国のために力を使い果たした聖女と婚約破棄
「力を失った聖女に用はない! 婚約破棄だ」
王太子殿下から賜ったのは、ここまで命を懸けてお仕えしてきた褒美どころか、一方的な婚約破棄だった。
そして、ミシェルは世間知らずだが、これから自分が置かれる状況くらいはわかる。
王太子殿下の婚約者として、そして聖女として知りすぎてしまった王国の秘密。
婚約破棄されて、王太子の婚約者という立場を失えば、行く末はもちろん……。
「――――だが、今までの功績を考慮して、温情を与えよう。第一王子シグル・ウェツナーの婚約者として、これからの人生を過ごすとよい」
王太子の後ろには、淡いブラウンのふんわりとした髪に、緑色の小動物のような瞳をした可愛らしい伯爵令嬢。
父が宰相まで上り詰めた伯爵令嬢ララ・リームに対し、何の後ろ盾も持たない聖女、しかも与えられた力のほとんどを王国のためにすでに使い果たしてしまったミシェルが敵うはずなかった。
たとえ、この国の王太子には、代々聖女が妻に迎えられるのが決まりなのだとしても。
(第一王子殿下の婚約者? 表に現れたことのない第一王子。実際に存在していたの?)
ミシェルは、困惑を隠すことが出来なかった。
先代の正妃から生まれた第一王子。
この国に定められた法によれば、王位継承者は第一王子であるはずなのに……。
丁重でありながら、有無を言わさない力でミシェルは腕をつかまれて、連れていかれる。
それは、いつもミシェルが祈りを捧げていた王宮の祭壇のさらに奥。
立ち入りが許されていなかった、扉の向こうは地下へ向かう長い階段だ。
(この場所に、いつも何かが運び込まれていたのは知っているわ。でも、いったいこの下には何が)
「ここまでです……。ミシェル様、この先はおひとりで」
「え、ええ」
気の毒さを隠しきれないとでもいうような騎士の声音は、震えている。
いつも、ともに戦場で戦ってきたのだ。もしかしたら、泣いているのかもしれない。
階段の下には、暗いその場所にはそぐわない重厚で豪奢な扉があった。
そっと、その扉に触れれば、鍵もかかっていなかったらしく、すぐに扉は開く。
そこには、執事姿の男が一人、優雅な礼をしていた。
淡い水色の髪の毛は、人間にはない色合いだ。長い髪を後ろに結び、金色の瞳をしている。
「お待ちしておりました。聖女ミシェル様」
「……私は、もう力を持たないわ。……だから聖女ではないの」
「そうでしょうか? 我が主にとっては、唯一の力をお持ちでしょう」
(この人……。人間ではないのね。精霊の類だわ)
王族の中には、精霊と契約を交わし、その力を借りることが出来る存在がいる。
それは、数世代に一度しか現れない、王族の中でも希少な力のはずだ。
ミシェルはさらに混乱した。だって、おかしい。第一王子で、しかも精霊と契約できるような力の持ち主が、こんな場所にいるなんて。
そう、まるで幽閉されているみたいではないか。
けれど、ミシェルの予想に反して、室内はあまりに豪華で、王族にふさわしいものだった。
そして、部屋の奥にいるのは、黒い瞳に黒い髪。初代王と同じ色合いをした、人外の美貌を持つ男性だ。
ただし、その瞳は生気を宿していないように暗い。
そして、ミシェルにほんの少し視線を向けただけで、興味がないように逸らされてしまう。
「ミシェル・リンドナーと申します。あの……。婚約者としてこちらに」
まったく歓迎されていないのが、肌でひしひしと感じられる。
それくらい、第一王子らしき人物の瞳に、ミシェルの姿は映らない。
あえて、興味を持たないようにしている、そのようにミシェルには感じられた。
「――――気の毒に。できる限り、俺から離れているといい。それでも……」
その意味は分からないけれど、少しだけ香るのは、毒だ。
たぶん、この場所に人間は長くいることが出来ない。
毒への耐性を持っていない人間であれば、3日間ももてばいいほうだろう。
不思議なことに、そこで暮らす第一王子は、無事なように見えるが。
「…………好きに過ごすといい。カルラに言えば、何であろうと手に入る」
それだけ言うと、第一王子は、部屋の一番奥の豪華な椅子に座った。
少しでも、距離をとろうとでもいうように。
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