聖女を失った王国と大神官
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聖女は、一世代に一人しか現れない。
前王妃が儚くなった後、すぐに予言は告げられて、新しい聖女が選ばれた。王国の安寧は、聖女の力で守られている。
だが、現聖女は結界の中。
それは、あまりに強力すぎる第一王子の毒の力すら阻むことが出来る精霊の力で作り上げられた結界だ。
結界の中にいる聖女の力は、王国に及ばない。
聖女が力を失ったとか、そういうことではないのだ。精霊王からの寵愛を受けた人間が、王都に存在しているという事実が重要なのだ。
「――――このままでは、崩壊するな」
季節外れに降り始めた雪は、すでに地面を白く覆い隠している。それでも、その事に気がついている人間は、まだ、それほどいない。
おそらく聖女とともに王国の平和を守り続けていた騎士団長ルシェロ・ランド卿、そして大神官サイラス・ロンベル、まあ人間ではないが精霊であり万能執事であるカルラ。
三者三様の思いを持ちつつ、誰もがミシェルを気遣っている。
王国の民も、そのほとんどが、ミシェルのことを愛している。
そのことを知らないのは……。
結界を抜け出した精霊カルラは、大神官の夢の中にいた。
大神官サイラスは、銀の髪を揺らすこともなく、夢の中でも祈りを捧げていた。
銀の髪に金の瞳。その月と太陽のような色合いは、精霊王に愛されている。
……聖女の次にではあるが。
「偉大なる精霊様……。聖女を守ることが出来なかった、私は大神官の任を降りようと思います」
「ふふ。サイラス・ロンベル。君は、まだすることがあるのではないか? そのためには、力が必要だ」
「…………私に、できることは」
「結界だ。壊せるだろう、君であれば」
一人につきひとつ、精霊王から与えられる恩恵。
それは、聖女のいない世界であれば、与えられることがない。
もちろん、そんなものがなくても、人間は生きていけるのかもしれない。
ただ、そうなったときに、どれだけ救われていたのか、どれだけぬるい世界に生きていたのか気づいても、もう遅い、それだけのことだ。
「――――大神官に選ばれたのに、破壊だけが、私に与えられた恩恵です」
もちろん、大神官であるサイラスには、恩恵以外にも数々の力が精霊王から与えられている。
しかし、重要なのはやはり、生まれながらに与えられた恩恵。それが、真実だ。
「ふふ。救いのためには、壊すことも時に必要だろう?」
その言葉に、小さくうなずいたサイラスは、もう一度祭壇に向けて祈りを捧げ始める。
それは、ミシェルのような小さな願いではない。
大神官は、世界に精霊王の愛が降り注ぐことを願う。
そのためには、無垢な聖女を取り戻す必要がある。この王国に。
夢から覚めるまで、あと少しの時間しかないのだから。
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