騎士団長と万能執事
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騎士たちは、団長室に詰めかけていた。
それもそのはず、騎士たちの仲間意識は、とても強い。
戦場で、背中を預けて戦うのだ、当然のことだろう。
そして、仲間と認識すれば、何があっても守る。それは、彼らが尊敬してやまない、騎士団長ルシェロ・ランドの方針であり信条でもある。
「団長! ミシェル様の行方を掴みました!」
「そうか。よくやった」
次期王位継承者と目される、第二王子からの一方的な婚約破棄。それだけでも、許し難いのに、存在するかすら不明な第一王子との婚約とは。
騎士たちは怒りに震えていた。
騎士団員たちは、そのほとんどがミシェルに恩がある。
回復魔法をはじめ、聖女の力が有限であることを知っていながらも、ミシェルが目の前の人間を見捨てることなど決してなかったのだから。
「しかし、よりによって、第一王子か」
あれから、もう3日以上が経っている。
すでに、ミシェルは、この世にいないかもしれない。
そのことを、騎士団長であるルシェロ・ランドだけが理解している。
第一王子が、いないものとして扱われている理由は、騎士団長、そして宰相、王族、ごく一部の高位貴族しか知らないのだから。
あとは、あの食えない大神官くらいだろう。
それゆえに、第一王子の婚約者に、ミシェルが選ばれたことの意味を、ルシェロは、正確に理解していた。
「温情をかけたように見せかけた、緩やかな処刑」
ドカンッと大きな音。丈夫なつくりの騎士団の壁に穴があく。
戦場では、鬼神と恐れられるルシェロだが、普段は至って温厚で、部下に慕われている。
そんなルシェロが、ここまで苛立ちをあらわにするのも珍しいことだった。
「あなたの力が必要です」
そこに現れたのは、執事服の男。
人間ではない、高位の存在であることが、魔力を持たないルシェロにもすぐにわかる。
「……あなた様は」
「やめて下さい。今の私は、あのお方の僕です。ふふ、あなたの力で、救っていただけませんか?」
……高位の存在。おそらく、第一王子が呼び出した精霊だろう。そう検討をつけたルシェロは、本能のまま頷く。
そして、獰猛に見える笑顔を見せた。
精霊王は、力の強きものを好む。
魔法全てにそっぽを向かれても、この地位まで上り詰めたルシェロの強さは、精霊王に愛される。
「魔法が使えないということは、魔法が効かないということと同義ですから」
「まあ、それが恩恵だと言われても、魔法でほとんどが動くこの世界では、納得いかないがな」
「そうですか? 魔法が使えたら」
「ふん、この地位にはいないだろうな」
幼い頃から騎士になるべく研鑽を積んできたルシェロ。魔法が使えないのは、戦闘職である、騎士にとって致命的に見えた。
だが、今もルシェロは、生き延びている。過酷な魔獣との戦いで、相手の魔法が効かないからこそ、同期が全ていなくなっても、ルシェロだけは死なない。
「俺は何をすればいい」
「とりあえず、着脱しやすい女性の服を手に入れてもらえますか?」
「は? ふざけているのか」
「は? ふざけているわけないでしょう。切実な問題です!」
王宮の中には、ミシェルが気にいる服はない。カルラは、万能執事として、主とその婚約者の要望には、完璧に応えなくてはならないのだから。