それは目覚めまでの一コマ
***
「ぷはっ! 生き返るな」
サイラスが入れた、何の変哲もない紅茶を、ルシェロは一気に飲んだ。
熱かったと思うのだが……。今度用意するときは、冷たい飲み物がいいだろう。
「――――それで、何があったのですか?」
「ああ、味方の裏切りにあってな? 分断された上に、どこかから毒の矢にいられて死にかけた」
「……ミシェル様をお守りできないところだったと?」
「ああ、シグル殿下にも氷点下の瞳で見つめられたな」
こともなげに答えたルシェロの言葉。
サイラスは、額に思わず手を置いた。
「裏切り? 魔獣との戦闘中にですか?」
「ああ。まあ、十中八九第二王子殿下だろうな」
おそらく、第二王子は察したのだろう。それとも、ずっと前から知っていたのか。
正当な王位継承者がほかにいるのだと。
「俺の話はそれで終わりだ」
「そうですか」
「裏切り者には制裁を。それが、騎士団の不文律だ」
「――――そうですね」
祈り、精霊が全てを決めるのだと委ねる大神殿に対して、王族への忠誠と力を正義とするのが騎士団だ。だからこそ、大神殿と騎士団は相容れない。
――――だが、大神官であるサイラスの恩恵は、破壊だ。
それこそが、精霊王の答えとは言えないだろうか?
「それで?」
空になったティーカップが、差し出された。
だまったまま、サイラスはあえて少しぬるくなった紅茶を入れ直さずに注ぐ。
喉の渇きは、まだ癒えていなかったのだろう。その紅茶も、ルシェロはがぶがぶと飲み切った。
飄々としているが、ルシェロは激闘を終えたばかりで、しかも手負い。そんな様子、みじんも見せないが。
「申し訳ありませんでした」
「は? ……なにがだ」
服の左肩には、すでに上まで血が滲みだしていた。
左肩の留め具を外せば、ルシェロの鍛え上げられた肩が現れる。
そこは、簡単に布だけが巻かれていた。
すでに血で固まりかけたその布を、ため息をついたサイラスが剥がす。
「しかし、不便ですよね。魔法の恩恵が受けられないなんて」
「ああ……。だが、そんな役立たずだけが同期の中で唯一生き残っている。皮肉なものだ」
サイラスは黙ったまま、薬箱から薬と清潔な包帯を取り出し、手早く処置を始める。
「――――意外だな。大神官様が、そんな処置に手慣れているなんて」
「これくらいは、誰でもできるでしょう」
簡単に処置を終えて、逸らされた視線。そんなことはないだろう。
この、魔法が全てを支配しているような世界で、通常の処置ができる人間は少ない。
ルシェロの視線に気がついたのか、仕方がないとばかりにため息をついたサイラスが口を開く。
「大神官になる前の俺は、壊すことしか出来なかったので。……平民ですし、怪我の手当てくらいできるにきまっています」
「そうか」
先ほど壊された祭壇が、ルシェロの脳裏をよぎる。
おそらく、それこそがサイラスの本質なのだろう。
騎士団にいたなら、全てを破壊するとしても、最強の騎士になったのかもしれない。
だが、その道をサイラスは択ばずに、神官になった。
それも、サイラスの本質だ、とルシェロは思う。
「う……。シグル様」
二人の会話は、ミシェルが目を覚ましたことで中断する。
何が正解なのか、まだ見定めることができないままに。
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