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短編

わかってないのはお姉さまだけです

作者: 猫宮蒼



 あら? ロドリック様、いらしてたんですの?


 え? あら、まぁ、お父様に呼ばれて……それで折角だしこちらに足を運べと? まぁ、お父様ったら気を使わなくても良かったのに……

 え? 私に会いたかった?

 まぁ嬉しい。私もです。来るとわかっていたなら色々とおもてなしもできたでしょうけれど……ごめんなさいね、お茶とお菓子くらいしかすぐには出せませんの。

 構わない? 私といられるだけでいい?

 まぁまぁまぁ、そ、そんな事言われても……ハンナ、お茶菓子多めに用意して頂戴。

 い、今用意できる限りのお菓子を出しますのでお待ちいただけますか?

 ロドリック様がお好きなお茶もすぐにご用意いたしますわ。



 ――お茶のおかわりもお菓子もお好きなだけ召し上がって下さいね。

 聞きたい事? はい、なんでしょう?


 ここに来る時に出て行った馬車、ですか?


 あぁ、お姉さまですわ。

 戒律が厳しい事で有名な修道院へ行く事になりましたの。

 えぇ、お姉さまの希望通りですわ。

 もっとも、本当に希望していたかはわかりませんけれど。


 ロドリック様もご存じかと思いますが、姉はほら、私と違って華やかな見た目をしていたでしょう?

 社交的な性格で、見目も良いとなれば社交界での話題として何度か耳にした事もあるかと思います。

 王太子殿下の婚約者でもありましたから、名を聞くつもりがなくとも何度か聞いた事はある、というのが貴族の大半に当てはまるのではないかしら。


 えぇ……そう、ですわね。


 姉は見た目は文句なしでしたけど、その、中身が……控えめに申し上げてドブみたいな方でしたでしょう?

 人間性がどうしてあのようになってしまったのか……と疑問に思っても答えが出てこないくらいでして。

 えぇ、お父様もお母様も頭を悩ませておりましたよ。外面だけは取り繕う知能があったのも困りものでした。

 ロドリック様も少しの間纏わりつかれて迷惑をしていたでしょう? えぇ、本当に姉が大変な失礼を……

 そう言っていただけると助かりますわ。



 姉は、幼い頃から思わず目を向けてしまうような華やかさがありました。

 えぇ、ですから周囲は姉に対してとても甘かったのだと思います。可愛らしく愛嬌があって、大人が想像する理想の子供のようなもの……だったのではないでしょうか。

 当時はまだ立太子していなかったけれど、レイモンド様の婚約者を選ぶとなった際、姉も勿論候補に入っておりました。

 候補に選ばれて、三年程見定められて、そうして姉は十歳でレイモンド様の婚約者と決められました。

 レイモンド様も何事もなければ次期国王となるのは確実でしたので、そうなると姉は未来の王妃様です。

 厳しいと言われる王妃教育を、姉は必死に学んでいたのだと思います。城での事は私には詳しくわからないのでこれは聞こえてきた噂だけですが……まともに学んで覚えられなければ、能力的に不足とされて他の婚約者候補だった方が姉の代わりになっていたかもしれませんし、姉もその可能性くらいはわかっていたのでしょう。


 能力的に不安だと周囲が思うようであれば、姉の立場はたちまち不安定なものになる。

 それくらいは理解できる頭を持ってはいたようですわね。


 ただ、でも、その。

 有体に申し上げまして、姉の人間性はゴミクズでしょう?

 自分より上だと思った相手にはマトモな対応をしますけど、自分より格下で見下していいと思った時点で扱いがとても雑。

 二面性がハッキリしていて逆にわかりやすいと一部では嗤われておりましたね。

 外面は良いので仮に王妃になったとして外交だとかでやらかす可能性は低かったと思いたいのですが……ですが身分で人を判断するような低能である事は否定できません。


 姉が婚約者と決まった直後は多少不安もありましたが、それでも学んでいくうちに王妃として、一人の淑女としての自覚が芽生えるだろうと期待もされていたようなのです。その期待は無駄に終わりましたけれど。

 成長するにしたがって猫の被り方は上手になりましたけど……性格は相変わらずでした。


 えぇ、ロドリック様もご存じでしょう?

 この国の貴族たちは学園に通う事が決められておりますし、卒業してようやく一人前として見られるようになるじゃないですか。

 その卒業パーティーで、王太子殿下が姉に婚約破棄を突きつけたのは、ロドリック様もご覧になっていたかと存じます。えぇ、私も離れた場所で見ていましたよ。私は卒業する側ではなく見送る側でしたので、そういう意味では安全圏での見物でしたわね。


 姉が婚約破棄をされた原因もご存じですわよね?

 だって王太子殿下がご丁寧に述べてくれましたもの。


 セルググ男爵家のご令嬢を虐め倒していたのだとか。

 私はクラスも離れていたのでかのご令嬢の事はお名前だけ存じておりますけれど、彼女、鳥を育てるのがお上手なのだとか。殿下がご親戚から贈られた鳥が弱られて、専門家に聞こうにもすぐさま連絡がとれない状態だったところを彼女に助けられたのだ、とは噂で私も耳にしておりますわ。


 お二人の関係はそれ以上でも以下でもなかった、とも聞いております。それに彼女には婚約者がいるとも言われておりましたからね。殿下が女と見るや節操なく、という方でしたならともかく、そうではない事くらい皆わかっておりましたもの。


 ですが、姉はそれでも我慢できなかったらしいのです。

 えぇ、子供じみた嫌がらせをしていたようですわ。

 巧妙に、周囲にバレないように。

 まぁバレてましたけどね。それも殿下に。


 大体、王家の影がついている事を何故忘れるのでしょう?

 殿下も見た目は良くても中身が駄目だというのを薄々感じ取っていたのでしょうね。だから、二人の間には距離があった。姉は殿下の事をお慕いしていたと思いますよ?

 だから嫉妬したのでしょう。婚約者である自分とはあまり仲良くないのにそうでない令嬢、それも身分が自分よりも下の相手と、殿下が笑みを浮かべて話し合っていたのを見て。話し合いの内容が鳥についてで色恋一切含まれていなくても。


 それ以外にも見下して嫌がらせをしていた相手はいます。

 かくいう私も姉には見下していい相手だと思われていたんじゃないかしら。


 ただ、身分が身分なだけにやられた側は泣き寝入りするしかなかったのだと思います。

 ハッキリとした証拠はありませんでしたからね。王家の影がついているとはいえ、見下されている令嬢のために影が何かをするという事はありませんから。



 ともあれ、卒業パーティーが終われば次は結婚式だと浮かれていた姉は、婚約破棄を告げられてしまったわけです。

 今まで姉に色々とやられていた方々からすれば「ざまぁみろ」と言いたいくらい痛快だった事でしょう。

 同時に、姉からすればとんでもない恥をかかされたわけです。


 必死にかぶってきた猫を暴かれてしまったのです。それも物的証拠と証言者多数が揃うという状況。言い逃れなどできなかったでしょうね。


 一般的な令嬢がもしあんな目にあったなら……まぁ、マトモに外を出歩く事はできないし、ましてや社交にも出られないでしょう。生き恥を晒しに行くだけですもの。

 えぇ、姉もそう考えていたようですわね。

 だからこそしばらくの間家に引きこもっていたでしょう?



 えぇ、そうして、ロドリック様が我が家へ訪れた時に纏わりつくようになったわけです。


 姉はね、王妃になれなかった。家は私が継ぐことになっていて、もう跡取りとしての教育を終えてしまっている。そうなるとこの家に姉の居場所はありませんでしょう?

 ですが、まぁ、あんなんでも姉ですから。大人しくしていて下さるなら、別に引きこもっているだけでしたら私も面倒を見るのはついでとして構わなかったのです。ロドリック様が姉を見るのも不快であるというのなら、別邸を用意するつもりでしたし。


 ですが姉は、当主としての座を望んでいたのです。

 昔から両親は姉に甘い――と思っていたようですから、今回も上手くいくと思っていたのではありませんか? 愚かですよね。


 確かに王妃教育などをするために、城に居る事の方が多かった姉は家族との関わりが少なかったのは確かです。それもあって、たまに屋敷に戻ってきた時にお父様やお母様に目一杯甘えていました。

 お父様もお母様も、王妃教育が大変だというのはわかっていましたし、ここで甘えてまた頑張るのであれば、息抜きのようなものだと思っていたのもあるでしょう。


 戻ってきた時の姉の我儘も何だかんだ叶えてあげていましたし。

 昔は割とぬいぐるみだとか、お菓子だとかを欲しがっていたんですよ。ここ最近はドレスや宝石ばかりでしたけれど。


 えぇ、なので、今回もそういう我儘を叶えてもらえると思っていたんだと思います。


 しおらしくこのままではマトモな結婚は望めないし、いっそ修道院に行こうと思いますの、なんて言ってました。そうしたらお父様が引き留めてくださるとでも思っていたのでしょうね。

 私は跡取りとしての教育を受けていましたが、姉の中では王妃教育に比べれば簡単だと思っていたのではないかしら? 比べるものではないと思うのですけれど……


 それとなく私の事を貶めて、自分がこの家の跡取りになるつもりだったんでしょうね。

 だから、ロドリック様にも纏わりついていた。

 ロドリック様が私より姉を選んだのであれば、姉は大義名分を得たとばかりに自らがこの家の跡取りとなって私にはどこぞの縁談を結んで追い出すつもりだったのではないかと。だって自分がこの家の当主となるなら、私の存在は邪魔ですものね。

 婿はそのままに自分がこの家の当主になれば、それはもう好き勝手できると思ったのではないかしら。

 我が家は侯爵家、ロドリック様の家は伯爵家で、ロドリック様は伯爵家の三男。姉から見ればロドリック様は格下扱いをしてもいい相手、とでも思ったのでしょうね。だから、適当に色仕掛けでもして落としてしまえば、と考えたのでしょう。


 馬鹿にするのも大概にしてほしいものです。



 勿論両親は姉の人間性がどうしようもなく駄目だというのをとっくに理解しております。

 幼いうちはともかく、大人になってからはもう矯正も不可能だと。

 幼さ故の傲慢であるだけなら良かったのに……

 殿下に婚約破棄を突きつけられて、もう自分は生きていけないとばかりに弱々しく嘆いてみせて、両親もね、心の傷が癒えるまでは家でゆっくりしていていい、と言っていたのです。

 証拠として出された姉がやらかした数々がありすぎたので、中にはあれは自分がした事ではないと訴えてもいましたからね。


 え? いえ、きっと姉です。

 恐らく踏みにじった相手の事なんていちいち覚えていないだけですわ、あれは。

 仮に、もし本当に姉でなかったとしても、つまり姉に濡れ衣を着せてやろうと思う相手がいたという事。

 姉は敵を作りすぎたのですわ。

 今まで姉の周囲に人がそれなりにいたのだって、将来王妃になるからこそ。だから皆さま表向きは友好的なだけでした。敵に回すと厄介ですからね。


 ですが、王妃でなくなった姉など、ただの性格の悪い行き遅れです。付き合う価値などないと判断する人たちが出ても何もおかしくはありませんわ。姉が今まで他の見下していい相手にしてきたのと同じように、今回は姉が見捨てられただけの事。自業自得です。


 下手な勘繰りで令嬢を虐めていたのも事実ですし、身分で差別をしていたのも事実。

 表向きはそういう事をしていませんと猫を被っていたけれど、人の口に戸は立てられませんもの。被害を受けた人たちで集まって情報交換だとかをしていれば、被害に遭っていない人たちにだってその噂は流れますわ。


 殿下も、一応姉が改心するのを願っていたようなのですけれども。

 何を言ってものらりくらり、果てはそんな事していませんわ、なんて白々しく。

 もっと普通の婚約破棄ならあのような場で宣言しなくても良かったのですけれど……姉が姉だったのでやむなく、といったところでしょうね。

 あの場で大勢に周知する形でやらなければ、姉はきっとどこまでも悲劇のヒロインのように振舞っていたでしょうし。

 そして周囲に大々的に知られていなければ、姉のあの美貌にコロッとやられて可哀そうな人だと思って引っかかる哀れな男性も出ていたかもしれません。


 どうしてあのように大々的に婚約破棄を突きつけられたのかすら、姉は理解していなかったのでしょうね。


 姉がちょっと瞳をうるうるさせて両親に懇願すれば、二人は簡単に自分の思うとおりにしてくれると信じていたというのも、姉が何もわかっていない事の証明でしょう。


 大体、確かに幼い頃は幼さ故の傲慢さだとかがあったとしても、大人から見ればそれはまだ可愛らしいものです。自分の方により可愛いぬいぐるみを買ってもらおうだとか、美味しいお菓子をもらおうだとか、そういうちょっとしたずる賢さがあったとしても、大人から見ればそれもまだ可愛げのあるものです。

 自分のお願いを聞いてくれて当然だと思っていたとしても、その願い事が可愛らしいものであるなら、そして叶えてやれるのであれば叶えてくれる事もありましょう。


 そう考えると、姉はきっと心がお子様のままだったのかもしれませんわね。

 ただ、成長にするにともなって、その我儘だとかお願い事だとかが可愛げのないものになっていっただけで。


 両親は姉の本性に気付いていました。

 でも、姉も両親の前では愛嬌があって可愛らしい娘を演じていましたから。いっそ本性を晒していれば矯正の機会もあったのかもしれませんけど。


 ともあれ、人を見て態度を変える姉に後を継がせるなんてあり得ません。

 いずれ王妃になるからこそ、今までは多少寛大な気持ちもあったのだと思います。王妃になった途端横暴さが目に余る事も可能性としてはありましたけれど、殿下ならば姉を上手く掌の上で転がす事もできたでしょう。とはいえ、もう転がすのも無駄だと思われるくらいに嫌われてしまいましたから。


 男爵や子爵という身分だけで下に見て見下していいと思うような姉が、領民たちと上手くやっていけるはずがありません。それがわかっているからこそ、両親は決して姉を跡取りにするなんて言い出すはずがないのです。


 あら、ロドリック様も想像つきます?

 そうでしょうね、姉がそうなれば間違いなく税を上げて領民から奪いつくして自分だけが贅沢な暮らしをしようとしたでしょうね。

 そんな事をされては家はあっという間に衰退しますし、ロドリック様がひたすら苦労をするのが目に見えます。



 まぁ姉は自分は上手く猫をかぶっていると思っていたようなので。

 それもあって上手くいくと思っていたのでしょう。


 姉より長い年月生きている他の貴族の方々とか、両親などはとっくに姉の本性に気付いていたのに。


 猫を被るのなんて貴族の中では割と当たり前なのだから、見破るのが得意な方がいたって何もおかしな話ではないのです。

 むしろ猫を被って当然の貴族社会で、何故姉はあれで上手くやっていけていると思っていたのか……



 そんななので、当主の交代劇を狙っていた姉ですが、本日お父様に姉の望み通り修道院へ行く手配が済んだと告げられた時の表情はそれはもう見ものでしたわ。

 自分から言い出した事なので、イヤだとも言えず、でも本心から言ったものではないのでどうにか回避しようと何か言おうとしていましたが……あっという間に馬車の中でしたわね。


 昔はそうでもなかったのですが、婚約破棄されてからは家の使用人にも機嫌が悪い時に当たり散らしていましたので、馬車の中に押し込むの、皆さまとても協力的でした。


 もしここに戻ってくる事があるとすれば……そうですね、人として更生できた時でしょうか。

 表向き真人間を装ったところで、あの修道院では猿芝居だとすぐ見破られるでしょうし……当分の間は戻ってこないでしょう。


 はい。なのでロドリック様、これから我が家に来る際は気兼ねなく足を運んでくださいね。

 もう邪魔者はいませんから。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一方的な語り部の妹がざまぁされるのかと思ったらそのまま話がすすんでビックリ
[一言] 両親がすごくまともで安心感がすごい
[一言] この「お姉様」、現実でもお局様にいそうなタイプの女性だなぁ。 いなくなって良かったね、ロドリックくん。
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