第十七首『超克のケツ意』
あたいは、心矢とつむぎさんが住むアパートに来ていた。つむぎさんに『大事な話が怪異ある』と言われ招待されたのだ。
「ごめんね、汚いところだけど」
うん、たしかに汚い。あちこちにモノが散乱している。しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。あたいはその場に正座し、目の前でふわふわと飛ぶ生首付きドローンの目を見た。
あたいには聞きたいことが山程あった。心矢はいったい何者なのか、つむぎさんは何を知っているのか。
「あの、えっと……」
しかし、言葉がつかえて出てこない。そんなあたいの心を見透かしたようにつむぎさんは答えてくれた。
「あなたの聞きたいことはなんとなくわかる。そう、彼は……心矢はおそらく、人間に擬態した怪異なの」
◇ ◆ ◇
あたいは、つむぎさんから色んなことを聞いた。
まず、つむぎさんが死んだ本当の理由。突然怪異になった心矢を見てビックリして、逃げようと道路に飛び出したところを轢かれたからであること。
そして、心矢自身はこれまでずっと彼女を失った前後の記憶を失っていたこと。
つむぎさんは心矢がそのことで苦しまないように、必死に嘘をついて正体を隠してきたこと……。
「いつか……こうなる気はしてた。でもずっと黙ってた。例え心矢が何であったとしても、私は心矢を愛しているから」
つむぎさんは強い人だ。あたいだったら、怖くて近づくことすらできないかもしれない。でもつむぎさんは恐れなかった。いや恐れすら乗り越えたのだ。ただ愛する人のために。例えその人が、自分が命を失う原因だったとしても。
「でも、いったいどうして、また怪異に……?」
「それは分からない……あの貝の怪異に吸い込まれて、出てきたときにはあの姿だった。多分、あの貝の中で閉じていた記憶の蓋が開くキッカケがあったんだと思う……」
それを聞いてあたいはハッとした。蜃気楼だ。あの怪異は、あたいが恐れるピエロやとろろなどを蜃気楼で見せてきた。
やつの能力が対象が恐怖を感じるモノの幻を見せることならば、心矢に対してつむぎさんを失った瞬間の映像を見せたとしても、おかしくはない。
「アイツのせいね……」
あたいは自分のスマホを取り出し、電話をかけた。
「どこにかけてるの……」
つむぎさんが不思議そうにあたいのスマホ画面を覗き込む。
「怪異対策機関ジョレードの本部よ」
「なにそれ?」
つむぎさんがキョトンとする。
それを聞いたあたいもキョトンとした。
「えっ? 知らないの? 除霊師が戦うための武器を用意したり、除霊師に給料を振り込んだり……とにかく色んなサポート全部ここでやってるのよ」
「へぇ〜〜、いつもバケロンが武器の準備とかやってくれてるから知らなかったよ」
あたいはそれを聞いて少し呆れてしまった。おそらくバケロンがジョレード所属のサポート幽霊で、除霊師になるための手続きやサポートは全て彼がやっているのだろう。が、本人たちにもちゃんと説明すべきだと思う。次に会ったらちゃんと叱っておこう。
「それで、何のために電話してるの?」
つむぎさんがさらに不思議そうに聞く。
「調査用の怪異を捕獲する道具がある。それをレンタルして一回心矢を捕まえようかと」
心矢にはあたいにも恩がある。できれば倒したくない。大切な仲間だから。
「ただいま、電話にでることができません」
無機質な機械音声がスマホから鳴った。
「あれ……変だわ……つながらない……」
その後何度も電話したが、やはりつながらない。
「あれ……なんでつながらないんだろ……仕方ない。こうなったら、あたいたちで心矢を救うしかないわね……」
「救うって……そんなことできるの?」
「分からない。けど……」
(もし心矢がまた怪異になった原因が、己の中にある恐怖なら……)
あたいは、正座したまま、右手を強く握りしめた。
怪異対策機関ジョレードは第三.五首以来の登場でした。あの頃はもっと出す予定のあった組織ですが、あんま使い所が無くてここまで来てしまいました……。
次週更新はお休みです。
ご了承ください。