第五首『ベロたん強襲』
【前回までのあらすじ】
デートの帰り道、俺は謎の少女に出くわした。果たしてその正体は……?
ベロたんと名乗ったその少女は、こちらをジッと睨みつけた。
死んでいるのに生きてるみたいに生気のこもったつむぎの目とは違い、その少女の目は生きているはずなのにひどく冷たかった。
「もらうってどういう意味だ! つむぎは俺の彼女だ!」
しかし、その問いかけに少女……ベロたんは答えない。
「ミッドナイトブラスター」
ベロたんがそう呟くと、空に小さい魔法陣が出現し、そこから小型のピストルのような武器が落ちてくる。
ベロたんはそれをバシッと掴むと、こちらに銃口を向けた。
それを見て俺は咄嗟にベビーカーの中のつむぎを手に取ると、右手で大事に抱きかかえる。
「センサータイプの特質霊は、除霊師にとっては魅惑のアイテム。倒した怪異の数で報酬が決まる、出来高制のあたいらにとってはね」
「つむぎはアイテムなんかじゃない!」
ベロたんがフフッと不敵に笑う。
「アイテムだよ……。あたいだけじゃない、除霊師ならみんな欲しがってるわよ、きっと」
そういうと、ベロたんは少しの躊躇いもなく銃の引き金を引いた。すぐに気づいて、サッと横に跳びそれを躱す。
発射された弾丸はベビーカーの上に乗っていた箱に小さな丸い穴を開けた。おそらく中の物は壊れただろう。高かったのに。
「逃がしはしないよ!」
ベロたんが再び銃口をこちらに向ける
「心矢、マズイよ!」
「分かってる!」
ベロたんが引き金を、今度は何度も引いた。複数の弾丸が俺の眉間めがけて飛んでくる。
咄嗟にズボンのポケットに左手を突っ込み、数珠を取り出すと上空へ投げた。そして、飛んでくる銃弾を、つむぎを抱えたままジャンプで躱すと、空中でそれを左手首にはめる。
その瞬間、服の上にあの羽織が出現した。どうやら数珠は手首なら左でも右でも良いらしい。
「除霊、……じゃないけど、戦闘開始!」
地面に着地し、ベロたんを睨んだ。
「やる気になったわね……変形せよミッドナイトブラスター!」
ベロたんがそう叫ぶと、彼女が持っていた武器がみるみるうちに変形し、ダガーナイフの形に変わる。
ベロたんはナイフをこちらに向け、俺の方へ走ってくる。そして、俺に向かってそのナイフを振り下ろした。
「アカツキノカマ!」
左手の手中に鎌を出現させると、その攻撃を鎌で受け止めた。
「へぇ~やるじゃん、でも!」
ベロたんは尚もナイフで俺を切りつけてくる。俺はそれを鎌で必死に受け止める。
利き手には大事な彼女の生首を持っているため、左手で全ての攻撃に対処する必要があった。
「いつまで持ちこたえられるかしら?」
左手に負荷がかかり、腕の筋肉に激痛が走る。
「つむぎ……わるい!」
「えっ? 何?」
俺はつむぎの了承を得る間もなく、つむぎの生首を空中に投げた。
「いやぁぁぁぁぁ!」
空高く飛び上がった生首の悲鳴が街全体に響き渡る。
「何!?」
ベロたんがその悲鳴に反応し、攻撃をやめて空を見上げる。俺はその隙をついて鎌を右手に持ち替え、ベロたんを思いっきり蹴り飛ばした。
「うがっ!」
ふっ飛ばされたベロたんの身体が道路に叩きつけられた。
ベロたんがまだ倒れているうちに、落ちてきたつむぎの生首を左手でキャッチし大事に抱える。
「ちょっと! いきなり投げないでよ!」
「ごめん! こうするしかなかったんだよ」
「酷い!」
つむぎが本気で怒っている。デート中のニコニコ笑顔が嘘のような、鬼の形相だ。
「本当ゴメンって」
そんなやりとりをしている間に、ベロたんはなんとか立ち上がり、再びナイフをこちらに向けた。
「まだだ……! その生首は、必ず私が……! 変形!」
ナイフが銃の形に戻る。ベロたんは何度も引き金を引き銃を連射する。
俺は負けじと、次々にくる弾丸を鎌で薙ぎ払う。
俺はベロたんの猛攻に対処しながら、ふとバケロンの言っていた言葉を思い出した。
『お前らはおそらく近いうちにまた戦うことになるバケ、きっと……いや、必ず』。
あれは他の除霊師がつむぎを狙ってくるという意味だったのだろう。ベロたんだけじゃなく、これから何人も相手にしなければならないのだろうか。
そんなことを考えていると、突然ベロたんからの攻撃が止まった。
「なんだ……?」
「あれ? あれ?」
見ると確かにベロたんは銃の引き金を引き続けている。しかし、弾が出ない。どうやら弾切れらしい。
「えっ、うそ! ちょっと! 動いてよ! 私はもっと稼がなきゃいけないの! ねぇってば!」
ベロたんは必死に引き金を引くが、やはり弾は出ない。ベロたんの目にだんだん涙が浮かぶ。
さっきまでの冷たい目とは違い、その瞳には確かに人の熱を感じた。
「おい、弾の補充は無いのか?」
思わず心配になって声をかける。
「うるさい! 買う金ないのよ! ていうか、敵があたいの心配するな! 馬鹿!」
心配するなと言われても、目の周りを真っ赤に腫らしてうろたえている少女を心配しないわけにはいかない。
――そのときだった、左手に抱えていたつむぎの頭にピンとアホ毛が立った。
「ヤバい! 怪異がくる! すごいスピードで近づいてくる!」
「何!?」
「うそ!?」
俺とベロたんは、二人で辺りを見回す。だがどこにも怪異の姿は見当たらない。
「ちょっと、嘘ついて逃げようったってそうはいかないわよ!」
「嘘じゃない! 本当に……! ……ッ!」
つむぎが言いかけたその瞬間、突如地面から真っ赤なカイブツが飛び出し、ベロたんの右腕を鋭い爪で切りつけた。ベロたんの右腕に三本浅い爪痕が出来て、腕に着けていた数珠は糸が切れて地面に落ちた。
「痛っ」
ベロたんの数珠の珠があたりに散らばり、羽織っていた羽織がスゥッと消えていく。ベロたんは傷ついた右腕を左手で抑え座り込む。
真っ赤なカイブツは二足歩行で地面に立つとゆっくりとベロたんの方を向く。ベロたんは顔が恐怖で固まり、動けなくなっている。
「あんな真っ赤な怪異、初めて見た」
「心矢、多分アレ、赤いんじゃない」
その言葉を聞いて、あらためて怪異の姿をよく見ると、何やら怪異が濡れていることに気づいた。
「あれ……血だ」
そう、あの怪異は赤いのではない。鮮血で真っ赤に染まっていただけだったのだ。
「既に誰かを殺したってことか……」
怪異が爪を立て、その腕をベロたんめがけて振り下ろす。
「まずい! デスサイ手裏剣!」
鎌のトリガーを二回押して、手裏剣を放った。手裏剣は怪異に爪に直撃し両腕の爪全てを破壊した。怪異が驚いた様子で辺りをキョロキョロしている。
その隙にベロたんの元へ駆け寄る。
「さぁ! 逃げるぞ!」
俺は強引にベロたんの手を握り、その手を無理やり引きながら走って近くの電柱の陰に隠れた。
「馬鹿! 何考えてんの!? あたいのことはいいから早く逃げて!」
ベロたんが枯れそうな声で叫ぶ。声に気づいて、怪異鋭い目でゆっくりとこちらを見た。かなりお怒りのようだ。
「いや、俺は戦う」
「モグラ型怪異は怪異の中でもかなり上級の怪異よ! あんたの腕で敵う相手じゃない!」
それを聞いて、俺はますます鎌を強く握りしめた。
「大丈夫……お前はきっと死なせない」
そう言うと手に持っていたつむぎの生首をベロたんに手渡す。
「「えっ?」」
驚いたつむぎとベロたんの声がシンクロする。
「つむぎを頼んだ」
俺は一人で電柱の陰から飛び出して、モグラ型怪異の前に姿を見せた。
「ヂュゥゥゥゥゥ!!」
モグラ型怪異の咆哮が辺りに響き渡る。
「さぁ今度こそ、除霊開始だ……!」
次の瞬間、俺は鎌を構えてモグラ型怪異に向かって走った。
――命を守るために……。