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終わった街 ライオネット

 悲しい絵である。躍動感のない絵である。絵というのは、動きがないとならない。だけど、この絵は止まっている。いや、意図的に止められているのだろう。がれきが崩れる昔は華やかだったと想像できる場所。ビルが見える。でも、崩れている。家が見える。でも、崩れている。人が見える。でも、倒れている。仰向けで倒れている。そんな絵。何故か、その絵は全体的にぼやけている。まるで、その悲しい壊れた世界を、一線を隔す別の場所から見ているかの如く。


 そんな絵。


          ※


 雲一つない空がきれいですね。この街は終わったというのに、晴天というやつはひどく残酷なものですね。ふふ、何を見ているのですか? 仰向けに倒れこんで動けない私を上から見下ろすのが好きなのですか? ああ、私の好きなこの街は終わってしまったのですね。口惜しいですね。口惜しいですね。何故泣くのですか? ふふ、何故泣いたのが分かるかですって? その熱そうな防護服で顔を隠していても、分かることはあるのです。その防護服で顔を見ることはできませんが、あなたが泣いていることは容易に想像できてしまいますので。


 何故泣くのですか? 何故泣くのですか? この街の生き残りの私を見つけたのがそんなに嬉しいのですか? だとすると残念ですね。私もじき死にます。体がほとんど動きません。化学兵器というやつはかくも恐ろしいものですね。こんな恐ろしい兵器を開発した存在も、とても恐ろしい化け物なのでしょう。私にはどのような生物がこれを開発してしまったのか、皆目見当もつきませんが、さぞや恐ろしい化け物なのでしょうね。


 ふふ、何故泣くのでしょう? その防護服で顔は見えませんが、きっと恐ろしい怪物であるあなたが、何故泣くのでしょう? あなた方が開発した化学兵器がうまく広がり、私ごと私の街、ライオネットを滅ぼしただけではありませんか。あなたからしたら、とても喜ばしいことではないのですか? さぁ、あなた方の大成功に喝采を。ふふ、すいませんね、意地悪が過ぎました。ああ、残酷な空の青さですね。本当に残酷な残酷な空の青さだこと。どこまであなた方の科学兵器の毒が届いたのかは分かりません。だけどもきっと、世界は終わったのでしょう。え? 毒が届いたのはライオネットの付近100キロメートル程度ですって? いえ、違います。あなた方の毒はきっと、世界中に届きました。このライトネットだけではありません。あなた方が蒔いた悪意の種は残念ながら、世界中に広がってしまったのです。今日はライオネットだけでしょう。だけどもきっと、一年後は世界中です。きっと、それはそうなのだと思いますよ。もう死ぬ私には一年後は分かりませんが、きっとあなた方が蒔いたそれは、世界を滅ぼす悪意だったのだと思いますよ。


 おや、何をなされているのでしょうか? なぜ、その防護服を脱がれているのでしょうか? このライオネットにはまだ毒が残っていますよ? その防護服を脱いでは、あなたも毒にやられてしまいます。そんなことはおよしになったほうがよろしいでしょう。


 ふふ、とても凛々しい顔をされておりますね。この青空に相応しい、とてもとても凛々しいお顔立ちをされているのですね。それが、怪物の一員の姿だったのですね。ふふ、私よりも凛々しいとは、もどかしさを感じてしまいますね。ふふ、何故泣くのですか? 防護服を取った今ならあなたが大泣きしているのが、この両の眼に映ってしまっておりますよ。うふふふふ。不思議なものだ。化学兵器を開発した大国の兵士であるあなたが、自らその化学兵器の毒牙にかかるのですね。この化学兵器の恐さを一番理解しているのはあなただと思っていたのですがね。


 え? 人間として死にたいですって? だから、防護服を脱いだのですか? ふふ、泣けてきました。泣けてきました。ちくしょう、びっくりするほどの快晴では、雨で涙をごまかすことはできませんね。どうしたのでしょうか? 私はどうしたのでしょうか? さっきまで、殺したいほどあなたを憎んでおりました。防護服を被り、この化学兵器蔓延するライオネットで安全に過ごすあなたを殺したいと思っておりました。きっと、私が化学兵器で体が動かなくなってしまっていなかったのであれば、私はあなたをきっと、殺していたでしょう。でも今、あなたに対する憎悪はさっぱり無くなってしまいました。あなただけではありませんね。あなた達兵士ももちろん人間の心を持っているのですよね。そんな当たり前のことを、忘れておりました。


 おや、体に力が入らなくなってしまったのですね。それがこの化学兵器の初期症状です。恐ろしいでしょう。あなたも、もうじき私と同じように動けなくなるのです。ふふ。とても愚かですね。わざわざ防護服を脱がず、心なくこのライオネットでの任務を全うすれば、死なずにすんだものを。もう、あなたも手遅れでしょう。私とともに死にゆく定めになりました。でも、きっとあなたが行くのは地獄ではないはずです。それはおそらくそうでしょう。だって、あなたが防護服を脱いでくれたおかげで、私は憎悪の感情のみを抱いて死ななくてすむのですからね。だから、感謝しております。ありがとう。あなたは決して怪物ではなかったのですね。


 ああ、本当に雲一つない残酷な青空だ。本当に残酷な青空だ。いや、死ぬ時くらい晴れが相応しいでしょうか? ふふ、私はもう死にます。先に行きます。また会えたら、きっと友達になりましょう。争いなき世界で、今度は友達になりましょう。あなたとならばそれができそうだ。ふふ、ほんのちょっとだけ先に行く私は、あっちの世界で酒でもないか、探しておきますね。それでは、また。

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