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葉桜

作者: mozc

春うらら。そんな言葉がぴったりな時期の午前8時30分。

数分前までは車の走行音や高らかな自転車のベル音、学生達の行き交う賑やかな笑い声、無邪気な子供のはしゃぐ声が窓ガラスの向こうから聞こえていた。が、今は静かさを取り戻し、時折通る車の出す排気音が時の進みを教えてくれる。

私はただ静かにベッドの上で寝返りを打つ。

そろそろ起きようかな。

枕元のスマホに指紋を押し付け覗く。光る画面は8時41分…いや、42分を表示した。

また私の手から離れたスマホは私と同様に力なく枕につっぷした。

一台、また一台と外で車が通りすぎる音がする。

いい加減起きよう。

むくりと胴を起こし、チラリとスマホを見る。

8時49分。

流れるようにスウェットのポケットにスマホを押し込み、ダルい体を動かして自室のドアを押し開ける。ぴたぴたと素肌の足で静まり返った廊下を通り抜け、階段を一段一段ゆっくりと降りていく。

左手にあたたかな木目の4人がけダイニングテーブルが目に映る。その上には3種の菓子パンと冷めたコーヒー入りのマグカップがラップをされて置かれていた。

私はマグカップを手に取り、電子レンジに向かうとボタンをタッチした。

低い駆動音響くキッチンからテーブルへと戻ると置かれたパンの下から母の愛用するブサかわキャラのメモ用紙の端が見えた。それを指先でつまみ引っ張り出す。

“お昼は冷蔵庫の中。帰りは8時過ぎるかも。出掛けるときは鍵と戸締まりよろしくね。”

一読した紙を半分に折り、テーブルの隅へ追いやる。

ピーピーと電子レンジに呼ばれ、キッチンに戻る。

マグカップのラップを外すと白い湯気と共に香りが広がる。

砂糖を2さじ落とし、冷蔵庫から取り出した牛乳をほんの少し加えてスプーンで渦をえがく。

スプーンを奥に倒し、出来た液体を少し口にする。

動き始めの少し冷えた体にじんわり温かさが広がる。

右手がいつの間にかポケットからスマホを取り出していた。

8時58分。

時間から目を落とすと、緑のアイコンに赤丸で83と主張しているアプリに目がとまる。その数字は5日前から同じまま、増えも減りもせずそこにある。

今日も開かずスマホの画面を暗くしようと操作する。が、思わぬ所に指が触れアプリを勝手に起動させた。

開いたのは通知の溜まったアプリの隣にあったラジオアプリだった。数週間前、とてもお世話になったアプリだった。

そのまま操作して久しぶりに聞いてみる。

かっちりした女性の声が交通情報をたんたんと伝えていた。

私はスマホをそのままポケットに入れ、テーブルからパンを2袋選びつまんで持つと自室へと足を踏み出した。

少しこもった声が天気予報を伝え始める。

自室のドアを肘であけ足で閉めると、ノートや参考書が積み上がった勉強机の空いたスペースにコーヒーとパンを置く。椅子に腰掛けポケットから再びスマホを取り出すと左上のいつもの定位置に置いた。

さて、パンはどちらから食べようか。

コーヒーを1口含み考え、マグカップを机に置きながらパンを1袋取り上げる。

両手でつまんで左右に引っ張り封を切るとふんわりパンの甘さが中から弾ける。私は口を開き柔らかな生地に歯を突き立てた。パンの間からトロリとクリームが溢れ、カスタードの甘さが口に広がる

スマホがポーンと鳴り響き9時になった事を知らせる。

聞き覚えの無い男性の声が元気に朝の挨拶を述べ、続いて番組名、自身の名を名乗る。

手元の空になった袋を握りゴミ箱へ押し込むともう1袋に手を伸ばす。

『桜見に行こうと思ったんですよ。酒とつまみ持ってウキウキしながら公園に着いたら、なんと、全体緑の葉桜だったんです!桜の花びらはまるで絨毯のように足元に敷き詰められてましたよ。そんな光景見ながらね。ベンチに座って酒飲んでつまみつまんで…1人でね?…天気が良くて気持ち良かったですよ。ただね。寂しかった!!!来年こそは桜見ながらのみたいですねー』

チョコチップが埋め込まれたザクザクの甲羅をつけたパンに大きな口でかぶり付く。

『さて、それではメッセージ読んでいきましょう!“なげやりボーイ”さんからいただきました。【大学全落ちしました!浪人です!1週間くらい前、周りの桜咲くのメッセージ受け取りまくって気分がめげてますが、このラジオ聴きながら勉強頑張ります!来年こそ俺の桜咲け!】と言うことですね。』

きっとこの後はありきたりな慰めの言葉が続くんだろうな。

二度目に空になった袋を握りつぶしゴミ箱へ落とし入れ、そのままの手でラジオを切ろうとスマホに手を伸ばす。

『浪人いいじゃない!実はぼくも大学入試失敗してるんです。でもね。今ではよかったなって思ってるんですよ。ぼくね、オープンキャンパスで受けた教授の授業が楽しくてその大学目指したんですよ。でも落ちて、しばらく落ち込んでたんですよ。そしたらどういう経緯かは忘れてしまったんですが、その教授が3月末で大学やめたことを知ったんですよ。それ知ったとき、気が抜けてしまったのをよく覚えていますよ。で、その教授どこにいったと思います?…まさかの専門学校の講師になってたんですよ!で、その学校のホームページ見たら“いつでも入学OK”って書いてあって、気付いたら電話かけてる自分がいていつの間にかその講師の授業受けてたですよねー。不思議ですよね。で、それからあれよあれよと言う間に今ここ。マイクの前にいるんですよ。ありがたいことです。あ、だから何がいいたいかというとね?人生何事も意味があるって話ですよ。試験落ちたからもう一度チャレンジ!っていうのも良いことですし、応援したいと思うんです。でも、落ちたからこそ見える景色もあって悪いことばかりじゃないってことです。1度立ち止まって周りを見たり自分がどうしたいか、どうなりたいかを考える良い機会だと。ぼくはそう思いますね。よく考えて。やってみたいもの。なりたいものに向かって頑張って進んでください。応援してますからね!それでは次のメッセージを読んでいきましょう。』

スマホを指差した右手がだらりと机に落ちていた。

チャンス?バカなこと言わないでよ。という気持ちと私のやりたいことってなんだろうという想いが胸の奥でもやもやと混ざりきらず膨れ上がる。

その時、ラジオの声が変に途切れ電子音が鳴り響く。

スマホの画面にはバイト先の正社員の先輩の名前が映されていた。

「はい。」

『あ、みおちゃん?いきなりごめんね!今日これからシフト入れる?私今日出れなくなっちゃって…でも今日人数少ないから困っててね。どうかな?』

「大丈夫ですよ。どうしたんですか?」

『また子供が熱だしちゃったのよ~。本当にごめんね。』

「そうだったんですね。大変ですね。大丈夫です。私入れるので安心してお子さんについててあげてください。」

『ありがとー。店長に伝えとくね!じゃ、よろしく!』

「わかりました!お大事に。」

最後まで聞こえていたかわからないが、通話を終了した画面をタッチしてホーム画面に戻る。

ピコン。

突然の通知にびっくりして開けずのアプリを起動してしまった。

届いたばかりのメッセージが表示される。

“センパイ。推しが死亡フラグ回収して辛いので朝から祭壇作りました。”

ピコン。

今度は画像が送られてくる。

推しのアクスタをセンターに両脇をマスコットやグッズで固められ、推しの好物のお菓子と推し色のパッケージのお菓子や飲み物が捧げられている。

画面を撫でて“今授業中じゃないの?”と送ってやる。

ピコン。

するとすぐにビックリしているスタンプが送られてきた。

“ま、近々ひなたの家のその祭壇にポッキー供えにいってやろう。だから授業ファイト!”と返事を送る。

ピコン。

今度はキラキラ喜ぶスタンプと親指を立ててOKと欠いてあるスタンプが送られてきた。

さて、着替えて急いでバイトに行こう。

スウェットを脱ぎ捨てクローゼットを開いた。


読んでくださりありがとうございます。

本当はもう少し早く投稿したかったのですが…なかなか時間が取れませんでした。

タイムリーになれず残念ですが、もし落ち込んでる人の元気になれたらいいなと思って書きました。伝わるといいな。

ありがとうございました。

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