第十九首『アイの力』
怪異となった心矢は、ものすごい咆哮と共に、全身から生えたトゲをミサイルのように発射させてきた。
あたいはすぐさま手首の数珠に力を込める。
するとあたいの姿は除霊師の姿となり、手中にミッドナイトブラスターが出現した。
あたいはそのブラスターですぐに飛んできたトゲトゲを撃ち落とす。
「もう止めて! あたいは、あんたを倒したくない!」
「うぅ……俺は……俺はぁ!!」
心矢はものすごい勢いでこちらへ走ってきた。
「うるさい……俺を……倒せ……!」
(話が……通じてる……?)
そう思ったのも束の間、心矢の腕から巨大な魚のヒレのようなものが生えた。そして私の頬目掛けてそれを振りかざす。
「しまった!」
あたいはミッドナイトブラスターをすぐにダガーナイフモードへ変形させて、そのヒレを受け止める。
が、受け止めるのが少し遅く、頬に少しの切り傷ができた。血がそこからツーッと垂れてくるのを感じる。
「痛っ……」
あたいはダガーナイフでヒレを弾き飛ばすと、心矢の腹部を思いっ切り蹴り飛ばした。吹っ飛んだ心矢の身体が地面に叩きつけられる。
「ねぇ、心矢。さっきあんた、ちゃんと喋ってわよね! まだ理性が残ってるんじゃないの!」
心矢が立ち上がりながら答える。
「残って……ない……」
間違いない。やはり残っている。
「ねぇ心矢、聞いて。あんた、本当は怖いんでしょう。自分の手で、怪異の力で、誰かの命を奪ってしまうことが!」
「うぅ……あぁ……!」
心矢がうめき声をあげながらこちらへ走ってくる。
「アカツキノ……カマ!」
心矢の手中に巨大な鎌が出現する。そして走ったまま何度もその鎌を振りかざす。振りかざすたびに、刃の先から手裏剣状のエネルギーがこちらに向かって飛んでくる。
あたいはそれをダガーナイフではじき返しながら、尚も心矢に呼びかけ続ける。
「でもあんたなら、その恐怖を乗り越えられる。いや、乗り越えなきゃいけないの! だってあんたは! つむぎの……!」
「そんなことできない!」
あたいの目の前まできた心矢が、鎌を大きく振り下ろす。あたいはダガーナイフでそれを受け止める。
(ダメだ……!)
次の瞬間、鎌と鎌に込められた怪異のパワーに耐えきれずダガーナイフの刃が折れてしまった。
あたいは咄嗟に鎌の柄を掴んで押さえるが、振り押された鎌の先端があたいの肩に突き刺さる。
あたいの肩からおびただしいほどの血が流れ出した。
「ベロたん!」
遠くの方で、つむぎがあたいを呼ぶ声がした気がする。でも痛みが辛すぎて、本当に呼ばれたのか、気のせいなのか、定かではない。
「また……俺は……! 俺は……!」
急に鎌にかかる力が軽くなった。確実に心矢の意識が戻りつつある。
「やっぱり……無理だ……」
再び心矢の心が闇に呑まれ始める。
それに伴い、鎌にかかる力を重くなり、その刃があたいの肩に深く沈んでいく。
「無理じゃない……」
「でも……」
「無理じゃない!」
あたいは大声で叫んだ。
「だって、つむぎは乗り越えたのよ! あんたの彼女は自分の中の恐怖を乗り越えたの! 自分を殺した相手と知りながら、あんたと一緒にいることを選んだの! 自分に危険があることを知りながら、あんたが除霊師になることを受け入れて、共に戦うと誓ったの! なんでだか分かる!?」
「え……?」
心矢の動きが止まる。真っ赤になっていた怪異の目が元の綺麗な人間の目に戻る。
「あんたが……あんたのことが好きだからよ。あんたの彼女は、あんたの為だけに自分の中の恐怖を乗り越えた、乗り越えると決めた! ならあんただってできるはずだ! しなきゃいけないはずだ!」
心矢があたいに刺さっていた鎌をゆっくりと抜いた。そして、そのまま呆然として、地面に取り落とす。
怪異になっていた身体が、人間の体に戻っていく。
人間に戻った心矢はただその場で、目に涙を浮かべたまま立ち尽くす。
「でも……でも俺は……」
心矢はその場に座り込み泣きじゃくる。
あたいはそっと、そんな心矢の頭をやさしく撫でた。
「大丈夫。大丈夫よ……」
「でも……でも……」
――その時だった。森に生首の叫ぶ声が響き渡った。
「危ない! 逃げて!」
心矢もあたいも驚いて辺りを見回す。
「ちょっと……逃げるってなッ!」
そう言いかけた次の瞬間、あたいの体は思いっ切りふっ飛ばされ、地面に転がった。
「ベロたん!」
なんとなく誰かがあたいを呼ぶ声がする。でも、意識が朦朧として誰の声か分からない。
見ると湖から黒く巨大な触手がうねうねと蠢いているのが見えた。
(別の……怪異?)
――そしてあたいは、そのまま意識を失った。




