4瓶目 ケルベロスの末裔
ご存じかしら?
命命の先代の使い魔の話。
あの子、逃げた訳じゃないのよ。
命命を傷つけたくなかったからあの子が離れたの。
健気よね。
私の300年間連れ添った雄の白いポメラニアン。
名前はスカル。名前の由来は拾ったとき頭蓋骨の中に居たから。汚なかったけど洗ったら真っ白でふわふわな仔犬になった。最初は飼うつもりなかったけどあの子が離れたがらなかったから。
使い魔の契りを交わして傍においてやった。
あの子は賢くて、薬草を頼むと根っこごと取ってきた事があって、もったいなかったから苗として育てたっけ。でもあの子は寂しがり屋で、甘えん坊で、可愛かったなぁ…。なんで居なくなったんだろ。
「この子がケルベロスの仔犬。名前はスカル。」
キュロトが抱き抱えて連れてきた仔犬の名前があの子と同じだった。
「本当はジュニアって名前なんだけど…スカルって呼ばないと反応しないんだ。」
もしかしたら生まれ変わりなのだろうかと思い始めた。
「わふっ!」
地獄狼だろうか…。
地獄狼とはケルベロスの血を濃く引いた種の犬で、狂暴かつ唾液にはケルベロスと同じ猛毒を秘めている。主人以外の命令を利かない賢さを持つ彼らにも天敵は存在する。
それは…魔女だ。
猛毒の効かない魔女の体質に彼らは為す術がない。
唾液はケルベロスの唾液の代用品になるし、万が一の事があっても私にとって、とても好都合な犬だ。
「貰っていいの?」
キュロトに聞くと彼はにっこり笑っていた。
「もちろん貰ってくれ!」
仔犬のスカルは私の仔犬になった。
オンボロ屋敷に連れ帰ると仔犬は前のスカルが好んでいた大釜の傍へ行った。
鮮明にスカルとの記憶が甦った。
「わふっ!わふっ!」
そういえばスカル…
初めてうちに来た日、跳ねて大釜を倒したっけ。
「おかえり、私の可愛い小さな骸骨」
自然とその言葉が口から溢れた。
仔犬のスカルは首を傾げた。
「お前は幼いから言葉は知らないか…」
あともう100年生きればあのスカルも…口を利いたかもしれない。
「ただいま。永らく一人にしてごめんなさい。」
そう聞こえた。大丈夫あの子はきっと幸せだろう。
このスカルならあのスカルを超えられる。
「我が城へようこそ。スカルJr.。私のよき家族になれるように頑張るんだぞ。」
手を差し出すとスカルJr.は手を乗せてきた。
「おんっ!」
凛々しく吠えると紋章が現れた。
その紋章は可愛らしい肉球の中に小さな骸骨が描かれている。
「お前…使い魔になりたいのか?」
私の使い魔になった子達は今までろくな運命を辿らなかった。それなのに何故なりたがる?やはりこの仔犬は馬鹿なのか?
「おんっ!」
その仔犬の眼差しは決意が漲っていた。
「後悔しないんだな?小さい仔犬。」
白銀の毛皮を纏った愛らしい仔犬は私を恐れたりしなかった。まるで再び再会したかのように。
「私魔女の命命は、この地獄狼の仔犬を使い魔にする。」
契りの呪文を唱えると私の紋章が現れた。
青白い光を纏った大きなハートの中に円形に穴が空いている。その穴にスカルJr.の紋章がピッタリとはめ込まれた。青白い光はやがてピンク色の光に変わり、ゆっくり回転しながらスカルJr.の心臓へと消えていった。
「おん!おん!グルルルッ!」
使い魔となったスカルJr.は何かに唸っていた。
唸る先に小さなガーゴイルが居た。
ガーゴイルはじっとこっちを見ている。なんだか不気味だ。
「おまえは…」
命命は頭が真っ白になった。
300年以上生きている命命でも見たことがない白銀の毛皮を纏った地獄狼。その愛らしさとは真逆の勇敢さを隠している。彼が見つけたガーゴイルと命命の関係は一体?