」
「ねぇ、あの人達の服装って」
ドラマで見たことがある。あれは事件現場にくる警察や鑑識の服装だ。
「何か事件でもあったのかな……」
その言葉を聞いて、俺はあることを思いだした。さっきの赤い怪異だ。
「まさか……!」
「心矢!? どうしたの!?」
俺は一人で目の前の人だかりの中へ突っ込んだ。
「ちょっと君!」
警察の制止を無視して俺はその人だかりを掻き分けていく。
「あれは……」
目の前にあったのは、隣人の高橋さんの死体だった……。よく見ると、真っ赤に染まったその体の深部には3本の深い傷があった。
――そう、まるでさっきのモグラ型怪異の爪痕そっくりの傷が……。
次回はお話はお休みですが、代わりにちょっと特別なものをお見せする予定です。お楽しみに。