第三.五首『オバケの目にも……』
今回は番外編的なお話です。
次回本筋に戻ります。
ここは怪異対策機関ジョレードの本部。オイラは今、その中にある武器開発研究所で新たな武器の開発をしていた。
おっと自己紹介がおくれたな。オイラはバケロン。狩居太ジン……いや、今はあの心矢とかいう除霊師のサポートをしている。
武器の開発から体調の管理まで、ありとあらゆる面で除霊師のサポートをするのがオイラの仕事だ。
今もこうして、細かな部品をピンセットで一個一個つまんで、組み合わせ、新たな武器を開発していた。
「はぁ……この武器も本当ならアイツが……」
ふと、作業をしながら独り言を漏らす。考えないようにしても、今日のことが頭の中をグルグルと回転していた。
オイラの担当していた除霊師のジンが死んだこと、そしてなにより、あの生首女から言われた言葉。
『自分の担当する除霊師が死んだら、悪びれも悲しみもせずすぐに代わりの人に任命するなんて』
オイラは悲しみを知らない。いや、それ以前に感情そのものを知らない。知らないように生み出され、そして教えられてきた。だから悲しまないことを怒られたのは初めてだった。
オイラはジンとの初めての出会いを思い返した。
◇ ◆ ◇
「はじめまして! オイラ、バケロン! よろしくな!」
オイラとジンが初めて出会ったのはだいたい二年くらい前のことだった。
まだ生まれたばかりで、知っているのは除霊師のサポートをするのに必要な最低限の知識と、自分に与えられた使命のみ。
今日はそんなオイラとジンの、初めての顔合わせの日だった。
人間は第一印象で相手を判断すると教わっていたオイラは、ジョレード内にある応接室のドアを開けるなり、ジンに元気よく挨拶した。
といっても本当に元気を出していたわけではない。オイラは感情を知らないので、会う前日に◯ーチューブの動画を見たり、ネットを調べたりして、元気な状態がどういうものかを研究、そしてそれをトレースしたのだ。
これで、きっとジンのハートをガッチリ掴めたことだろう。
――そう教わっていたオイラにジンが放った言葉は、予想に反するものだった。
「違うな……」
違うってなんだ? 何を間違えた? 人間はこういう元気な挨拶には、元気よく返してくれるものではないのか?
そんなことを思っているとジンが目を細めてこちらを睨みつけた。
「なぁ、お前に心はあるのか?」
「えっ」
心……オイラに心なんかあるはずもない。生まれたときにすぐ人工幽霊の開発担当からそう告げられた。だから、こうして勉強して、元気を装ったのだ。
だが、それを見破られてしまったということなのだろうか。仕方ない。正直に本当のことを話すことにした。
「ない……。オイラには心は理解できない。でも人間は初対面で元気なやつじゃないと信用しないって聞いて……」
「そうか……そういうことか……。ならもうそんなことはしなくていい」
ジンが初めてフッと笑った。人間が笑うときは何か面白いことがあったときのはず。いったい何が面白かったのだろう?
「バケロン、お前が感情を知らないのは俺様がそうオーダーしたからだ。感情のないやつを作ってくれと。お前は他のサポートオバケとは違う特注品。一点もののオーダメイドだ」
知らなかった。他のオバケもみんな、きっとオイラと同じように感情が分からないものだと思っていた。
ジンは更に説明を続ける。
「いいか、バケロン。お前は心を覚えるな。覚えそうになっても、必死にその心を殺せ。嬉しいことがあっても、辛いことがあっても、悲しいことがあっても。特に人の死に敏感になるな」
「どうしてバケ?」
「お前はこれから除霊師をサポートしていく。その中で、たくさんの人や生き物の死に触れる。そのたびに心が揺れ動かれたら困る。感情は人を、いや命あるもの全てを狂わせる」
たしかにネットで調べたときも、人間は感情に大きく左右されるものだと書かれていた。オバケもそうなのだろうか。
そんなことを考えていると急にジンの顔が暗くなった。調べた限り、こういう顔は何か深刻な悩みや悲しみを抱えているときの表情のはずだ。
「……実はな、お前が新たなサポート役としてこっちに来たのはな、前のサポート役が死んだからなんだ」
「それは……聞いてるバケ」
「理由は?」
流石にそこまでは聞いていない。俺は気になって問い返した。
「なんでバケ?」
「……喧嘩したんだよ。それもくだらない喧嘩だ。本当にくだらない、お菓子のプリン一個の取り合いだ」
「プリン……?」
人間は感情に左右されやすいと聞いていたが、そこまでアホな生き物なのか?
「喧嘩して、思わず『出ていけ!』って言って、その先で怪異に襲われた。俺のせいだ」
よかった。プリンを一人占めするために殺したわけではないようだ。そんなことで殺されたらたまったものではない。
「俺様は人間だ。人は感情を殺せない。悲しみや怒りで間違うこともたくさんある。俺様自身もそうだし、俺様の身近にもそういうやつが居た。……だがな、オバケは違う。お前となら、きっと俺は間違わないし、間違いそうになっても正してくれる」
ジンの声は震えていた。目が少し潤んでいた。オイラは感情が分からないから、目の前のジンがなんでそんな変な状態になっているのかも分からなかった。
「オイラはただ、使命を果たすのみ」
「そうだ、それでいい」
――そして、これから先もきっと、人の心など到底理解できないだろうと思った。
◇ ◆ ◇
そんなことを思い出しているうちに、もう作業も大詰めというところまで来ていた。まもなく新しい武器が完成する。
オイラは想像した。ジンがこの新しい武器を振るう姿を……いや、違う。何を考えているんだ。オイラはもうジンのサポートの役ではない。アイツは死んだのだ。
「あれ……?」
なぜか目の前の武器のパーツの上に、一雫の水滴が落ちてきたのに気づいた。
雨漏りかと思い天井を見るが、それらしきものは見当たらない。
ふたたび、今度は自分の右手に水滴が落ちた。その液体は透明で妙に温かみがある。
ようやく、その水滴の正体を理解した。
しかし、それと同時に新たな謎がうまれた。
「どうして……オイラが……」
オイラから流れたその水滴の意味が、オイラにはいまだ分からなかった。
――オイラは、感情を知らないはずなのに。