幽閉王子の瞳は何も映さないはずだった
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シグル・ウェツナーは、ちらりとだけ、光を映さないその瞳で、新たに送り込まれてきた、気の毒な被害者のことを見つめた。
よりにもよって、元聖女。
ミシェルと名乗った彼女の髪の毛は、赤みを帯びたストロベリーブロンドをしている。
それは、シグルがもっとも思い出したくない人の髪色だ。
――――興味を示してはいけない。そうでなければ、今度こそ。
目を閉じる。いなくなってしまう人間に、興味を示すなんて耐えられない。
いつもそうして過ごしてきた。生き延びてきた。
だが、そんな生に意味はあるのだろうか?
「いっそ、終わりにしてしまえればいいのに」
こんな風に感傷的になってしまうのは、きっと彼女の美しくて懐かしい色の髪と、久しく見ていない空のような、その瞳のせいに違いない。小さくシグルは首を振った。
精霊を呼び出すことが出来るほどの、膨大な魔力のせいで、シグルはすべてに耐性が強くて、たとえ剣であろうと、もちろん猛毒であろうとその身を害することは出来ない。
ただ、許されるのは、天寿を全うすることだけだ。
運命の終わりであれば、剣は容易にシグルの胸を貫くだろうし、どんなに弱い毒であろうとその命を奪うだろう。
それが、いつ訪れるのかはわからない。
王族であれば、最前線に立ってその命を散らすという選択肢もあるだろうに、シグルにはそれすら許されていないのだ。
興味を示してはいけない。この地獄のような苦しさが、増してしまうだけだから。
それなのに、こんなにも彼女が気になってしまうのはなぜなのだろうか。
ふと、幸せそうに微笑むミシェルにシグルは目を向けてしまう。
「――――? 妙に元気だな」
シグルのつぶやきは、誰にも聞こえない。
そう、そろそろミシェルは不調を訴え始めるはずだ。
そして、その原因がシグルにあるのだと気がつけば、呪詛の言葉をぶつけてくるのだろう。
可哀そうな被害者。ましてや、今回は大罪を犯したわけではない。
聖女としてこの国のために力を使い、力を使い果たして、王族に捨てられた存在だ。
「まるで…………のようだ」
その言葉は、思わず口の端から漏れ出し、シグルの心を深く抉る。
もう、涙も、感情も、砂漠のように乾ききってしまったと思っていたのに。
ミシェルは、信じられないほどたくさんの食事を平らげた後、さらに運び込まれてきたスイーツを口にして幸せそうに頬に手を当てている。
可愛らしい、という気持ちなんて、感じないようにシグルは目を閉じる。
この世で味わう最後の食事だろうか。
彼女も、今までの人間のように、最期を迎えるのだろうか。
シグルの黒い瞳は、光を映さない。映さないようにしている。
でも、その心はすでに限界をとうの昔に超えている。
たぶん、ミシェルに少しだけ持ってしまった好意と興味が、シグルの心に最後のとどめを刺すに違いない。
それは、あまりに苦しくて、そして甘美な想像だった。
だが、人生も物語も、想像通りには動かない。
シグルの人生は、ミシェルとの出会いで大きく変わっていく。
それは、この王国を巻き込んでいくのだった。
今、そのことを予想しているのは、精霊であるカルラだけなのだとしても。
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