もうすぐ訪れるその時
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転移魔法をつかって、戻ってきた部屋。
シグルは、どさりとベッドに倒れこんだ。
「――――おかえりなさいませ。ご気分はいかがですか?」
「最悪だ」
子どもの頃に、頭に触れられた時もそうだったが、体が作り替えられてしまっているような感覚。
すでに、人とは言えないのかもしれないと思わせるような、溶鉱炉で溶かされていくようなおぞましさ。
「…………お前こそどうなんだ、カルラ」
「…………意外と快適です」
カルラの言葉を鵜呑みにすることは出来ないと、シグルは思う。
精霊と人間が交流するということは、互いがより近い存在になるということだ。
シグルの体に、これだけの変化が出ているということは、カルラにとってもそうなのだろう。
「……すまない。少し眠る」
「死なないで、くださいね」
「は……。ほんの少し前だったら、死ねる可能性があることを、喜んだに違いないのに」
体が作り替えられていくことに耐えられなければ、シグルは消滅してしまうかもしれない。
それは、すでに精霊としてはありえないほどに、シグルと関係性をもってしまったカルラも同様だ。
「…………今まではっきりと見えていた、先も見えないし。人間というのは、不便なものです」
カルラはため息をつく。
部屋の中に満たされた毒の密度は高まる一方だ。
これでは、普通の人間では、3日ももたないに違いない。
「毒が漏れ出したりしないように、せいぜい結界をきちんと張り直しますか」
カルラは、いとも簡単に結界を張り直すと、大きなため息をつく。
純粋な精霊のままだったなら、決して知ることはなかったであろう葛藤、苦しみ、そして誰かを大切に思う心。
それを知ってしまうことは、とても苦しくて、その苦しさに矛盾するほど甘美だ。
「精霊王も、こんな気持ちだったのでしょうか」
一人の時間を過ごしている、精霊王。
カルラは、精霊として関わることはあっても、その事に何の感慨も感じたことはなかった。
少なくとも、先代聖女とシグルに出会ってしまうまでは。
「それが、今となっては……」
目を瞑る。現在の聖女は、愛らしく、庇護欲をそそられる。
精霊であれば、例外なく聖女のことを愛しいと思う。
だが、それは自然を愛することと同じで、特別という感情とは違う。
「……愛する気持ちには、順位というものが存在するのですね」
一度、平等な愛という概念から外れてしまえば、もう元に戻ることは叶わない。
それでも、目が覚めないシグルを見つめるカルラの瞳は穏やかだ。
未来はわからなくても、以前視た世界と変わらないというのなら、この後しばらくの展開までは、予測がついている。
「――――ミシェル様を巻き込んでしまうのは、申し訳ないのですが……。我が主の明るい未来のためでもありますし」
そもそも、シグルの明るい未来のためには、ミシェルの存在が不可欠だ。
だから、今は、その時を待つばかり。
そして、その時は、間違いなく、もうすぐ訪れるのだから。
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