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幽閉王子の瞳は何も映さないはずだった



 ***


 シグル・ウェツナーは、ちらりとだけ、光を映さないその瞳で、新たに送り込まれてきた、気の毒な被害者のことを見つめた。


 よりにもよって、元聖女。

 ミシェルと名乗った彼女の髪の毛は、赤みを帯びたストロベリーブロンドをしている。

 それは、シグルがもっとも思い出したくない人の髪色だ。


 ――――興味を示してはいけない。そうでなければ、今度こそ。


 目を閉じる。いなくなってしまう人間に、興味を示すなんて耐えられない。

 いつもそうして過ごしてきた。生き延びてきた。

 だが、そんな生に意味はあるのだろうか?


「いっそ、終わりにしてしまえればいいのに」


 こんな風に感傷的になってしまうのは、きっと彼女の美しくて懐かしい色の髪と、久しく見ていない空のような、その瞳のせいに違いない。小さくシグルは首を振った。


 精霊を呼び出すことが出来るほどの、膨大な魔力のせいで、シグルはすべてに耐性が強くて、たとえ剣であろうと、もちろん猛毒であろうとその身を害することは出来ない。

 ただ、許されるのは、天寿を全うすることだけだ。

 運命の終わりであれば、剣は容易にシグルの胸を貫くだろうし、どんなに弱い毒であろうとその命を奪うだろう。

 それが、いつ訪れるのかはわからない。

 王族であれば、最前線に立ってその命を散らすという選択肢もあるだろうに、シグルにはそれすら許されていないのだ。


 興味を示してはいけない。この地獄のような苦しさが、増してしまうだけだから。

 それなのに、こんなにも彼女が気になってしまうのはなぜなのだろうか。


 ふと、幸せそうに微笑むミシェルにシグルは目を向けてしまう。


「――――? 妙に元気だな」


 シグルのつぶやきは、誰にも聞こえない。

 そう、そろそろミシェルは不調を訴え始めるはずだ。

 そして、その原因がシグルにあるのだと気がつけば、呪詛の言葉をぶつけてくるのだろう。


 可哀そうな被害者。ましてや、今回は大罪を犯したわけではない。

 聖女としてこの国のために力を使い、力を使い果たして、王族に捨てられた存在だ。


「まるで…………のようだ」


 その言葉は、思わず口の端から漏れ出し、シグルの心を深く抉る。

 もう、涙も、感情も、砂漠のように乾ききってしまったと思っていたのに。


 ミシェルは、信じられないほどたくさんの食事を平らげた後、さらに運び込まれてきたスイーツを口にして幸せそうに頬に手を当てている。

 可愛らしい、という気持ちなんて、感じないようにシグルは目を閉じる。


 この世で味わう最後の食事だろうか。

 彼女も、今までの人間のように、最期を迎えるのだろうか。


 シグルの黒い瞳は、光を映さない。映さないようにしている。

 でも、その心はすでに限界をとうの昔に超えている。

 たぶん、ミシェルに少しだけ持ってしまった好意と興味が、シグルの心に最後のとどめを刺すに違いない。


 それは、あまりに苦しくて、そして甘美な想像だった。

 だが、人生も物語も、想像通りには動かない。

 シグルの人生は、ミシェルとの出会いで大きく変わっていく。

 それは、この王国を巻き込んでいくのだった。


 今、そのことを予想しているのは、精霊であるカルラだけなのだとしても。

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