恩恵からの解放
「う……?」
目を覚ましたミシェルの目の前には、怒ったような、泣いているような、笑っているようなシグルの顔があった。
「――――え? シグル様、その魔力」
ミシェルの口元についた、血液を指先で拭うと、シグルはもう一度ミシェルに口づけをした。
シグルの恩恵は消えて、毒はもう室内に存在しない。
その代わり、シグルの魔力は違うものに変化しているようだ。
聖女の力を持ったミシェルにしても、そんな変化を見たのは初めてで戸惑いを隠せない。
「勝手に死ぬなんて、許さない。ミシェルは、俺の近くにいてくれなくては、だめだ」
「シグル様……。お体は大丈夫なのですか?」
「…………ミシェルこそ」
次の瞬間、本当に大粒の涙がミシェルの頬に零れ落ちてきた。
シグルが泣いていることを、理解するのに、ミシェルにはほんの少し時間が必要だった。
「どうして……。俺の気持ち、知っているくせに」
「シグル様……」
ミシェルは、理解していたつもりだ。
いっそ、シグルが終わりを迎えてしまいたいと、心から願っていることを。
ミシェルを犠牲にするなんて、とても耐えられないということを。
「――――俺を残していこうなんて、許さない。それならいっそ」
シグルの微笑みには、影が差している。
そうしてしまったのは、ミシェルだ。
「…………でも、私はシグル様に生きていてほしかった」
「聖女だった、あの人と同じことを言う」
あの人とは、おそらくシグルの母だった先代王妃のことだろう。
今なら、ミシェルはそのことが理解できる。
「それに、シグル様はちゃんと起きて、助けてくれるって信じていたんです」
それは、嘘ではない。
ミシェルは、シグルのために命を懸けて、そして捨てる覚悟をしていた。
けれど、それと同時にシグルは、ミシェルのことを絶対に助けてくれると信じてもいた。
「――――は。ずるいな、ミシェルは」
「そ、私……。ずるい女なんです」
たぶん、一番ミシェルには似合わないその言葉。
けれど、相手が一番望んでいないことを自分の願いのために押し付けたのだ、ずるいという言葉がお似合いだろう。
「シグル様から、恩恵は消えてしまいました。もう、自由ですね?」
「…………ミシェル」
ほんの少し、ミシェルから感じた距離に、シグルは戸惑う。
そして、その戸惑いに気がつきたくないとばかりに、強くミシェルを抱きしめる。
「――――毒さえなかったら、私でなくても大丈夫です。私の役割は、終わり……」
「っ……、それはミシェルにとって、俺が必要ないということか?」
横抱きにされて、ミシェルが抵抗もできないまま、ベッドに運ばれる。
そのまま、乱暴に降ろされて、シグルがミシェルの頭の横に手を置いて上から見つめる。
(こ、この状況はいったい……)
上からミシェルを見つめるシグルの視線は、今まで見たことがないくらい熱を帯びていた。
知らずに、ミシェルの喉がゴクリと音を立てる。
「…………俺が自由になったのだというのなら、今すぐミシェルを」
ギュッと目を瞑ったミシェル。
その時、切ない溜息が聞こえて、近かった気配が離れていった。
そっと、目を開けば、眉を寄せて笑っているシグルがミシェルの視界に飛び込んで来た。
「シグル様……?」
「…………俺のそばにいたら、何度だって同じことをしそうだ。ミシェルは」
「――――そうですね。きっと、シグル様を助けられるなら、私は何度でも」
これは、二人にとっての絆で、わだかまりだ。
きっと、これからも似たようなことを繰り返すだろうし、繰り返させはしないとするのだろう。
それでも、ようやくミシェルは、自分の気持ちに正直に、シグルをそっと抱きよせた。
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