第十一首『飛べ!生首ドローン!』
――十五分ほどたった頃。ようやく、あの美尻コプターが目の前に見えてきた。引き離されていた間もどんどん縮まり、あと少しで攻撃が届きそうだ。俺の鎌を持っている方の手にも力が入る。
だが、ここで一つ問題がある。それは、あのヘリコプターの中の人だ。おそらく偶然たまたま通りかかったばっかりに、尻にヘリコプターを乗っ取られ、人質にされてしまっている。それを攻撃して墜落させてしまったらあまりに可哀想だ。第一、俺は誰一人だって犠牲者を出したくない。
「どうしたもんかな……」
「ねぇ!」
つむぎが生首ドローンのプロペラ音に負けないくらい大きな声で俺に話しかけてきた。
「なんだーー!?」
俺もプロペラ音に負けないくらい大きな声で聞き返す。
「ちょっと考えがあるんだけどーー!!」
――俺はつむぎの作戦を聞いた。なるほど、確かに、この作戦ならば行けるかもしれない。
「でも……この作戦は危険なんじゃ」
もし失敗したら、多くの人の命に関わる。できればそんな危険は冒したくない。
「大丈夫! 私を信じて!」
今までにないほどに力強い声。その声を聞いて俺の迷いは消えた。
「よぅし! いっちょやってみるか!」
俺はさっそくヘリコプターと、その下の様子を確認する。下には高層ビルや家々が普通に建ち並んでいる。よくある街の風景だ。
ちょうどヘリコプターが、とある高層ビルの真上にきた。
俺は高層ビルの屋上に人がいないかを確認する。よかった。誰もいない。その瞬間、鎌のトリガーを二回押して大きく振り下ろした。
「デスサイ手裏剣!」
鎌から放たれた手裏剣は瞬く間にヘリコプター目掛けて飛んでいき、そのドアを切り裂いた。
ヘリコプターのドアはバラバラになって、誰もいないビルの屋上へ落ちていく。それから少しして、中に乗っていたパイロットも真っ逆さまに落ちていった。
「よし! 今だ!」
「行くよ!」
俺の掴んでいく生首ドローンが全速力で落ちていくパイロットに近づく。俺は空中でパイロットをキャッチすると、そのままドローンから手を離し、ビルの屋上に着地した。ビルの屋上は俺がさっき落としたドアの破片でめちゃくちゃになっていた。
「ビルの持ち主にはちょっと申し訳ないことしたな……」
空を見上げると、ヘリコプターがおならで黄色い飛行機雲を作りながら遠くの方へ逃げていくのが見えた。つむぎの読み通りだ。ここでヘリコプターから抜け出されたら墜落したヘリで街が大惨事になっていたので危なかった。
「だから言ったでしょ! 大丈夫だって!」
「あぁ、でもなんでやつが上空でヘリを捨てないって分かったんだ?」
「バケロンフォンのデータに合ったんだよ。尻型の怪異は一度取り憑いた乗り物をそう簡単には捨てないって。多分その乗り物が動かなくなるまでは取り憑き続けるんだと思う」
なるほど、バケロンフォンの情報も意外と役に立つものだなと思った。
意識を失っているパイロットをゆっくりと屋上の何も無いところに寝かせると、俺は再びドローンを片手で掴んだ。ドローンはすぐに上昇し、逃げる美尻コプターを追いかけっていった。ここまでくれば、あとは簡単だ。
俺は鎌から何度もデスサイ手裏剣を放ち、美尻コプターの進む方向を誘導しながら追いかけていく。美尻コプターはどんどん進行を変え、街を抜け、深い森の上空へ入っていく。
そして、ようやく美尻コプターが森の中の大きな湖の真上にきたところで、俺は鎌のトリガーを三回押した。
「怪異根滅! デスサイスラッシュ!」
鎌から放たれた紫の光のカッターは美尻コプターに着弾し、ものすごい大爆発を起こした。バラバラになったヘリコプターの破片と大量の砂が、湖の中に落ちていった。
「やった! 作戦大成功だね!」
「あぁ! 前に二人で見に行った湖の場所覚えておいてよかった!」
この湖はつむぎがまだ生きていたころ、二人で見に行った思い出の湖だった。
「ともかく除霊完了だね! ベロたんに報告しなきゃ!」
◇ ◆ ◇
それから、俺はドローンから取り外し、ヘルメットを脱がせたつむぎの生首を抱えて、町中を歩いていた。バイクはさっきの場所に置いてきたので、ベロたんを見つけるにはこうするしかない。
「おーい!」
向こうの方から嬉しそうに走ってくるベロたんの姿が見えた。前には抱っこひもでカルビを抱え、後ろにはハラミをおんぶしている。
ベロたん、俺のすぐ目の前にくるとキキーーッッと音が鳴りそうな勢いで立ち止まった。
「倒したの? あの怪異」
「ああ! バッチリだ!」
「そっか……改めてありがとね。本当に」
「いや、先に助けられたのはこっちの方だ。な? つむぎ」
と、つむぎに振ったが、つむぎは何やら空中にバケロンフォンを浮かべたまま弄っている。
「ん……どうした?」
俺が声を掛けても、つむぎは尚もスマホをいじる。
「おい、つむぎ?」
俺が改めて声を掛けると、ようやくつむぎが返事をしてくれた。
「え、あー、ごめん! ベロたんと連絡先交換しようと思ったんだけど、やり方分かんなくて」
「連絡先?」
「ほら、ベロたんの数珠が再発行されたら、そのとき一緒に戦いたいし、お互いにそっち方が都合がいいでしょ。ベロたんだって、私が怪異が出たの感知したら教えて欲しいよね?」
「それはそうだけど、いいの?」
ベロたんが申し訳なさそうにこちらを見る。もしかして、一度俺たちを襲った引け目があるのだろうか。
「いいよね? 心矢?」
俺としても、一緒に戦う仲間が増えるのは大歓迎だ。まして、それが俺を助けてくれたベロたんならなおさらのこと。前に襲われたことなんて、ベロたんも俺も、もう全く気にしていなかった。
「あぁ、もちろん」
「そっか、ありがとう」
ベロたんは自分の携帯を取り出すと、さっそくつむぎと連絡先を交換した。今はQRコードを読み取るだけで簡単に連絡先を交換できる。便利な時代だ。
「そうだ、怪異といえば、最近伝説の怪異が復活したって噂があるから気をつけた方がいいよ」
「伝説の……怪異?」
そんな噂、聞いたことが無い。
「千年前、多くの除霊師を亡き者にした伝説の怪異。なんでも、命を持ったまま怪異の力も手に入れた存在で、本能的に人を襲う普通の怪異と違って、普段は怪異の力を抑え込んだまま人間や動物にカモフラージュできるの。そして、いざというとき怪異の力を開放して相手を襲う……とか……なんとか……」
「オイラもその噂は気になってて、色々調査してるけど、具体的なところは何も分かって無いんだバケ」
うわ、バケロンだ。コイツは幽霊だからかいつもヌルっと現れて、ヌルっと話に入ってくる。もう少し存在感を出して欲しい。
「それって……」
つむぎの表情が曇る。
「つむぎ、どうかしたか?」
「ううん、ちょっと怖いな……って思っただけ」
それもそのはずだ。つむぎは怪異に命を奪われた。その怪異の中に、普通の動物にカモフラージュできる存在がいて、しかもそれがかつて何人もの除霊師を葬った存在だとすれば、それは俺たちにとっても相当な脅威となるに違いない。
「大丈夫、俺が必ず守る」
俺は腕の中の生首を強く抱きしめた。
俺とベロたんがふと空を見上げるともう日が沈みかけていた。
俺は心の中で、あの夕日に強く誓った。
(もっと強くなろう、みんなを守れるよう、もっと強く)
夕日はただ何も言わずに俺たちを、俺たちの明日を照らしていた。