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第十四首『Sinkin,g into the grated yam』

サブタイトルの「Sinkin」と「g」の間に「,」が入っているのはわざとです。ミスじゃないです。

でも別に本編の内容とは全然関係ないから気にしなくて大丈夫です。

「おーい、だれかー」

 もう十分ほど経っただろうか。あたいはあれからずっと、何も見えない真っ暗な闇の中を歩いていた。ピエロに襲われ、蝶の大群に追いかけ回され、正直内心ヘトヘトだった。

 もう心矢(しんや)じゃなくてもいい。だれでもいい。早くだれかに会いたい。一人では心細い。そんな気持ちだった。

「ほんと……何がどうなってんのよ……ん?」

 あたいの足が急に止まった。足を止めたのではない。足が急に動かなくなったのだ。どれだけ歩こうとしても足が重くて持ち上がらない。それだけではない。

「なにこれ! なんか、どんどん沈んで!」

 周りを見るとさっきまで真っ黒で何も見えなかった足元に、巨大な白い沼が広がっていた。あたいの身体はその沼の真ん中で、どんどん沈んでいった。

「さっきまで何も無かったのに、普通に歩いていたのに、なんで」

 どんどん白い沼に沈んでいき、もう腰のあたりまで沼に浸かっている。白い沼の液体はもはや液体というより固体に近いのではないかというほどにドロドロネバネバしていて、若干黄みがかっている。あとちょっと臭い。

 あたいは沈んでいく中で、あることに気づいた。

「なんか……めっちゃ痒い!」

 沼に沈んだ下半身が無性に痒くなってきた。沼に浸かっているせいで全く掻けないが、もし掻けたら皮が剥けるほど掻きむしっていただろうというほどに、痒くて痒くてたまらない。

「これって! もしかして!」

 まさかと思い、あたいは沼の白い液体を指と少し掬い舐めてみた。不味い。クソ不味い。だが、この不味さは確かに味わったことがある不味さだ。そして、私がこの世で最も苦手な味だ。

「間違いない……これ、とろろだ!」

 とろろ。山芋や長芋をすり下ろした食べ物で、芋に含まれるシュウ酸カルシウムは針状の結晶であることから身体が痒くなることでも有名な、あの、とろろの味だった。

 あたいはそんなとろろの見た目も味も昔から大の苦手で、今でもとろろという言葉を聞くだけで気分が悪くなるほどだ。正直、嫌いを飛び越えて怖いの領域にまで達している。世の中にはこのとろろを、美味しい美味しいご飯やうどんにかけて台無しする人間がいるというのだから信じられない。

 とにかくとろろの沼に入っているのが嫌で、あたいは必死にもがいた。だが、もがけばもがくほど身体はどんどんとろろの沼に沈んでいく。

「クソッ! 嫌だ! こんな気色悪い食べ物の中で死ぬなんて嫌だ!」

 そんなとき、耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「「お姉ちゃーん! 助けてー!」」

「カルビ!? ハラミ!?」

 向こうの方を見ると、カルビとハラミがとろろの沼で溺れていた。

「あんた達! なんでこんなところにいるの!」

 が、パニックになっているのか、二人はあたいの質問には全く答えない。

「助けてー!」

「怖いよー!」

 カルビとハラミのまだ小さい身体が、とろろの沼に沈んでいくのが見える。あのままでは、あたいより早く全身が沈んで死んでしまうだろう。

(どうしよう……助けなきゃ……でも……)

 助けるには、このとろろの沼を泳いで二人のところへ行かなければいけない。しかし、そのためにはまずあたいの全身を、腰から下、顔まで全てとろろの沼に浸からせなければならない。そうなったら身動きがとれず、そのままあたいの方が先に死ぬ可能性だってある。すごく怖い。

 もし泳ぎ切れなかったら? とろろの中で息継ぎなんてできる? 仮に泳げたとして、あの二人の元に行くまで体力は持つ? あの二人の元へ行けたとして、そこから二人を連れたまま沼の外まで泳いでいける?

 考えれば考えるほどあたいの中の恐怖は大きくなっていく。

(でも……でも……)

 あたいはもう一度カルビとハラミの方を見た。愛しい弟と妹は、今も沼の真ん中で泣いている。すごく苦しそうで辛そうで……。

 その姿を見て、私の決意は固まった。

「怖い……怖いけど……大事な弟と妹を失う方が! もっと怖い!」

 あたいは意を決して沼へ潜った。痒い。全身がすごく痒い。しかも重い。泳げば泳ぐほど、水かきしようとすればするほど、全身がとろろを纏ってどんどん重くなる。

(それでも……あたいが……行かなきゃ……)

 それでも必死に泳ぎ続けた。息継ぎをするたびに、口や鼻の穴、耳の穴にまでも嫌なとろろが入ってくる。それでも、あたいは負けなかった。

 そうして、なんとかカルビとハラミがいるところまで、あたいはたどり着いた。

「カルビ! ハラミ!」

「「お姉ちゃーん」」

 二人とも涙と鼻水ととろろで全身がデロデロだ。

「よしよし、お姉ちゃんが来たからもう大丈夫。ほら、しっかり捕まって」

 正直、大丈夫ではなかった。ただでさえ重いあたいの身体は、カルビとハラミ、幼児二人分の重さが加わり更に重くなる。

 それでも、あたいは泳ぎ続けた。

(負けない! 大切なものを守るためなら、あたいは絶対に負けない! あたいの気合いを見せてやる!)


 ――30分ほど泳いであたいはなんとか岸までたどり着いた。先に二人を持ち上げ陸に上げると、次に自分も沼から抜け出す。沼から抜け出すと、そのまま疲れてその場に手をついて座った。

「大丈夫……カルビ、ハラミ」

「お姉ちゃんは……?」

「あたいは大丈夫だよ、めっちゃ痒いけど」

 掻きむしりたいが、もう掻きむしる体力すら残っていない。手で自分の身体を支えるのが精一杯だった。

「怖くなかったの……?」

 カルビが不思議そうに尋ねる。

「怖かったさ。でもあんた達のためなら、いくらだって頑張れるんだよ。あたいは」

「……」

 カルビとハラミが急に黙り込んだ。すると急に霧が立ちこめてきた。

「えっ……また……?」

 目の前にあったはずのとろろの沼が一瞬にして消えてしまった。

「ねぇ! 今の見た? カルビ、ハラミ?」

 あたいは沼があった場所を指差して、カルビとハラミを見る。しかしカルビとハラミは真顔のまま黙り込んだままだ。

「ねぇ、どうしちゃったの? なんか変よ?」

「「なぜだ……なぜ、君の心には勝てないんだ」」

 そういうと、カルビとハラミの着ている服の隙間から大量の霧が噴き出した。噴き出した霧はたちまちカルビとハラミの身体を包み込む。その霧の中で微かに二人の身体が変貌していくのが見えた。

「違う! ……カルビでもハラミでも無い!」

 二人の身体がドロドロの液状になり、混ざり合い、やがて一つの形をつくる。


 ――霧が晴れ現れたその姿は、私にとって見覚えのある姿だった。

「モグラの……怪異(かいい)……」

【裏話:ベロたんの嫌いな食べ物について】

とろろは、他にカレーやシチューなどの案もありましたが、カレーやシチューでは具材の上に乗ることができてしまうため、泳ぐ展開にできないことから没となり、とろろが選ばれました。

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