第十八首『怒りの拳、怪異の拳』
「つむぎさん、心矢はどこか感じ取れる?」
「ううん、多分怪異への変身を解いてると思う」
人間や何かしらの生物に擬態する伝説怪異。
心矢はおそらくそれだ。あたいはつむぎさんの生首を抱えて、必死に心矢を探した。
心矢の怪異としての本能が暴走し人を襲ったりしたら、他の除霊師がやってきて、きっと心矢を除霊する。
「つむぎさん」
「前から思ってたけど、つむぎでいいよ。心矢だけ呼び捨てなのなんか妬けるし」
「えっ、あぁ……じゃあ、つむぎ! 心矢が行きそうな場所に心当たりってある?」
「うーん、そんなこと言われても……」
つむぎさん……いや、つむぎがアホ毛をハテナマークの形にして考え込む。
「あっ!」
つむぎのアホ毛がピンと勢いよく立った。
「何!?」
「もしかすると、あそこかも!」
◇ ◆ ◇
あたいは生首を抱えたまま深い森の中を走っていた。
「ねぇ、本当にこっち? なんか遭難してない?」
「大丈夫! 絶対こっちだから」
つむぎに言われるがまま、あたいはどんどん不安になるほど暗い森の奥へ突き進んでいく。
すると向こうの方から微かに光が差し込んできた。
「あっ、光が!」
「ほらやっぱり!」
あたいたちは森の中にある開けた場所に出た。そこには綺麗で巨大な湖が広がっている。
つむぎの話によると、ここは心矢とつむぎがよく行っていたデートスポットで、何か辛いことや悲しいことがあったときは、この湖を二人で眺めていたらしい。
(正直、こんな森の奥でデートする二人のセンスは全く理解できないわね……)
ちなみに、以前心矢が美尻怪異を倒したのもここだと聞いている。
「でも……本当に綺麗な湖」
口に出すつもりは無かったのに、思わず口をついて言葉が漏れた。
「あっ、あそこ!」
つむぎがアホ毛で湖の手前を差した。見ると、そこにはやつれた顔の心矢の姿があった。
心矢はあたいたちの声に気づくとゆっくりとこちらを見る。
「お前ら……なんで来た……」
「心矢! 一緒に帰ろう? 早く帰らないと暗くなっちゃうよ」
「そうよ! 大好きな彼女を心配させちゃ駄目でしょう? だから……」
あたいがその先を口にする前に、心矢が答えた。
「もう、彼女じゃない。別れてくれ」
「えっ」
つむぎが思わず声を漏らす。
「ちょっと、何言ってんの!?」
あたいは思わず心矢を怒鳴りつける。すると心矢も更に大きな声で怒鳴り返した。
「分かってるだろ! 全部思い出したんだ! 俺は怪異なんだ! つむぎの命を奪ったのだって、俺みたいなもんだ。俺は……つむぎの彼女でいる資格なんて……」
つむぎがそれを聞いて静かに泣き出した。あたいの中に、ふつふつとマグマのような気持ちがこみ上げてくる。
「つむぎ、ちょっと待ってて」
あたいは、つむぎを足元にゆっくりとやさしく置いた。つむぎが不思議そうにこちらを見る。
「大丈夫よ、大丈夫だから、そこで見てて」
(大丈夫……怖くない……)
全身が震えているのが分かる。それでもあたいは、意を決して走り出した。
――そして、思いっ切り心矢の頬を殴りつけた。
心矢が殴られた頬を押さえる。
「なんで……」
「バッカじゃないの! わざわざ自分のこと探しに来てくれた彼女になんてこと言うの! なんで分かってあげられないのよ! 彼氏のくせに!」
「うるさい!!」
心矢が咄嗟にあたいの腹部を殴り返した。その拳には、怪異の力が確かにこもっている。
「うぐっ!」
「ベロたん!」
あたいの体はふっ飛ばされ、森の木に叩きつけられた。
「しまった! 俺!」
心矢は自分の手のひらをみて震え出した。自分のやってしまったことに気づいて、怯えているのだ。
「心矢、落ち着いて! 心矢!」
つむぎの必死の声が森に響き渡る。しかし、その声はもはやパニック状態の心矢には届いていない。
あたいは叩きつけられた体を起こし、なんとか立ち上がる。
目の前で、心矢の全身がどんどん黒く染まっていく。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
――そして、再び心矢は、完全に怪異の姿へと変わってしまった。




