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聖女は選択を迫られる 2



 騎士団長ルシェロは、背中に冷水を浴びたような心地でいた。

 ルシェロに、魔法の類は効かない。

 だとすれば、目の前にいるのは、長く幽閉され、力などないに違いない人間に過ぎないはずだ。


「…………第一王子シグル・ウエツナー殿下」


 まるで、自ら首を差し出すかのように膝をつく。それは、約束された動作のようだ。


「王立騎士団長ルシェロ・ランドか。十年ぶりだな。やはり、お前が生き残ったか」


 暗い瞳。十年前、お会いした時には、もう少し光があった。どうして、という思いをルシェロは、拭いきれなかった。


 なぜだ。なぜ、このお方が、王太子ではない。


「…………忠誠は必要ない。幽閉された身だ。さっさと立ち上がれ。それにしても、俺の毒で死にもしない女を置いていかれて迷惑しているんだ。……連れ帰ってくれないか?」

「第一王子殿下」

「知り合った手前、死なれるのも気分が悪い。このあとは、お前が守るのだろうな?」

「ええ、この剣と騎士の心にかけて」


 振り返ることもなく、去っていくシグルと、跪いたままいまだに身動きが取れないルシェロ。

 残されたのは、泣きそうな表情の聖女が一人。


「ルシェロさん」

「……今度こそ、何があろうとお守りします。けれど、王国には、あなたのお力が」


 それ以上の言葉を、ルシェロは、続けることはできなかった。

 どんなに過酷な戦場でも、どんなに周囲から理不尽な要求を突きつけられようとも、いつも笑顔を絶やすことのなかった聖女。


 自分のことよりも、他人のことのために、躊躇わずに力を使い続けた彼女の瞳からこぼれ落ちる、大粒の涙。


「ミシェル様……」

「め、迷惑だった……でしょうか? そうですよね。無理やり婚約者として押し付けられて、追い出すこともできなくて」


 そんなふうには、見えなかった。

 暗い瞳の中で、ほのかに見えたのは、おそらくミシェルの幸せだけを願う、小さな希望。


「……おそらく」


 けれど、それ以上の言葉も、伝えることはできない。この部屋の主の許可なく、言葉を発することは許されない。


「……行きましょう。ミシェル様」

「はい」


 この場所にいた方が、ミシェルは幸せなのではないかという思いは拭えない。それでも、このままでは、王国は近いうちに崩壊する。


 すでに、天候は崩れ、魔獣の脅威は近づいている。


「せめて」


 ミシェルは、扉から出る直前、両膝を地につけた。それは、聖女としての祈り。シグルへの。


「シグル様が、幸せに過ごせますように」


 聖女としての証。失われていた光が、その瞬間、確かに現れたのを、ルシェロは見た。


『王国の光』


 聖女がつぶやいたのは、予言。それが、何を指すのかは、まだ誰にもわからない。



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