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第四首『狙われた生首』

※ショッキングな描写があります。あらかじめご了承ください。

 夕暮れの街をゆっくり歩いている。

 隣を見れば、そこには彼女の笑顔。決して生首などではない、美しく可愛らしい姿。

 まるでウエディングドレスと見紛うような純白のブラウスに、それを引き立てるベージュのパンツ。つばの広い真っ白な帽子には、ヒマワリの飾りがついている。一目見ただけで誰もが目を奪われてしまうだろう。

 そして、それを着こなす彼女のスタイル。掴んだら崩れてしまいそうなほど華奢な体には、色気がありながらもいやらしさは全くなく、その全てが、まるで絵画の世界から飛び出してきたようだ。

 そんな彼女が、まるで当たり前のように隣を歩いている。夢のような幸せなひとときを、俺はただ満喫していた。

 ーーしかし、夢はいつか悪夢へと変わる。空が、視界が、突然真っ暗な闇に包まれる。視界がぼんやりとして、何度も意識が飛ぶ。

 いや、本当はきっと意識が飛んでなどいないのだろう。ただ思い出せないだけなのだ。

 あまりにもショックな光景から、悪夢のような現実から、俺の脳が俺自身を守ろうとしているだけなのだ。

 だが、それでも鮮明に、その映像は映し出される。

 隣にいる彼女の顔は、さっきまでの笑顔が噓のように硬直し、恐怖で震えている。

「おい、大丈夫か!」

 彼女に向かって叫ぶ。が、全く声は届いていない様子だ。あるいは、声を出したつもりになっているだけで、俺自身も恐怖で声が出せていないのか。

 そして再び、脳内で何度も見たそのシーンがやってくる。

「いやぁぁぁぁぁ!」

 彼女が、道路に向かって飛び出していく。ふらつき、よろめきながら、それでも脇目もふらず走っていく。

 ――そして、横から走ってきたトラックが彼女に激突する。真っ白なブラウスは赤く染まり、体は吹っ飛んでマネキンのようにそこに転がる。

 トラックは急ブレーキをかけるが間に合わず、その転がった彼女の首の真上を轢いたところで止まった。

 首はその拍子にブチリと切れ、外れた頭部がまるでこちらを睨むかのように転がる。「なんで助けてくれなかったの?」というかのように。

 他の映像はあんなにぼんやりしていたのに、この瞬間だけはとてもクッキリハッキリとしていた。


「ああああああ!」

 その映像に耐え切れず体を起こした。暗かったはずの部屋は明るくなっており、窓の外からは陽の光が差し込んでいる。

 自分がさっきまで寝ていたベッドを見ると、昨日クリーニングから返ってきたばかりのはずのシーツが、汗でぐっしょりと濡れていた。

「大丈夫?」

 横を見ると、彼女……の生首が心配そうにこちらを見つめていた。先ほどまで動画サイトでも見ていたのか、彼女の顔のそばでふわふわと浮かぶバケロンフォンからは、無機質なボーカロイドの声が聞こえ続けている。

「ああ、大丈夫」

「また……あの夢?」

 黙って頷く。あの夢、そうあの日の、つむぎが死んだ日の夢。俺は連日、その夢にうなされていた。

 ハッキリと覚えているのは、つむぎが死んだ瞬間の光景のみ。

 つむぎが言うには、その日、デート中に包丁を持った通り魔に出くわしたらしい。

 俺はその場で動けなくなってしまったが、つむぎは通り魔から逃げようと道路へ飛び出した。その結果、あの映像の通り、トラックに轢かれてしまったという訳だ。

 当の通り魔は、つむぎが轢かれるのを見て怖くなって走り去っていったらしい。あまりにも凄惨な光景だったので、その通り魔が目を背けるのも無理はない。

 嫌なことを思い出していると、つむぎが俺を励まそうと声をかけてくれた。

「そんな顔してないで、早く支度しよ! 今日は待ちに待ったリベンジデートの日なんだから」

 この間のデートでは変な事件に巻き込まれ、人が目の前で死ぬさまを見ることになってしまった。

 今日はそのリベンジの日だ。俺にとってそれは、ずっと待ち望んでいた日でもあり、そして単なるデート以上の意味を持った日でもあった。

 今日のデートが成功すれば、きっとあの嫌な記憶を上書きすることができるかもしれない。

 目の前で除霊師(じょれいし)が死ぬのを見た日の記憶。そして、目の前でつむぎが死ぬのを見た日の記憶……。

「よし! 今日のデートは絶対成功させよう! うん!」

 そういうと、部屋のハンガーラックにかけられたズボンのポケットを見た。そのポケットには確かにあの男の、ジンが手首に付けていた赤い数珠があった。

 俺は心の中で呟いた。

(今度は、誰も死にませんように……)


 晴れた空、白い雲、心地よい風、全てがデート日和。まるで天の神様が、俺たちのデートを祝福しているような、そんな陽気だ。

 俺は上機嫌で生首のつむぎを乗せたベビーカー押して街を歩いていた。

 最初は怪しそうに見ていた街の人たちも、すっかり生首に慣れたのか今は笑顔で挨拶をしてくれる。

「あらぁ、今からデートかい?」

 こちらに話しかけてくる声がして、俺はベビーカーを押す手を止めた。

 話しかけてきたのは、朝のジョギングに行く途中の高橋さんだ。高橋さんというのは、俺が住んでいるアパートの隣の部屋に住んでいるおばさんだ。

 いつも野菜を分けてくれたり、生首の彼女と同棲を始めたと報告したら、『デートのときはベビーカーを使うと良い』とアドバイスをしてくれたのもこの人だ。本当にいつも良くしてもらっている。

「そうなんですよ〜、これからショッピングに行くんです」

 つむぎがニコニコして答える。

「いいわねぇ〜、私も若い頃は夫とよくショッピングデートしたものよ~。それが今じゃ、私が出かけようって言っても『今日は寝る』ってそればっかりで……」

 しまった。こうなると高橋さんは話が長いのだ。つむぎが生首になる前から、この長話には悩まされている。いつも良くしてもらっている手前、迷惑ですとも言いづらい。

「あっ、そうだ! ねぇ心矢(しんや)、はやくしないと映画の予約に間に合わなくなっちゃうよ!」

 つむぎがナイスな助け船を出してくれた。

「あら、今日はショッピングじゃなかったの?」

 高橋さんの鋭い指摘。俺は咄嗟に対応する。

「あー、映画のあと、ショッピングに行くんですよ!」

「そうそう!」

 それを聞いて高橋さんは笑顔になる。

「あら〜やることいっぱいで良いわねぇ〜」

 他人のデートでそこまで喜んでくれる高橋さんは、やっぱり良い人だと思う。

「じゃあ、俺もう行きますね」

「行ってらしゃい、お気をつけて〜」

 俺はつむぎを乗せたベビーカーとともに、足早にその場を後にした。


 ◇   ◆   ◇ 

 

 青空がオレンジに染まり、カラスの鳴き声が響き渡る。俺たちは夕暮れの街並みをゆっくり歩いていた。

 デートは大成功だった。色んなお店を回って、美味しいものを食べて、まさに理想のデートだった。

 お店の人も、最初はベビーカーの中の生首にギョッとしていたが、すぐに受け入れて気持ちのいい接客をしてくれた。つむぎもとても楽しそうだった。

 しいて失敗があるとすれば、久しぶりのデートを満喫し過ぎてお財布の中身がスカスカになってしまったことだ。

 また明日からバイトを頑張らなければならないが、こればっかりは仕方がない。

「今日は本当に楽しかったね!」

 ベビーカーの中のつむぎが、今日買った品物が入った箱の上に乗りながら満面の笑みで話す。ベビーカーは荷物を置くのにも便利だ。

「あぁ、今日は最高の一日だったな」

 そう答えたそのときだった。

「――見つけたよ、センサータイプ!」

 若い女の子の声がする。俺とつむぎは辺りをキョロキョロと見回すが誰もいない。

「上だよ! うーえ!」

 謎の声のする方を見ると、電柱の上にポニーテールの、中学生くらいの少女が立っていた。頭には緑の葉っぱを乗せている。

 ――そしてよく見ると、その少女は見覚えのある和風の羽織りを着て、右手首には緑色の数珠をつけていた。

「お前、誰だ?」

「そんなところ立ってちゃ、危ないよ」

 俺たちがそう問いかけると、その少女はピョンと跳び上がり、空中で一回転して、俺たちの目の前に降り立った。

 そして俺たちの前でニヤリと笑うと、高らかに叫んだ。


「あたいの名前は狸谷(たぬきや)ベロたん。わるいけど、あんたの彼女はあたいが貰うよ!」

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