こんなに幸せに過ごすの初めてです
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「おかわりしてもいいのでしょうか?」
「ええ、いくらでも」
ミシェルは、幸せを満喫していた。
聖女というのは、制約の多い職業だ。
お肉を食べてはいけない。早朝に祈りを捧げなくてはいけない。そして、聖女の仮面を外してはいけない。
仮面と言っても、本当の仮面ではない。
けれど、天真爛漫なミシェルにとって、聖女の微笑を崩してはいけないというのは、辛いものだった。
それが、自由を手にした今なら理解できる。
「よく、召し上がりますね?」
「――――だって、十年よ?」
6歳の時に降りた神託。
それは、その直前の事件まで、平凡であっても幸せに過ごしていたミシェルにとっては、まさに試練としか言いようがなかった。
その日から、ミシェルにはリンドナーの姓が与えられた。聖女を表す家門だ。そして、代々正妃を輩出していながら、実質は空っぽの聖女のためだけの家門。
十年の間、聖女として過ごした時間は、幸せとは言い難かった。
それでも、続けて来られたのは、誰かの笑顔と感謝の言葉に支えられたから。
「……ミシェル様の高潔な行いは、認められています」
「誰に? この通り、結果は力を使い切っての婚約破棄だわ。……でも、ありがとう。カルラさん。久しぶりに食べたお肉もとっても美味しいわ」
「――――本来であれば、あなたの力は失われるはずがなかった。つまり、婚約者が本当の」
先ほどの、言葉を思い出す。
特に好きという感情を持ったことがなかった婚約者。
それでも、ミシェルはこの国のために力になりたいと努力してきたつもりだった。
「……ところで、第一王子シグル殿下は、どんなお方なの?」
上品に口を拭くミシェル。次期王妃として、この国の聖女として、高度な教育を受けてきたミシェルの所作は美しい。本人は、それが当たり前すぎるから、その事に気がつくこともないが。
「シグル様は……。優しいお方ですよ」
「そう。では、婚約者として認めていただけるように、頑張らないとね?」
「そう……ですね」
チラリとミシェルは、シグルに視線を送る。
だが、やはりその瞳は、何にも興味を示していないとでもいうように、遠くを見つめている。
そのことが、腹立たしいのは何故だろう。
聖女になってからというもの、ミシェルがこんな風に腹を立てるような、負の感情を持つことなんてなかったというのに。
あまりに大きな困惑と、淡い期待。
そして、運ばれてきた色とりどりのスイーツ。
贅沢をしたことがないミシェルは、淡いピンクのまつ毛に彩られた空色の瞳を瞬く。
「あの……。頼んでいないし、贅沢過ぎはしないかしら?」
「第一王子殿下の婚約者なのです。少なすぎるくらいですよ?」
いたずらっぽく笑うカルラ。
誘惑に逆らうことが出来ずに、ミシェルは可愛らしく薔薇やレースのような飾り付けがされた小さなケーキを口にするのだった。
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