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聖女と悪女



「それで、話って何でしょうか」

「――――一人で来るなんて、本当に危機感がないのね?」

「あなたが、私に危害を加えられるとは思えません」


 事実、聖女の力を取り戻した今、ミシェルに危害を加えられる人間など、この王国にはほとんどいない。

 少しだけ危機管理が薄いミシェルの隙をつかない限りは。


「――――シグル第一王子殿下」

「…………ララ・リーム伯爵令嬢」


 ミシェルの声音が冷たい温度をまとう。

 聖女としての力を使えば、大抵の敵に後れをとることなどない。

 それでも、ミシェルは純粋で、人を疑うことが苦手だ。


 だから聖女に選ばれる。ゆえに陥れられる。


「――――ふふ。顔色が変わったわ? シグル第一王子殿下は、死んでしまいそうよ?」

「えっ……」

「あなたを助けるために、精霊の力を無理にその身に受けたから」

「――――なぜ、あなたがそのことを」


 すると、ララは小さな鏡をミシェルに見せる。

 そこには確かに、眠り込むシグルの姿が映し出されていた。


「……もう、起きないかもしれないわね」

「――――っ、なにが狙いなの」

「……聖女の力なら、助けられるのじゃないかしら」


 その瞬間、ミシェルは正常な判断が出来なくなった。

 たった一人、この場所に来たこと自体、誰が聞いたって間違いだというだろう。

 それでも、シグルのことになったら、ミシェルに来ないという選択肢はなかった。


「でもね。精霊の力で結界が張り直されたから、あなたでも入ることは出来ないの」


 ララが、醜悪な表情で笑いかける。

 誰もが美しいと認めざるを得ない美しい金の髪、輝くような青い瞳。

 けれど、目の前にいる彼女の姿を見た人間は、おそらく一つの単語しか浮かばない。


「魔女」

「……失礼ね。でも、合っているのかもしれないわ。ほら、魔女との取引よ」


 逃げなくてはいけない。

 このままでは、ララの思うつぼで、幸せな結末なんてありえない。

 それでも、ミシェルは凍り付いたように動くことが出来ない。


(シグル様を、助けられる?)


 次の瞬間、ララが黒い腕輪をミシェルにはめる。


「精霊王からの恩恵をなくしてしまう代わりに、精霊の力の影響を受けなくなるの」

「――――そうですか」

「シグル第一王子殿下を、助けてあげるといいわ」

「……この王国のこと大事ではないのですか?」

「恨みしかない」


 その瞬間、ほんの少しの感傷が、ララの表情に浮かぶ。

 第二王子殿下の婚約者に納まったララ。

 けれど、もしもシグルがこの王国と民を見限ったなら、彼女も無事では済まないだろう。


「ララ・リーム伯爵令嬢……」

「あなたも、私も似たようなものだと思わない? 大切な人と、王国を天秤にかけた時に、選んでしまうものは同じなのだから。でも、あなたの場合は相手を救う手立てがまだある。私にあるのは復讐だけ」

「…………あなたは」

「っ、話過ぎたわ。あなた、あまりにも人のことを恨まないのだもの」


 ミシェルは、誰かを恨むという感情がない。

 感情を持つことが出来ない。それは、どこか人間として歪でもあると、ミシェル自身が思っている。


「でも、きっとシグル様は、この王国を滅ぼしたりしません」

「――――どうかしら? あなた、自分の価値を低く見過ぎているって言われない?」


 ほほ笑んだミシェルを、無表情に見つめたララ。

 ミシェルは、シグルの待つ王城の地下へと走り出した。



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