第十首『掌の玉』
住宅街を猛スピードでバイクが走る。正面についた台座にはヘルメットを着けた生首が乗り、運転する俺の背中にはベロたんが涙目でしがみついている。
「なぁ、つむぎ。どうしてあの二人を助けてって……除霊師の活動をやれって言ってくれたんだ?」
つむぎはずっと俺が怪異戦うことに反対していた。それなのに、ベロたんの弟のカルビと、妹のハラミが美尻バスに連れ去られたとき、つむぎは真っ先に助けようと言った。
俺にはそれが不思議でならなかった。つむぎは真面目な声のトーンで俺に答えてくれた。
「私ね……今まで、心矢さえ幸せで居てくれれば、あとはどうでもいいと思ってたんだ」
「え?」
意外だった。生前のつむぎは、いつも誰にでも優しい天使のような人だった。そんなことを考えるような人には見えなかった。
「あの日死んだ後、目覚めたら真っ暗な夜道で、生首のまんま転がってて、すごく怖くて……それから頑張って地面を転がりながら心矢のアパートを探したんだ」
知らなかった。つむぎは霊になってすぐ、俺のところに現れたのだと思っていた。そんな苦労があったなんて考えもしなかった。
「なぁ、その話、あたいも聞いてていい話か?」
ベロたんが後ろで気まずそうに聞く。確かに突然こんな話が始まったら気まずくもなるだろう。
つむぎが優しく答える。
「大丈夫だよ。というか、寧ろあなたにも聞いて欲しい」
そう言うとつむぎはまた霊になってからのことを話し始めた。
「それからずっとずっと、一ヶ月くらい私は転がり続けた。雨の日も、風の日も、他人に蹴飛ばされたり、犬に襲われたりしても、必死に心矢を探したの……。だから、ようやく会えたとき、生首になった私を受け容れてくれたとき、すごくすごく嬉しかった。私には心矢さえ居ればいい、心矢さえ居てくれれば、それで良いんだって」
「だったら何で……」
「それは……ベロたん、あなたや、あなたの家族に会ったから」
「えっ、あたい!?」
急に自分に話になってビックリしてベロたんがしがみついていた手を離しかける。
「おわ、危なっ」
「おい! ちゃんと捕まってろ! 危ないぞ!」
落ちそうになって慌てて俺の背中を掴み直す。
「ご、ごめん……。でも、どうして私が?」
「今日、ボロボロになった心矢をあなたが助けて必死に手当てや看病までしてくれて、カルビくんやハラミちゃんと一緒に遊ぶのもすごく楽しくて、温かくて……大切だって思えた。霊になってから今まで、心矢以外の人を大切に思えたことなんてなかったのに」
「そんな……あたいは別に……」
嬉しいのか恥ずかしいのか、ベロたんの声がどんどん小さくなっていく。
「やっと心矢の言ってることが分かった。私も大切な人を守りたい! 助けたい! だから、一緒に戦わせて欲しい!」
嬉しかった。ようやく彼女と、つむぎと心が一つになった気がした。
俺は力強く答えた。
「ああ、行こう! 俺たちで一緒に!」
◇ ◆ ◇
三十分ほどバイクを走らせた頃、ようやく凄い速さで走る美尻バスが見えてきた。
「追いついてきたね」
「カルビ、ハラミ、無事でいてよ……」
俺はバイクのハンドルから一旦手を離すと、ズボンのポケットから数珠を取り出し、右手首にはめた。俺はあの羽織を纏い、除霊師の姿になる。
「手放し運転しないでよ、危険でしょ」
ベロたんからの至極真っ当な指摘を受ける。
カッコよく決めたつもりだったので、俺のテンションは少し下がった。
「悪いな……バイク乗る前に変身し忘れたんだよ……」
「えっ、あれって変身だったの? なんか違わない?」
「別にいいだろ! それにしても、なんであの怪異は二人をわざわざ攫ったりしたんだ……?」
「怪異の中には人間を人質に取ったりする、知性の高いものもいるらしいわ。おそらくあのデカ尻野郎もきっとそれでしょうね」
野郎……? あれはどうみても女性の尻では? と言おうとしたが、なんとなくセクハラになりそうなので踏みとどまった。
「アカツキノカマ!」
俺左手でハンドルを握ったまま、右手を離すと、その手中に鎌を出現させた。
「デスサイ手裏剣!」
そして、その鎌についたトリガーを二回押し、そのまま小さく振り下ろした。刃の先から発射された手裏剣状のエネルギー弾は、幼稚園バスのタイヤに直撃し、そのままタイヤをパンクさせる。タイヤがパンクしたバスは大きな音を立ててその場で動かなくなった。
俺もブレーキをかけ、バイクをそのバスの前に止める。美尻の怪異は取り憑いていた幼稚園バスから離れ、空中にふわふわと浮かび上がった。
「カルビ! ハラミ!」
怪異が幼稚園バスから離れたのを見るなり、ベロたんはすぐさまそのバスへ駆け寄った。
バスの扉がプシューッと音を立てて開く。
「おねーちゃん!」
「おねーちゃんだ!」
バスの中から元気な笑顔の二人が走ってきて、ベロたんの胸に飛び込んだ。ベロたんは飛び込んできた二人をギュッと抱きしめた。
「よかった……無事で……よかった……」
「おねーちゃん! すごかったんだよ! バスが新幹線みたいなはやさで、ビューンって!」
「すっごいたのしかった! また乗りたい!」
カルビもハラミも、自分がどれだけ危険な状況なのか全く理解していない様子だ。多分何かのアトラクションとしか思っていないのだろう。だが、俺はそれで良かったと思った。
怖い思いなんてしないほうがいい。
――ブルルルルルルル。
けたたましい音とともに急につよい風が吹いた。俺は被っていたヘルメットを取り、空を見上げる。
上空をちょうどヘリコプターが通過していた。
そのときだった。美尻怪異がそのヘリコプター目掛けて一直線に飛んでいったのだ。空中でおならを噴射し、更に速いスピードで空へ昇っていく。
「くっさ! 大丈夫? 心矢?」
「俺は大丈夫だ。それよりベロたん! カルビとハラミを連れて逃げろ!」
「わかった!」
ベロたんはすぐに二人を両脇に変えると、遠くの物陰に隠れた。
その間にも、美尻怪異はどんどん上昇していき……
「取り憑きやがった!」
美尻がヘリコプターに下部に取り憑き、そのままゆっくりとこちらに背を向ける。
「あいつ! 逃げる気だ!」
まずい、このまま空を飛んで逃げられたら、追いかける術がない。どうにかして、やつを追いかける術さえあれば……。
「だったらこれを使うバケーーーー!!!!」
声のする方を向くと、何より大きな黒い機械を持ったオバケがものすごい勢いで飛んでくるのが見えた。
見覚えのあるその姿。間違いない。バケロンだ。飛んできたバケロンは俺の目の前で止まると、その持っていた黒い機械を差し出した。
機械は四隅に一つずつプロペラ付いていて、真ん中にはいかにも何かを乗せてくださいと言わんばかりの台座が取り付けられている。
「なんだバケロン、この機械は?」
「説明するより使うが早いバケ! そこの生首をここの台座にセットするバケ!」
「えっ!? 私!?」
バイクにセットされていたヘルメットのつむぎが、びっくりしてバイクの正面ごとこちらに顔を向ける。
「バケロン、生首じゃなくてちゃんとつむぎって呼べよ」
俺は自分でも自覚できるくらいムスッとして、すぐにつむぎの元へ駆け寄った。そしてバイクからつむぎを取り外すと、バケロンの方に戻りその機械に付け直した。
「さあ、後はその機械がっちり掴むバケ!」
俺は鎌を持っていない方の手で言われるがままにがっちりとその機械を掴む。
「これで……どうするんだ?」
「さあ……生くb、じゃなかった。つむぎ! 特質霊の力でプロペラを回転させるバケ」
「う、うん。分かった……よぉし……」
つむぎが大きく深呼吸をする。そして目をギュッと瞑ると、思いっきりいきみだした。
「ふんぬ〜〜〜〜!!!!」
「をわっ」
するとどうだろう。その機械、いやドローンに付いてプロペラが高速で回りだし、ぐんぐんと上昇し始めたのだ。もちろん、その機械を片手で掴む俺の身体まで一緒に持ち上げて。
「すごい! 俺、空飛んでる!」
「待って、めっちゃキツい! 重すぎるんだけど!」
「えっ、そうなのか?」
自分では割と痩せ型だと思っていたので重いと言われてだいぶショックだ。人生で初めて空を飛んだ感動が、その一言で一瞬にして吹き飛んでしまった。
「あたいは後から追いかけるからーー! あんた達は早く行きなさーーい!」
遠くの方で何やらベロたんの叫ぶ声がする。……が、プロペラの音がうるさすぎて聞き取れない。多分「いってらっしゃーい」とでも行っているんだろう。
「早く追いかけるバケーー!!」
バケロンの声もプロペラの音に掻き消されて全く分からない。が、聞き直している時間もない。俺は二人の声を無視して美尻怪異を追いかけることにした。
「つむぎ! 全速力で飛ばしてくれ!!」
「オッケー!」
美尻の付いたヘリコプターをおって、生首のついたドローンはこの街を上空をすごいスピードで飛んでいった。
「飛べ! 生首ドローン!」
次週の更新はお休みの予定です。申し訳ございません。