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灰の王権  作者: くろよ よのすけ
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6.戦火の約束

「始まったみたいですね。さて、僕達も離れましょう。他はともかくレイン様にだけは死なれるわけにはいかない」

「…くっ……、なぜ、こんなことを。あなたは…っ」

 何らかの力が働いているのか、意識はまだぼやけ気味で、身体の方も上手く動かせない。

 いたるところから火の手が上がる城内だが、彼が進む場所だけは煙すら届きはしない。初めからこうするつもりだったのだ。婚姻も和平もなにもかも、嘘で偽装で、仮初めの約定ですらなかった。


「レイン様ならお分かりでしょう。我々はレガリアが欲しい、そのためにはこの国の王となる必要がある。ですが、本当にそうなのでしょうか?」

「……、なにを———」

「ふふ、いえ良いのです。意地悪をしました、ハッキリ言いましょう。レガリアの結晶、アレには第三者の承認など必要ない。でしょう?」

「…っ、そんなこと」

「アントランシアは小さい、例えレガリアの力を独占していると言っても数を以って攻め込まれれば継戦は厳しいでしょう。ならばどうするか、レガリアそのものを他国からは価値のないものとすればいい」

「……それは、アナタの妄想でしょう。現に王によって選別された上級騎士以外にレガリアは扱えない」

「それすらフェイクだ。それも、真実を下地に偽装したきわめて厄介なフェイク」

「く……っ」

 理由は分からないが、この男はレガリアの真実を知っている。

「素質さえあれば誰にでも扱えるのでしょう? だが、歴代の王はレガリアを与えることで上級騎士として選んだのではなく、レガリアを扱えるからこそ上級騎士とした。素質があれば渡し、無ければ何らかの理由を付けて別の称号を与える」

 

 彼が口にしたことは事実だ。

 上級騎士にレガリアを渡すのではない。レガリアを扱える素質あるものを上級騎士として選び出すのだ。

 そして、王による継承の儀をもってでしか能力の発動は不可能であると長い間知らしめ、アントランシアの騎士にしか扱えぬものだと思い込ませてきた。

 争うことなく静かな平和が続くことを望んだがゆえ、時間を掛けて全てに対して真実と虚構を混ぜ合わせてきたのに———


「ずいぶんと、詳しいのね。…まるで誰かに聞いたかのように」

「ええ、その通りですから。今頃は殺し合いの真っ最中でしょうが、それほど時間もかからない」

「アナタの騎士ですか…。よくも、よくも家族を…皆を…っ!」

 傷一つない顔が憎たらしくて仕方ない。けれど、拳を振るおうにも力は入らず悪態をつくのが精一杯だ。

「人を導く光を敷くためにはより深い影が必要なのです。そしてそれは深ければ深いほど、輝きは強くなる。信奉し、疑うことすらしなくなる」

「人を……なんだと———」

「もちろん、教え、導くものですよ。僕は幸いにも、戦う力を持つものを扱う力を持っている。強者として生まれたからには、弱者へ手を指し伸ばすのは当然。レガリアも同じだ。どれ程優れた道具でも扱う者が三流では意味をなさない。力はより高みに在るものが持つべきだ」

「そんな、ことの為に……」

「そんなことなどと…、とても大切なことですよ。争いは、皆の心が離れているからこそ起こってしまう。ならば同じ光を、同じ光景を見つめる瞳を与えることができたなら———。そう遠くない未来に構築される千年王国。それこそが僕の願いだ」


「………っ」

 描いた未来に陶酔する姿は恐ろしい。そのような姿を目にした以上、この男を許すことなどできようはずもない。

 望む理想郷の為、ただ力の為に人を、国を裏切った挙句に心を一欠けらも痛めることのない悪魔。

 生まれた瞬間から王として育てられたなど関係ない。自らの意志で命を奪っておきながら、何事も無かったかのように命を踏みにじる存在を、認めるわけにはいかない。

「アナタは狂ってる。その願いが達成された時、確かに争いは無くなるのかもしれない。けどっ、競い合うことを止めた人はそこで止まってしまう。前を見ることも振り返ることもせず、ただ緩やかに滅びに向かうだけ」

 だからこそ、自分が何もできない非力な存在だとしても、決して引くわけにはいかない。


 けれど、光の信奉者である悪魔には言葉は届くことは無い。そればかりか、予想外の言葉が放たれた。

「これは手厳しいですね。ですが、その言葉すら愛おしいですよ。なるほど、これが恋と言うものなのですね」

「な、……何をいってるの、アナタは?」

 こい、恋と言った? 自身を否定する言葉すら愛おしいと言っていたの?

「? ですから、僕はレイン様を一目見た時から心を奪われてしまったのです。このような場所でいう事では———」

「まさか、私を殺すわけにはいかない理由って———」

「はい。こう、面と向かって言葉にするのはお恥ずかしいですが、一目ぼれというやつです」

初めは王の血を残す為だと思っていた。

 レガリアを使用するためには、王の承認が必要であるという虚を信じているのだと。その上で扱いやすい私を残したのだと、そう思っていた。

 けれど違う、この男はただ自分が気に入ったからという理由だけで生かしたのだ。玩具箱を整理する時にお気に入りだけは残しておくように。


「今はまだ失った物が大きく、心の整理もつかないでしょう。僕を恨んでもらっても構わない。ですが、きっと理解してくれると信じています」

 何一つ疑うことなく、自らの思い描いた未来が実現されると信じ切っている。これまでがそうだったのだから、これからもそうなのだと。

(ええ、確かに。それはきっと間違いじゃないんでしょうね)

「悲しみは人を成長させてくれる。それはレイン様も、僕自身もそうだ。例えどれほどの運命が待ち構えていようとも、僕は貴女と共にあれば乗り越えて行ける」

「………」

 前だけを見つめる瞳には一点の曇りもない。見つめ合うだけで呑み込まれそうな、月光を宿した金色。

「……は———」

「…レイン様?」

 ともすれば、真に世界から愛された男。だけど私には、どうしてもその姿が哀れで、滑稽に見えて仕方なくって。

 だから、込み上げてくるものを抑えきれなかった。


「あはは——っ、ほん、と…ふふふ、はははははっ」

「なぜ、笑うのです」

「人を見る目が、無い…から…っ、ふふ———」

 随分な鈍感だと思っていたけど、馬鹿にされているのは分かるみたい。初めて歪んだ表情からはなぜ笑われているのか、欠片も分かっていないことが余計におかしくておかしくてたまらない。

「ははっふふふ——っ、はは……。フゥ…、アナタ、ホントに可哀そうな人ね。なんでも手に入る人生だったのに、恋の一つも知らなくて。女一人の心すら手に入れることもできない」

「何かと思えばまたおかしな——」

「アナタが愛してもらおうだなんて無理よ。好みじゃないし、そういえば名前なんだったかしら。忘れちゃった」


 わざわざ口にするのが嫌で名前を呼ばないようにしていたけれど、本当に忘れてしまった。でも、憶えていても呼ぶことは無かっただろうから関係もない。

 そして、呼ぶべき名はとうに発していた。

「許されているからといって、あまり愚弄しないでいただきたい。傷一つ付けないようにしたというのにそれすら無駄にはしたくない」

 あぁ、一体何を敵に回したのか。この人はまだ分かっていない。

 国ではない、私でもない。

「それ、失敗よ。この先も王様になりたかったなら、私を真っ先に殺しておくべきだった。

ねぇ、聞こえない?」

「…何を———」

 伝わってくる破砕音と振動。火の手が上がり、今も城のどこかで爆発が起こっている。だが、私が感じているのはそれではない。

「アナタが犯した一番のミスは私を生かしておいたこと、“彼”の目の前で私を連れ去ったこと。アナタは馬鹿にしたし、私も気を使って話を合わせてあげたけど、あれ嘘なの」

 障害を無理やり突破しながら、指向性をもって近づく破壊。決して振り返ることなく真っすぐに。

「例えあの変な恰好した騎士(うらぎりもの)がどれほど強かったとしても、私の騎士が負けるわけない。態度はいつも不敬だし、私にお茶を淹れさせるような奴だけど……。約束を破ったりなんかしない!」

ただ一人、己の使命を果たす為、ずっと昔の約束を守るために命を懸ける一人の男。

私だけの騎士———

「ここに居るから、早く…来なさいっ!」

 だから名を呼ぶ、一度くらいの嘘は許してあげるから。

「コール!!」


「———ッ! ォォォォオオオオオオ、ッラアアアアアア———ッ!!」

 轟音と共に、天井を突き破る一人の騎士。

流星のごとく、残光が尾を引きながら願いを叶える一条の瞬き。

着地と同時に振り抜き切った刃は既に己の機能を果たしきっており、後を追うように数体の影が墜落してくる。

 鈍い音を立てながら墜落した影は絶命と共に揺らいで消え去った。まるで、あるべき場所へ溶け落ちたかのように。

「来たぞ、レインッ!」

「遅い!」

「謝るのは後だッ! この屑がッ、レインを放しやがれェェエエエ!」

 空気の壁を打ち破る破裂音、その瞬間には姿が掻き消えた。


「まさか、分体とはいえシャドウがやられるとは———。ですが…」

「ぐ———っ!? しつけぇ!」

 私の目に映るのは向かってきたコールじゃない。影の背中だ。

 一人がコールの剣を受け止め、その他にも五人程度。

「貴方も老いた。ということでしょうか」

「言い訳は決して……」

 声を上げたのは剣を受け止めている騎士。彼が三日前からいた騎士ということか。

「ならば結果を、既に障害となるのは彼くらいのものだ。ここにきて情でも湧きましたか?」

「まさか…。お行きくださいロード様、失態は武勇で拭い去ります」

「分かりました。ですが、次はないということは分かっていますね?」

「ハ…」

 会話を終えるとすぐに歩き始める王子サマ。

 遅れてやってきた他の騎士が壁となり、コールの姿は見ることができない。


(まだ———っ)

 けど、まだ声は届く。

私は無力なお姫様だけど、ここで悲痛な叫び声を上げるなんて情けない真似はしたくない。だから、いつかの言葉を実践しよう。

『人ってね、笑う力があれば———』

(笑う力があれば、何でもできる)

 小さなころの無邪気な想い、邪悪なるモノを知らなかった無垢な心。

 でもきっと、それは間違いなんかじゃない。

 王子サマを笑い飛ばしたその時から、コールが来てくれた時から、私の心は絶望から脱している。

 だから、ここで悲劇のヒロインになるわけにはいかない。私の騎士はそんな相手を救うためにやる気を出すようなステレオタイプじゃないのだ。

 もっとひねくれてて、一日に何回も不敬罪をやらかすようなダメな騎士。それが彼。

 だから、泣きそうな声で惨めに助けを求めない。放つ言葉は単純に、ついでにやる気が上げられれば文句なし。

 つまり——。

「コール!!」

「あん!? なんだよ今忙しいんだよ!!」

「何があっても、助けに来なさい! 待っててあげるから!!」

「………、ハッ———。わぁーったよお姫様! このボケジジイぶっ倒したらすぐだ!」

「ならよしっ!」

 これで、私のすべきことは信じて待つだけ。それくらいなら、非力な私でも出来る。


「ずいぶんと、あの騎士を買っているのですね。仲も良好のようだ」

「男の嫉妬は醜いわよ。まぁ、あんなのでも私にとっては最高の騎士だもの」

「それに、随分と口も悪くなった」

 言葉には計画が自分の思い通りにならない事への苛立ちが滲みだしている。でももう、気を使ってあげる必要もない。

 相手から全てを奪っておきながら自分は何も差し出そうとしないなんてあり得ない。

「やっぱり人を見る目はないのね。これが素なの、王子サマはもっとおしとやかな方が好みだったかしら?」

「まあいい、戻ってから矯正すればよいだけの事。それに、その笑顔も決して悪くない」

「それはどうもありがとう。アナタ、趣味悪いわよ?」

「言っておくといい」

 もう言葉を交わす必要はない。背後から聞こえる剣戟と影が打ち破られる音を聞きながら、私は外へと運び出された。


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