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SS 何の変哲もない休日を二人で



「シグル様!」


 ミシェルは心配していた。

 それもそのはず、シグルは祭壇に隠された地下の部屋から出てきてからというもの、休む暇もなく働いているからだ。


 精霊の力を授けられたシグルは、全ての人間が持ている恩恵を失った代わり、人外の力を手に入れた。

 天候すらも、彼の手の内であると、王国では噂されているくらいだ。


(さすがに、シグル様でもそこまでは……)


 ミシェルは、カルラと一緒に作ったたくさんのサンドイッチをかごにつめて、シグルの目の前に立ちふさがっていた。

 もちろん、ミシェルだって暇ではない。

 王妃になるための教育については、婚約破棄される以前に習得済みだ。けれど、聖女として、王位継承者の妻として、魔獣の被害や王家の悪政により疲弊したこの国を立て直すためミシェルも毎日忙しく暮らしている。


 すでに、騎士団は聖騎士団として、聖女の旗のもとに再編された。

 ミシェルは、いつでも魔獣との戦いに行く準備が出来ている。シグルが許してくれないだけで。


「…………ミシェル」


 シグルの黒髪は、相変わらず艶やかで、日の光の下で見ると少し緑がかっていて美しい。

 黒い瞳は、黒曜石のように暗く輝いてミシェルを真っすぐに見つめる。


「だめだ」

「な、なにがですか?」

「最前線に立とうなんて、許さないと言っているはずだ。魔獣の被害だって、俺の力を使えば」

「…………その話は、また後日で」


 騎士団長ルシェロと共闘する大神官サイラスの力で、聖女の助力なくとも戦線を余裕で押し戻している勢いだ。王国内から、害ある魔獣が駆逐されるのも、そこまで遠い未来ではないに違いない。


 だから、今日ミシェルがシグルの前に立っているのは、それが理由ではない。


「ずっと、シグル様は、休んでいないですよね?」

「俺のことよりも、ミシェルだ。ミシェルこそ、ちゃんと休んだほうがいいだろう」

「…………そうですね。休みます」

「ああ、そうするといい」


 かごを片手に持ち替えて、そのままミシェルはシグルに抱き着いた。


「シグル様も一緒ですよ。今日は、カルラさんが全部お仕事代わってくれるって言ってました」


 カルラは、相変わらず有能な執事だ。

 睡眠時間や、疲労を感じる人間に近い体に困惑しながらも、折り合いをつけて働いてくれている。

 その有能さは、たぶんカルラなしでは、すでに王宮内外回らないくらいだ。


「――――今日だけ、私のそばにいませんか?」


 シグルは、黙ったままミシェルの持っていたかごを持った。


「それで、サンドイッチを作ってここに?」

「はい! お庭でお食事して、お昼寝して、のんびり過ごしましょう?」


 あまりに、何の変哲もない休日だ。

 けれど、それは二人が経験したことのない時間でもあった。


「――――そう、わかった」


 ミシェルの頬を、シグルの指先がなぞって、その指先が唇に触れる。


「二人きりで過ごそうか……」


 触れ合う唇と、妙につやめ艶めかしいシグルの言葉にミシェルは固まる。


「俺も、ミシェルといる時間が足りないと思っていたから」


 少し強引なくらいに強く、シグルに手を引かれたミシェル。

 二人は、庭園の奥へと消えていった。

 

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