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第二十四首『見守る瞳』

「……で、あたいが寝ている間に、龍になっちゃった……と?」

「あぁ、そうなんだ」


 病院の目の前の道で、身体に包帯巻いて、松葉杖をついたベロたんが、こちらを見上げている。

 まだ完全には回復していないが、入院生活が終わり、一旦退院する運びとなったのだ。


 俺たちは今、巨大な白い龍の姿になって、それを上空から見下ろしている。


 特質霊(とくしつれい)は普通の人間の目に見える性質を持っているが、どうやら俺と融合したことでその特質は消え、怪異(かいい)を感知するセンサーとしての特質だけが残ったらしい。

 道行く人は、誰も上空に浮く巨大な龍の存在に気づいていない。


 お陰で今のこの姿は、元除霊師(じょれいし)だったベロたんと、サポートオバケのバケロンにしか見えていないようだ。


 ベロたんは随分訝しげな様子でこちらを睨んでいる。こちらから状況説明はしたものの、まだ理解も納得もできていない様子


「んー、えっと、つむぎさんは、無事……なのよね……?」


「うん、いるよー!」


 俺の中でつむぎが元気よく答える。


「ほら、みえる? ここらへんの辺りに……ほら! 今ピクピク動いたでしょ!」


「いや、全然分かんないんだけど」


「えー、だからここだよ。ツノとツノのあいだの……ちょっと下の……。あっ、そう、眉間! ん? 龍の眉間ってどこ? ねぇ心矢(しんや)? 眉間ってここ?」


「いや、俺に聞かれても……」


 龍になったのは人生で初めてなので、龍の身体のどの部分が何なのかなんて、知ったこっちゃない。


「なんか、よく分かんないけど、あんたたちはそれで良かったの? もう戻れないんでしょ?」


 そう、俺たちは、あの戦いで融合して以降、もう元の姿には戻れなくなってしまった。


「うん……良かったよ」


 つむぎがそう答える。もちろん、俺も同じ気持ちだ。


「そりゃ確かに、これからの人生、いや……龍生(りゅうせい)? どうなるか分かんないし、不安もあるけど、大好きな心矢(しんや)となら乗り越えていける気がする」


「俺も同じだ。これから先何があっても、つむぎと一緒なら、幸せに暮らしていける気がする」


 それを聞いて、ベロたんがはじめてフフッと笑った。


「そう、あんたたちがそう言うんなら、きっと大丈夫なんでしょうね」


 俺も嬉しくなってゴロゴロと喉を鳴らす。


「それで、ベロたんちゃんはこれからがどうするの? ジョレード無くなったから、もうお金稼げないよね?」


 ベロたんは元々、妹たちのために除霊師(じょれいし)をしていた。それがどうなるかは、俺も心配だった。


「幸い、しばらくの間はジョレードの上部組織の方から、補助金が出るみたい。医療費もそれで済んだし。それ以降は……まあぼちぼち考えていくわ。補助金がでなくなる頃にはあたいも中学卒業してるからバイトでもするつもり」


「そっか」


 俺は心のなかでホッとため息つく。しっかり者の彼女のことだ。きっとこれからも上手くやっていけるだろう。


「それより、あんたたちはどうすんのよ。そんな身体になっちゃって」


「それなんだけど……」


 それについては、つむぎと事前に話をしてもう決めていた。というか、それをベロたんにも報告するために、今日俺たちはここに来たのだ。


 あの戦いで完全に融合し、巨大な龍となった俺たちが、何をするか。


「――俺たち、この世界を守っていこうと思う」


「守る?」


「そう、ジョレードが壊滅し、除霊師(じょれいし)が居なくなった今、もしまた怪異(かいい)が現れても誰も戦えない」


「でも、きっとこれからも怪異(かいい)は生まれ続けると思うんだ。そして、これからも人間を狙って襲ってくる」


「だから、俺たちが空からこの街を、いやこの星を見守って、もし怪異(かいい)が現れたら、この力で戦っていこうと思う」


 それが、俺たちの出した答えだった。幸い、この龍の身体は、地上にいる人々を見守るのにも、怪異(かいい)を倒すのにもピッタリだ。


「何か……神様みたいだね」


 ベロたんが切なそうな表情を見せて笑う。あんな顔は今まで初めて見た。


「大丈夫だよ。たとえ会えなくても、私たちはこの空のどこかにいる。それに、もしベロたんが怪異(かいい)に襲われたら、必ず駆け付けるから!」


 俺の中にいるつむぎが励ます。その声はどこか涙声だ。

 ベロたんも涙声で返す。


「襲われるなんて……演技でも無いこと言わないでよ……でも……ありがと」


「じゃあな、ベロたん」


「じゃあね、ベロたん」


 ベロたんが腫れ上がった目をこすり、小さく頷く。


 俺たちはそのまま空高く昇っていき、雲の中へと入っていった。


   ◇   ◆   ◇


 ――80年後。


 田舎に立つ、とある小さな民家の和室。開いた襖から眩しく陽の光が差し込み、室内を照らしている。

 そこで、一人の年老いたおばあちゃんが畳の上に座っている。とても細い目をして、せっせと洗濯物を畳んでいた。


「おばあちゃん! おばあちゃん!」


 そこへまだ五歳ほどの小さな女の子が走ってくる。


「これこれ、ロース。そんな走ったら危ないよ」


 おばあちゃんがそういうが、何やら少女ははしゃいでいて、全く落ち着く気配がない。とても嬉しそうな顔で足をバタバタさせている。

 

「ねぇねぇ! おばあちゃん! あのねあのね! さっきお空におっきな龍が居たんだよ! 白くて、おっきくて、カッコいいの!」


「おんやまぁ」


 おばあちゃんがビックリしてぱっちりと目を見開く。


「そりゃあ、あたいの友達かもしれないねぇ」


「ともだち?」


 少女が不思議そうに首をかしげる。


「あたいの友達はねぇ、むかし龍の神様になったんだよ」


「本当? おばあちゃん」


 少女が半信半疑で尋ねる。


「本当だよ。あの龍の神様はね、いつも空からあたいたちのことを見ていて、怖いものや恐ろしいものに襲われないように、守ってくれているんだよ。だから、お空に向かって、ありがとうって言ってあげなさい」


 おばあちゃんはそう言うと、襖の向こうに見える空を見上げた。少女もすぐそばまで駆け寄って、空を見上げる。


「かみさま! いつもありがとう!」


 それを見ておばあちゃんも、目を細めて優しく笑った。


「ありがとね、心矢(しんや)、つむぎ」

最終回まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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