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終わった存在の遺言

 悠久の時をその場で動かず、だけどもその体を決して欠けさせることなく、確かに存在していたかのようなその岩。平べったくはある、だが決して、文字を書くには適していないと思われるその岩。その岩には、おそらく無理して、文字が掘ってある。きっと、石か何かをペンにして、書き手は精一杯その思いを刻んだのだろう。その横に、白骨の死体が一つ転がっている。きっと、この白骨死体が生前に、この岩に書かれている文字を刻んだのだろう。そう思わせられる、そんな絵。


          ※


 この文字を解読できる、知的生命体に向けて私は精一杯この遺言をつづらせてもらう。この文字が、きっと将来、どこかの生命のせめてもの参考となることを祈り、私はこの文章をこの岩に刻ませていただく。


 我らは人間という生命体である。我ら人間という生命体は、地球という星にて暮らしていた。我らは数多の文明を築き、何千年とその栄華をこの地球という星にて極めた。それはきっと、おそらくは素晴らしいことだろうと人間達はみな、思っていたはずだ。自らが栄華を極めることこそ、最高の幸せであり、それを求めるために我らはみな生きているのだと思っていた。すなわち、自ら以外の生物の幸せを全てないがしろにしながら、我らは何千年と生きたのだ。それで、みな間違っていないと思っていた。否、それが正しかったのか間違っていたのか、今でも私は分からない。


 ただし、現に我らは滅んだ。それも、この地球というものを巻き込み、全ての生物と共に滅ぶ。私も、もはや体に力が入らぬ。きっと、この地球最後の生き残りであろう私も、もう死ぬのだ。だから、私はせめて最後にこの文字を刻む。


 我らが滅ぶ原因、それはすなわち、核戦争であった。大国の長が、核兵器と呼ばれる凶悪すぎる爆弾を発射したのだ。そして、我らはその核兵器の毒にて被爆し、死に絶えるのだ。口惜しいと私が書くのはきっと、おこがましいであろう。その核兵器が発射されなければ、我らはもう少し長く生きられたであろう。ただし、きっといつかはその核兵器のボタンは、どこかの誰かによって、押される定めにあったことだろうと思う。我らはみな、自らの利益のみを優先してしまった。だからこそ、核兵器が押されたのだ。遅かれ早かれ、人間が自らの利益のみを優先してしまった結果なのだ。だからきっと、いつかはこうなっていたのだ。


 申し訳ないことをしたような気がする。だけども、しょうがなかったような気がする。この世界、きっと生物はみな、自らのことを第一に考えないとならないのだ。そうしないと、この世を生き残ることはできないであろう。自らの命を投げ出してまで他者の命を救うというのは、この地球という星で生きるにおいて、圧倒的かつ絶望的なほどに矛盾をはらむのだ。だから私は、過去の私は、決してとして核兵器のボタンが押されることを阻むことはできなかってあろう。すなわち、自らの欲望をとめ、他の生物のために行動することはできなかったであろう。


 だが、今なら少しだけ理解した気がするのだ。我らは望みすぎたのだろうと思う。自らの命を第一に優先する。それは生物としては至極普通のことなのかもしれぬ。だがきっと、望みすぎたのだ。我らは、望みすぎた。生き続けるために欲するのは自然の摂理だ。ただし、貪欲は罪だ。我らは、きっとずっと、貪欲であった。あくなき欲望に支配されていたことこそ、悪であったと、今となっては分かる。だから、我らはきっと滅ぶのだ。ほんに悲しくはある。だが、順当であったとも思うのだ。貪欲は悪であるが、それを抑える術を我らは待ち合わせていなかった。


 本当に悲しい。なぜ、我ら人間はああまでも、終わりなき渇望を続けたのだろうか? 本当に悲しくて、悲しくて、懺悔したい。我らとともに死なねばならぬ、数多の地球の他の生物達に懺悔したい。ただし、懺悔したとして決して許されぬことくらい分かっている。だが、懺悔したい。この魂干からびるほど、懺悔したい。だから、そのせめてもの罪滅ぼしとして、私はこの岩に、この文字を刻む。


 この文字を読む生命体がどんな存在であるのか、私にはとんと皆目見当もつかない。だけれども、少なくとも私のこの文字をその目に止めてくれ。あなたは、我ら人間をはるかに凌駕した優秀な存在なのかもしれない。だけれどもせめて、この岩の文字を、あなた方の記録に刻んでほしい。長々と書き綴ってきたが、きっと、あなたが記録として残すのは、この一文だけでもよろしい。すなわち、


〝数千年もの間栄華を極めた人間という生物は、貪欲の果てに、地球の他の生命体ごと滅んでしまったのだ〟


 という一文だ。この一文だけでよい。私のこのせめてもの遺言が、きっとどこかの知的生命体に読んでもらえ、その活動の一縷にしてもらえることをせめて、願わしてくれ。この地球ごと滅ぶ私にはそれを祈ることしか、もはやできないのだ。そんな悲しき私が残す、せめてもの遺言を、せめて、せめて、記録してくれ。それのみを私は、ただただ心より懇願するのだ。

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