その瞳は釘付けになって。
***
シグルが眠れないのは、いつものことだ。
いつものことのはずだ。特に、王家からシグルが持つ呪いの力を利用するための、哀れな被害者が送り込まれた日には。
「――――どうして、変わらない」
今夜も、シグルは規則正しい寝息を聞くために、ミシェルの枕元にいる。
自分でも、それが何故かなどわからない。理解したくもない。
「……どうして」
規則正しい寝息。どんなに、毒に耐性があっても、今夜にはこの部屋を訪れた人間は、全て冷たくなっているはずだった。それがどうだ。ミシェルの頬は、今も薔薇色で、寝息は安らかで。
ポタリと落ちた雫は、ミシェルの頬に真っすぐに落ちていく。
その瞬間、空色の瞳が、パチリと見開いた。
バラ色の小さな唇。
それが、ほんの少し震えて「シグル様?」とその名を紡いだ。
「――――っ、どうして」
「シグル様?」
名前を呼ばれた瞬間、シグルの頬をとめどなく涙が伝う。
どうしようもない。もう、戻ることなんて出来ない。
「どうして、何の影響もない? どうして、俺の名を呼ぶんだ」
「え?」
意味が分からないとでもいうように、ミシェルは寝ぼけ眼をこする。
(でも、早く目を覚まして。早くシグル様のことを)
ギュッと抱きしめた腕と、こそばゆくシグルの頬をくすぐる柔らかい髪の毛。
甘い香りがシグルをくすぐる。それは、日に日に濃密になっていくようだった。
「どうして……。まだ生きている」
「ひえ?!」
まるで、生きていてはいけないような物言いだ。
そういえば、とミシェルは考える。王国の秘密の深部を知ってしまったミシェルは、王太子の婚約者でなくなった今、この王国にとって、いてはいけない存在なのだ。
もちろん、この国の第一王子であるシグルにとっても、ミシェルは存在してはいけない存在に違いない。
「……シグル様、いいですよ」
「――――なにがだ」
「シグル様になら、いいです。私は、いてはいけない存在なのですよね?」
抱きしめられるなんて、子どもの時、最後に母が抱きしめてくれた以来のことだ。
人に抱きしめられるのは、温かくて幸せなことなのだと、そんなことを知りたくなかったとシグルは思う。
「――――俺は、もう、誰も自分の呪いに巻き込みたくはない」
「シグル様……?」
「ミシェル、もういいだろう? 誰も巻き込みたくないと、この中に閉じこもっているのに、どうして大事な人間を、巻き込まなくてはいけない、俺は」
「巻き込まれる……? 何にですか」
宙を彷徨っていたシグルの腕が、ミシェルを抱きしめる。
強すぎる力の息苦しさが、ミシェルがここにいることを確かに教えてくれるようだ。
「――――俺の、毒に」
「……シグル様」
「近づけてはいけないのに。こんなに近くにいたら、すぐにミシェルは」
その瞬間、薔薇色の唇は綻んだ。
まるで、天啓を受けた瞬間のように。
「あ、はは。シグル様は、もしかして、私をあなたの毒で殺したくないと遠ざけていたのですか?」
暗い瞳のまま、顔をあげたシグルは、ミシェルの涙に潤んだ瞳にくぎ付けになった。
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