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もうすぐ訪れるその時


 ***


 転移魔法をつかって、戻ってきた部屋。

 シグルは、どさりとベッドに倒れこんだ。


「――――おかえりなさいませ。ご気分はいかがですか?」

「最悪だ」


 子どもの頃に、頭に触れられた時もそうだったが、体が作り替えられてしまっているような感覚。

 すでに、人とは言えないのかもしれないと思わせるような、溶鉱炉で溶かされていくようなおぞましさ。


「…………お前こそどうなんだ、カルラ」

「…………意外と快適です」


 カルラの言葉を鵜呑みにすることは出来ないと、シグルは思う。

 精霊と人間が交流するということは、互いがより近い存在になるということだ。


 シグルの体に、これだけの変化が出ているということは、カルラにとってもそうなのだろう。


「……すまない。少し眠る」

「死なないで、くださいね」

「は……。ほんの少し前だったら、死ねる可能性があることを、喜んだに違いないのに」


 体が作り替えられていくことに耐えられなければ、シグルは消滅してしまうかもしれない。

 それは、すでに精霊としてはありえないほどに、シグルと関係性をもってしまったカルラも同様だ。


「…………今まではっきりと見えていた、先も見えないし。人間というのは、不便なものです」


 カルラはため息をつく。

 部屋の中に満たされた毒の密度は高まる一方だ。

 これでは、普通の人間では、3日ももたないに違いない。


「毒が漏れ出したりしないように、せいぜい結界をきちんと張り直しますか」


 カルラは、いとも簡単に結界を張り直すと、大きなため息をつく。

 純粋な精霊のままだったなら、決して知ることはなかったであろう葛藤、苦しみ、そして誰かを大切に思う心。


 それを知ってしまうことは、とても苦しくて、その苦しさに矛盾するほど甘美だ。


「精霊王も、こんな気持ちだったのでしょうか」


 一人の時間を過ごしている、精霊王。

 カルラは、精霊として関わることはあっても、その事に何の感慨も感じたことはなかった。

 少なくとも、先代聖女とシグルに出会ってしまうまでは。


「それが、今となっては……」


 目を瞑る。現在の聖女は、愛らしく、庇護欲をそそられる。

 精霊であれば、例外なく聖女のことを愛しいと思う。

 だが、それは自然を愛することと同じで、特別という感情とは違う。


「……愛する気持ちには、順位というものが存在するのですね」


 一度、平等な愛という概念から外れてしまえば、もう元に戻ることは叶わない。


 それでも、目が覚めないシグルを見つめるカルラの瞳は穏やかだ。

 未来はわからなくても、以前視た世界と変わらないというのなら、この後しばらくの展開までは、予測がついている。


「――――ミシェル様を巻き込んでしまうのは、申し訳ないのですが……。我が主の明るい未来のためでもありますし」


 そもそも、シグルの明るい未来のためには、ミシェルの存在が不可欠だ。

 だから、今は、その時を待つばかり。

 そして、その時は、間違いなく、もうすぐ訪れるのだから。

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