第三首『俺の手で』
【前回のあらすじ】
狩居太ジンとともになぜか除霊師の仕事を手伝う羽目になった俺とつむぎ。
人を襲う怪異というバケモノを探し出したが、その怪異にジンは殺されてしまった。
今、つむぎを守れるのは俺しかいない!
「さぁいくぞ!」
俺は落ちていた鎌を拾い上げると、それを両手で構えてレッサーパンダの怪異に向かって走っていった。そして思いっきり、その怪異の目の前で振り下ろす。
しかし、レッサーパンダの怪異は素早い動きでそれを躱し、俺のみぞおちにカウンターパンチを喰らわせた。
「大丈夫?」
つむぎの心配する声が聞こえる。
「あぁ……大丈夫だ」
歯を食いしばってパンチを耐えると、ひらりと飛び上がり、近くに置かれていたコンテナの上に乗る。
(すごい跳躍力だ、それだけじゃない。走る速さも力も、身体能力が飛躍的に向上している。これが除霊師の力なのか……)
自分の手にした力に驚いていると、つむぎの声が聞こえた。
「心矢、上だよ!」
上を見るとヤモリの怪異がこちらに向かって大口を開けていた。
「あぁ、分かってる。むしろ待ってたんだ」
そういうと持っていた鎌を投げ捨てた。
鎌が魔法陣に吸い込まれ消えると、すぐにコンテナから飛び降り、レッサーパンダの怪異の背後にまわる、そしてレッサーパンダの怪異が反応するより先に、素早くソイツを羽交い締めにした。
ヤモリの怪異の口から巨大なミサイルが発射され、こちらに向かってくる。
その様子を確認すして、すぐにレッサーパンダの怪異の股間に膝蹴りを喰らわし、羽交い締めから解放してやった。
レッサーパンダの怪異が、その場に倒れ込み、股間を押さえてもがき苦しむ。その隙にその場から飛び去り、コンテナの裏へ退避した。
逃げたあともミサイルはレッサーパンダの怪異がいる場所めがけて飛んでくる。
「よし……まずはこれで一体……」
――そのときだった。ミサイルが突然、レッサーパンダの怪異の眼前でピタリと動きを止めた。
「えっ?」
すると次の瞬間、ミサイルがくるりとこちらを向いて飛んできた。
「うっそだろ!」
倉庫内を駆け回り、急いでミサイルから逃げる。しかしミサイルも俺の逃げる向きに合わせて方向転換し、俺めがけて飛んでくる。
「すごい……どれだけ心矢が逃げても、そのたびに方向を変えて飛んでくる……まるでどれだけ獲物の虫が飛び回ってもギョロギョロと目を動かして視界から逃さない、そんなヤモリの目みたい……」
(つむぎ、いくら能力がヤモリと関係ないからってその関連付け方は無理やり過ぎると思うぞ……)
逃げながら心の中でそんなことを呟いた。
「ヤバい!」
突然何かに気づいてピタリと足を止めた。
目の前にレッサーパンダの怪異が立ち塞がったのだ。長いことミサイルから逃げ回ってる間に先回りして待ち伏せしていたのだろう。
「まずい! 心矢!」
レッサーパンダの怪異がこちらへ向かって右ストレートを打ってきた。
咄嗟に手のひらを前につき出し叫ぶ。
「アカツキノカマ!」
目の前に出現した鎌が、代わりにレッサーパンダの怪異の拳を受け止めた。鎌をパンチしたことで右手を痛めたのか、レッサーパンダの怪異は右手を左手で抑えて悶絶する。意外とコイツは打たれ弱いのもしれない。
その隙に、目の前の鎌を両手で掴み振り上げた。
「今だ!」
レッサーパンダの怪異がハッとして、こちらを見る。そして目の前の光景にポカーンと口を開けた。
しかし、逃げる隙などは与えない。手にした鎌で、レッサーパンダの怪異を真っ二つに斬り裂いた。レッサーパンダの怪異はサラサラと砂になって消えた。
「よし……まずは一匹……」
「心矢! 後ろ!」
つむぎの声を聞いて、後ろを振り返ろうとした。
しかし、振り返るより先に、背中にミサイルが直撃した。
おもいっきり吹き飛ばされ、床につっ伏す。
「心矢!」
目の前から、カランカランと鎌が地面に落ちる音が聞こえる。
「いってぇ……」
なんとか起き上がろうとするが、痛みで力が入らない。見上げると、天井ではヤモリの怪異が舌舐めずりをしながら何かを眺めている。
(俺の方を見ていない……? まさか!)
ヤモリの怪異の視線の先を見ると、そこにあったのはつむぎの乗ったベビーカーだった。
ヤモリの怪異の口が再びカッと開く。またミサイルを発射しようとしているのだ。
(やめろ)
「えっ、嘘、待ってよ……」
つむぎの声が震えている。
(やめろ)
ヤモリの怪異の口から、ミサイルの先端が顔を覗かせる。
「やめろ!」
僅かに残った力を振り絞り立ち上がった。
「つむぎは……俺の彼女は……俺の手で守る!」
ヤモリの怪異が一瞬だけこちらに目を向けるが、すぐにまたべビーカーを捉える。
近くに落ちていた鎌を再び拾い上げると、素早くトリガーを三回押した。
「怪異根滅! デスサイスラッシュ!!!」
叫びと共に、ヤモリの怪異に向かって鎌を振りかざした。刃から紫の光のカッターが発射され、その怪異の巨体を真っ二つに斬り裂く。
ヤモリの口の中のミサイルが爆発し、ものすごい爆発音が響いた。ヤモリは砂の雨となって、倉庫全体に降り積もった。
怪異が居なくなったことを確認すると、つむぎの元へすぐに駆け寄った。
「大丈夫か、つむぎ!」
「ごめん、ちょっと、今……」
つむぎの目はギュッと閉じていて、涙で少し濡れていた。
「そっか……怖かったよな……」
つむぎを持ち上げ、優しく抱きかかえる。
「違うよ! 目に砂入ったの!」
「えっ?」
「うぅ〜目がゴロゴロする〜」
どうやら俺の勘違いだったらしい。こういうところが、なんともつむぎらしくて可愛いところだ。
「いやぁ〜素晴らしいバケ! 初戦にしてはなかなか見事な戦いっぷりだったバケ!」
突然どこからか声がした。俺もつむぎも、辺りをキョロキョロと見回す。
「バーカ! そっちじゃなくてこっちバケ!」
声のする方を見るとなにやら小さい、まるで絵本に出てくるようなオバケが空中で笑っていた。
「お前……何者だ……」
「特質霊……?」
「いやいや、お前みたいな気持ち悪いのと一緒にするなバケ!」
「俺の彼女を今気持ち悪いって言ったな!?」
思わずそのオバケに対して鎌を向けた。
「おいおい、そんなにカッカッすんなよ! オイラは除霊師をサポートするために生み出された人工幽霊。バケロンだバケ!」
「バケロン……?」
「そうだバケ、元々はジンのサポート役だったけど、ジンは戦いに敗れ、君が力を引き継いだ。だから今日から君が除霊師で、オイラがそのサポート役だバケ」
「は!?」
俺が除霊師? まさか。俺にできるわけがない。それに俺が除霊師になったらつむぎにまで危険が及ぶ。
俺は迷わず答えた。
「断る」
「バケ!?」
「怪異は危険な存在だ。そんなバケモノとか関わってたらどんな危険な目に遭うか分からない。俺は……つむぎに何かあったら……」
返事を聞いてバケロンが顔を真っ赤にする。
「……何を、何を言ってるんだバケ! ジンは君を守るために命を落とした。そして君がその力を引き継いだ! もう君のデータが数珠に登録されてしまった以上、その数珠で戦えるのは君だけなんだバケよ!」
そんなの知るものか。俺にはつむぎの命の方が大事だ。例え幽霊でも、生首でも、つむぎを失うことの方がよっぽど嫌だ。
「お前が戦わなかったせいで、人が死ぬことになるんだバケよ。お前はそれに耐えられるバケ、誰よりも大切な人を失う悲しみを知っているお前が」
(それは……)
俺の心にはじめて迷いが生まれた。蜘蛛の怪物が口に咥えていたあの人間も、俺を守って死んだジンという男も、怪異によって殺された。俺にはその怪異を倒す力がある。戦わなければいけないのだろうか。
その迷いを振り払ったのは、他でもないつむぎの叫びだった。
「勝手なこと言わないで!」
「勝手なこととはなんだバケ! オイラは戦う力を持つものには使命があるといってるだけだバケ!」
「そんな責任を押しつけるような言い方、おかしいよ! 人には人の生き方がある、自由がある、ましていきなり戦わなきゃ死ぬ状況に追いやられた人に……そんな言い方……」
「それは……でも……」
バケロンが言い返せずに黙り込む。そんなバケロンに対し、つむぎは更に言い立てる。
「大体あなたは何してたのよ……」
「え?」
「ジンや心矢が戦っている間、あなたは何をしていたの?」
「それは……除霊用の新しい武器の開発を……」
「ジンが死んだのはあなたのせいじゃないの!? あなたがすぐに駆けつけてサポートしていれば、ジンだって死なずに済んだじゃないの? サポートするのがあなたの使命なんじゃないの?」
「別に仕方ねーだろ! オイラだって忙しいんだバケ!」
バケロンの額から汗が垂れる。つむぎの指摘に焦っているのが分かる。
「自分は自分の使命をろくに果たさず、その上そのせいで自分の担当する除霊師が死んだら、悪びれも悲しみもせずすぐに代わりの人に任命するなんて。そんなやつのもとで、私の大事な彼氏を働かせたくない!」
(つむぎ……)
つむぎにハッキリと大事な彼氏と言われて嬉しい気持ちになった。自分にとって大事な人が、自分のことを大事だと言ってくれる。それ以上に幸せなことはない。
「とにかく、俺は戦う気はない。頼むから帰ってくれ」
するとバケロンはため息をついた。
「分かった……だが……お前らはおそらく近いうちにまた戦うことになるバケ、きっと……いや、必ず」
「それどういう意味?」
「じゃあな!」
つむぎの問いに答えることなく、バケロンの姿がスゥッと消えていった。
「なんだったんだ……アイツ……」
ふと下を見ると、足元に小さなメモと、スマホのようなアイテムが落ちているのに気づいた。
「なんだこれ……?」
しゃがみ込んでメモを読んでみた。
「えっーと、何々? バケロンフォン。様々な怪異や除霊道具に関するデータが入っている……特質霊の脳波によって動くため、生首でも自由に使えるぞ……バケロンより……」
読んでいると、突然スマホのようなアイテム、もとい、バケロンフォンがふわっと宙に浮かび上がった。
「うわっ、本当に動かせた!」
つむぎが目をキラキラと輝かせている。どうやらこのスマホはつむぎの脳波、つまりつむぎが脳内で考えた通りに動かせるらしい。
「おい、除霊師の仕事はさせないんじゃなかったのか?」
「そうだけど……貰えるもんは貰っとこうよ、ほら、これ〇ーチューブもニ〇ニコ動画も見られるよ!」
「でもそれ貰ったら戦わなきゃいけなくなるんじゃねーの?」
「そんなことさせないよ!」
そうつむぎは言っているが、俺は内心また戦うんことになるんじゃないかと不安になった。
「それに……心矢は、きっと怪異には関わらない方が良いと思うし……」
「ん? どうした?」
「ううん……なんでも!」
つむぎの言葉が少し引っかかったが、今は気にしないことにした。
「とにかく、今日はもう帰るぞ」
「そうだね……なんかデートする気分にはなれないし」
立ち上がって、ゆっくりベビーカーを押し始めた。ふわふわとバケロンフォンが浮かびながら背中をついてくる。
「明日はデートのリベンジしよっか」
「わり、明日バイト」
「えー」
俺たちはそんな話をしつつ倉庫から出ていった。
――このときの俺たちはまだ知らなかった。これが、俺たちの過酷な戦いの日々の始まりに過ぎないということを。