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灰の王権  作者: くろよ よのすけ
4/11

4.夜闇の太陽

 月が昇りきったころ、レインは自分の部屋に戻った。夜の見張りは別の騎士達の仕事だ。手の空いた俺は朝呼び出された場所に向かうと、荒っぽくノックを数回。

中から返事が返ってくるのを待つことも無くノブを回して扉の中へ。


「…いきなりどうした。返事も待てんのか」

「いいだろ、職務時間外だ。それで、聞きたいことがある」

「はぁ…、まったく。なんだ、言ってみろ」

 扉の向こうには日を跨ぐ時間になってさえ書類仕事に追われる男が一人。アントランシア騎士団長ことロウ・ハンニバル。

 突然の訪問に対して頭を掻きながらも対応してくれるのは彼自身の寛容さと気分転換のついでだろう。

「王子様のことだ。というよりも連中の目的について」

「……何故そんなことを聞く。念のため教えておくが、お前がどれほど手を尽くそうとももはやどうにもならん。この国は———」

『この国は、潰える』

 昼間に言われた言葉が脳裏を駆ける。

ああ気に入らねえクソッたれだ。それくらい俺の足りない頭でだって分かってる。


「チ…ッ、いいんだよそんなことは。……個人じゃどうにもならないことは分かってる。聞きたいのは連中が欲しがってるのが“コレ”で合ってるのかどうかってことだ」

 鞘ごと剣を掲げ、柄に埋め込まれた結晶を見せつける。

 ランプの灯りを受け、ほのかに輝く結晶はアントランシアの中でも王に近い騎士ならば持ちえる物であり、この国が武力による侵略に対して屈しなかったことの証左でもあった。

 この結晶は、『レガリア』と呼ばれている。 

曰く“鎧”、曰く“王権”。

アントランシアを守るため、強き騎士のみが持つことを許され、騎士の主たる王から譲り受ける力そのもの。

「俺くらいの世代は経験ないがな、アンタの若い頃なんかはこの石巡って戦争してたんだろ? 今回もそれでいいのかどうかってことだ」

 埋め込まれた結晶は一度真価を発揮すれば一騎当千の力を所有者に与える。そして、問題だったのは、結晶が採取できるのがアントランシアだけだったということ。

だからこそ、昔は力を手に入れることを目的とした近隣諸国と戦争が起こっていた。

それでも、今まで平和な時間が流れていたのは“意味がない”と判断されたからだ。

 

 王権の名を持つ所以、それはアントランシア公国の王族から託されることでしか力を発揮できないというところにある。

 つまり、結晶を奪い取れたとしても力を扱うことができないのだ。王を脅したところで意味はなく、殺してしまえば手段は潰える。

 ゆえに正面から挑めば押し切れず、結晶だけを盗んでも意味がない。そんな曖昧なバランスの上で何とか生き残ってきたのがこの国だ。

 だが、力を手に入れる方法があるのなら、それは自身が王の身内に入り込むこと。強大な国力を持ち、国単位で圧力をかけることのできるケイナリアだからこそできる手法だった。

「素直に答えると思っているのか? これでも騎士長の地位を任されている身だ。そのようなことを口にすることは出来ない」

「別に、誰が聞いてるってわけでもない…っ」

「それでもだ。力には責任が、約定が伴う。それは立場が変わろうとも不変の理、多くの命を預かってきたからこそ破るわけにはいかない自身への誓いに他ならない」

「だが…っ。あの王子の護衛…シャドウとか呼ばれてたやつは危険だッ。昼間だって———」

「分かっている」

「……」


手の平で静止され、言葉は止められた。

 落ち着けと言わんばかりに椅子を指差して座るように促される。

「いいよ……。この話が終わったらすぐに帰るさ。別に変なこともしない」

「……そうか、分かった。だがなコール、巨大な光には影が伴うものだ。そして、何の因果か私達は影の側に立たされた。人一人が抜け出すことは可能だが、国という枠組みは越えられん。何をどうしても」

「だから、泣き寝入りしろってか。ただ、これまで守ってきた場所が自分のモノじゃなくなる様を指くわえてみてろって……」

「そうだ。だが、全てが奪われるわけじゃない。全てを奪わせないために姫が旅立たれるのだ。…その覚悟、分からないわけではないだろう」

 レインの身を人質として明け渡すことによる仮初めの平和。最近、調印式を控えたこの国には他国から人の流れが激しい。その中にはケイナリアの密偵や斥候といった、戦場となった際に内部から破壊を行う連中が紛れ込んでいるんだろう。

 戦いとなれば、既に勝ち目はない。

 そうならないために、レインが行くのだ。夕日の差し込む庭園で、一人涙も流さず悲しみに暮れていた幼馴染は、これから先も感情を殺しきって生きていくのだ。

 それ等は全て、俺たちの為に。


「お前も辛いのは分かる。子供の頃からずいぶんと仲が良かったからな。だが、だからこそ姫の決意を無碍にすることは許されぬ」

「ああ…、分かってんだよ。…それくらい」

「……コール」

「んな声出すな、いい年したおっさんがよ。…分かってるんだ。でも納得できないから、納得できる何かが欲しかった。……あと一週間じゃない。もう終わってたのにな……」

 どうしようもないことはある。

 俺も、アイツも、そのどうしようもないことに巻き込まれただけ。胸に巣くう気持ちの悪さと悔しさを無視したくて何とか足搔こうと思ったが、やっぱダメってことかな。

「はぁ……、アホらしい。行くよ、……情けないとこ見せた、もう帰るさ」

 ここに来た時とは正反対に、肩を落として影を纏う。

 ノブを丁寧に回し、暗がりの廊下へと足を踏みだしたその時。

「コール」

「ん?」

 呼びかけたのは当然オヤジ。手招きなどはせずに話し始めた。

「お前は昔から、落ち込むと一人になりたがったな」

「…む、なんだよ急に」

「その度に、温室に忍び込んでは姫様と一緒に泥だらけになり、姿を消したり、喧嘩して泣かせたこともあった」

「だ、だからいきなりどうしたんだよ。そんな昔の事言ってさ」

「お前のせいで、王や侍女には何度頭を下げたことか数えきれない。何度首が飛びそうになったかも。…だがな、それも今思えばいい思い出だよ」

「……そう、…かよ」

「騎士団長という立場を追いやられる今となって思い出すのはそんなことばかりだ。…きっと、この瞬間もいつかは良かったと、思える日が来るのかもしれない。お前は若いから実感は薄いだろうが、それでもいつか思う時が来る。“悪くなかった”、と」

そう話すハンニバルの表情は、ここ数年は見たことがないほどに柔らかく、かつての思い出に愛されているのだと分かった。

「………」

「国が失われることは辛いことだ。お前にとって、姫と離れ離れになることも。それでも人は乗り越えなければならない。振り返った時、“悪くなかった”と。そう思えるような生き方をしろ、そうすれば辛くても何とかやっていける」

「……それ、励ましてんのか?」

「ふっ、どうだろうな。普段叱咤ばかりだから自分でも良く分からん。…話は終わりだ、気を付けて帰れ」

「…はいはい、わーってますよ。アンタもとっとと帰るんだな。転職寸前で倒れるってのは相手の心象悪いだろうさ」

「はは、そうだなそうしよう。ただ、あと少しだけだ。これが終われば帰るとするよ。ただ、心の準備だけはしておけ。この国は、潰えるということを」」

「———っ」

「ん? どうした。…あぁいや、今のお前に掛ける言葉ではなかったかもしれないな」

「…いや、何でもない。今度こそ帰る」

「…? そうか、気を付けて帰れ。神の御加護を」

 それ以上は何も言葉は出なかった。手を軽く振りながら、振り返ることも歩き始める。


「………、—————」

 知らず速くなる足と、早鐘を打つ鼓動は嫌な予感と想像を眼前にたたきつけてくるかのようだ。

『心の準備だけはしておけ。この国は、潰える———』

 あの男と同じ言葉、偶然か?

 立場は違う、その時に居たはずの場所も気配も何もかも。

 嘲るように放たれた言葉と、覚悟を持たせるために放たれた言葉。

 意味は正反対で、受け取るおれの心も真反対であるべきなのに———

「いや……、できる。のか? アンタなら———」

 “独立騎士団”

 そう、彼ならば同時刻、別の場所に存在することが可能。だが、ありえない。あのまじめを絵に書いた男が、騎士団長となるまでに己を鍛え上げた男が祖国を裏切るというのか?

 有り得ない。そう、有り得ないと信じたい。けれど、思い浮かぶ条件は犯行を是と示している。

「クソ…っ、どうしようもないことを増やすんじゃねえよクソッたれ……!」

 確かめる術はないわけではない。だが、それを為せば俺は反逆罪だかで殺されるだろう。今はまだ、そんなことはできない。

(あと一週間、確かめようにも下手に動けばすぐ感づかれる。俺一人に、何ができる…?)

 泡のように浮かび割れていく。

 初めからアントランシアには勝ち目などなかった。内部から侵略されていたのはいつからだったのか。彼はいつ心変わりをしていたのか。…それとも、俺の知る前からずっと、仲間と呼べない存在だったのか。

(ハハハ……、ああ神様、カミサマよ。俺一人、女一人の心を救いもしやがらねえクソッたれ共。……いいさ、やってやろうじゃねえか。もはやどうにもならねぇだ? 笑わせんなよ、人間やればなんとかなるもんだってこと、見せてやる———ッ)

 ふと気づいた時には既に王城から出ていて、見上げた先のレインの部屋からは灯りが見える。


 アイツも今、空を見上げているのか。それとも、崩れ去りそうな足元を見つめているのか。そんなことは知らないが、欠片でもその心が救えるのならやってやれないことは無い。

「女の幸せの為に命懸けるってのも悪くない。…待ってろ、救うだなんて大それたことまで言うつもりは無いが、やるだけやってやるよ」

 暗き星空の下、呟くように口にする。

 時間はなく、個人では国には勝てない。けれど、全て救うだなんて思っていない。方法も、その後の結末もなんだっていい。大事なことは———

「約束は守るさ…、憶えちゃいないだろうけどな」

 とある、雨降る夜を思い出す。幼い日の微かな、けれど忘れることのない確かな思い出。

揺らいだ心は静まった。進むべき道ははっきりと感じ取れる。

(命を懸けてこその騎士、だろう? はっはは———、ならその本分に乗っ取るさ)

  振り返ることはしない、それをしてしまうと立ち止まってしまうと知っているから。

 見上げた空、さっきよりもほんの少し明るくなった星空の下を歩く。真っ暗で、それなのに旅人を導く輝きだけは灯し続ける黒き天幕。

 神がいるかどうかは知らないが、導くための道標を生み出したことだけは素直に崇めてやってもいいい。

そんなくだらないことを考えながら、振り返ることなく機会を待ち続けよう。過ぎ去ったものはもう、戻ることなどないのだから———。

「———」

「ん?」

 背後から、何か音が聞こえた気がする。だが、足を止めて耳を澄ませても何も聞こえなかったから気のせいらしい。

「気にしすぎてるな、ったく———」

「いや、そうでもない」

「———っ!?」

声を捕えて振り向いたその瞬間まで気配はなかった。あまりに遅い反撃、剣を執りながら振り返った先にあったのは影。

「———が…っ」

そして次の瞬間に、あっさり俺の意識は消えていた。



 □ □ □



「素敵な方でしたね。アナタのお話の通りだ」

「………」

 街灯が照らす大通りを気品ある若者が歩いている。

 調印式兼結婚式を控えた大通りではアントランシアの人間だけでなく、ケイナリアの者も少なからず存在する。それら誰もが目を引かれ、彼の正体を知る者も多く存在した。

 当然、彼の威光に授かりたいと。人々は殺到し、その中に潜む彼へ敵意を持つ人間に傷つけられる可能性もあった。

 だが、そうはならない。

「彼女の騎士は血気盛んですね、若い頃の貴方を見るようだ。ふふふ、動きますかね、彼は」

「………」

 話す内容を真に理解する者はいない。だが、その場にいた皆が”邪魔をしてはならない“と、そう感じたのだ。

 話す言葉の一音一音、なんてことのない一挙手一投足全てが皆を魅了する。自身らが触れてはならない存在であると感じ取ってしまう。

 ———もしも、この世界に神がいるのならば、人が触れてはならないと感じるように。姿が瞳に、言葉が耳に届くだけで心が奪われる存在があったのだ。

 ゆえに、彼を止めるモノはない。

 海の見える小さな宿屋、決して豪奢な場所ではない。城からも離れ、聞こえるのは波の音だけの家族で経営しているような街の宿だ。

 座るだけで軋むベッドへ小さく苦笑い。腰を落ち着けると、窓から真っ暗な海を見る。

「…一つ、聞いておいてもよいでしょうか?」

「………なんなりと」

 これまで言葉を返すことのなかった影、獣面の男。

 膝をつきながらも微動だにしない姿は彫像を思わせる。

「僕と、レイン様が庭園に向かった時。数分の間だけでしたが傍を離れましたね。彼と何か話を?」

 コールと呼ばれた青年、彼女の護衛を任された騎士。

 彼はシャドウに対して不信感を持っていた。いや、このような姿、雰囲気をしていれば当然といえる。

 だが、そのような視線はこれまでに何度受けていたはずだ。そして、そのような視線を受けながらもシャドウが護衛の任を外れたことなど一瞬たりとも無かった。

 だからこそ、興味が湧いた。

 この男が使命を放棄するほどの騎士、若くしてアントランシアが抱える“鎧”を授かっている青年に対して、この男が何を思ったのか。

「………いえ、何も。お傍を離れたなど滅相もありませぬ」

 しかし返ってきたのはつまらぬ答え。

 いや、冗談を言うような人間ではないということは分かっているが、それでもだ。

「ふぅむ……、なるほど。分かりました、無礼なことを言いましたね。どうか忘れてください」

 いいだろう、自身の影がそう言うのなら聞いてやるのが光たる者の務め。

 光と影は決して切り離すことはできない。

 ならば、到達する未来は同じ場所だ。その時、この”影”が何を思うのかを知る由はない。

「ですが、忘れないで下さい。僕は盟約を果たします。そしてそれは、貴方が誓約を果たす時であるということを」

「……、———」

 言葉も無く、その姿は闇に溶け落ちる。

 完全に掻き消えると同時に気配は消え、居るのかすら分からないが感じるのだ。かつて結んだ盟約と誓約によって、“影”は光から離れることはできない。

「さて、障害は多くない。表出したところで敵でもない。ならば精々、楽しませてもらいましょうか」

 光が笑う。

 それは暗き海を照らす月光。冷たくも美しい、神秘を宿した輝きに他ならない。

「…………」

 付き従う”影”もまた、その輝きにかつて魅せられ光に抱かれたものゆえに、己の忠義を尽くす光から逃れることはできない。

 

 為すべきことなど多くはない。

 道標すら必要のない道のりは、神が与えた光輝に他ならないから。

 神ではない、人間たる自身の力を以って当然のように踏破する。

 今はただ、始まる時を待ち望んでいるのだ。



 □ □ □



 瞼の裏の光景というのは、いつも思うがどうしてこうも……、嫌なことばかりが浮かび上がってくるのだろうか。

『ああ……、なんという、ことだ———』

『この子を、お願い……』

『ああ、ああ必ず……。キミの願いを、地に堕としたりはしない……』

 俺にとっての始まりの記憶。燃盛る戦火と死臭の中でただ一つ。奪われるばかりだった弱者の俺が、唯一手に入れた物があるというのなら。

 それは、多分———。


「……っ」

 目を開いたその場所は暗く、一筋の光さえ差し込んではいなかった。漂う空気は埃っぽく淀んでいて、人の出入りが無い場所へ突っ込まれたってことは分かった。

「くそ……、どれくらい経った———」

 この場所で、目が覚めてからならば約二日。

 身体を動かそうにも案の定縛られていて動くこともできない。地面から伝わってくる冷たさは石畳によるもので、どこかの倉庫にでも放り投げられたってところか。

 当然武器も没収されている。近くに置いてあったとしてもこの暗がりでは探すのも一苦労。


「レインは……、いや、俺の状況把握だ———」

 何をするにも状況把握をしない事には方針も立てられない。もし、すでに手遅れなのだとしても、そこから抵抗するための足掛かりにはなるかもしれない。

(落ち着け、思い出せ……っ)

 あの日、夜闇に紛れた何者かに襲われた。

 影しか見ることのできなかった“何者か”。いいや、それが該当する奴なんて一人しかいない。

「……シャドウ…か。名前のまんまでやがる、クソッたれ…」

 敵に敗北したことじゃない、何も出来ぬままに倒れ伏した自分に怒りが燃え上がる。けれど、今の状況で何ができるというのか。

(閉じ込められている場所は謎、外の状況もだ。音の反響からして、多分地下だと思うがどうだろうな…。城の中ならいくらでもこんな場所……、いや、それなら———)

 そうだ、灯台下暗しというやつだ。城の外で襲われたからってそのまま更に外縁部まで運ばれたとは限らない。

(アイツが王子様の影だっていうなら、目立つ真似はしない。なら、わざわざ街の方に抜けるのは考えにくいか? それにここ最近は城の出入りも少ない。気を失う前だって俺とオヤジくらいしかいなかったんだ)

 それならば、“アレ”があるはずだ。幼い頃、レインと一緒に城の中駆けまわっては毎日のように怒られていた日々の名残。


「あのおてんば…、鬼ごっこだってのに、いつもアイツが逃げ回ってるうちに迷子になってたな……」

 訓練をサボって温室で気持ちよく寝ている時に限って、元気よくアイツが来るんだ。

『コール! また訓練をサボったのね! アナタがワタシの騎士ならもっと強くならないとダメでしょ!』

『…なんだよ、レインか……。いいんだよ、今さっきおれの中で訓練はおわったの』

『そんなわけないでしょ! いいから早く行くのっ』

『ハイハイ、もう一眠りして日が落ちたらなー』

『コール! ……ふーん? そういえば騎士団長が探してたわ、教えてあげないと』

『ちょ、待てって! 流石に居場所がバレたら逃げ切れねえって!』

『ふっふっふ、それならこうしましょ? 私、今から逃げるから。捕まえられたら黙っててあげるっ。はい、スタート!』

『なっ、またこのパターンかよ! おい、待てって! あーもうっ』


(はっ、なんてな……)

 それで、その後はいつも同じだ。俺に見つからないよう物陰に隠れてるうちに地下倉庫の方に向かってって、暗闇の中で出られなくなって泣き出すんだ。

 俺はその声で見つけるんだけど、他の人もやってくるもんだからさ。お姫様を連れ出したってことで俺が怒られる。その後、ほとぼりが冷めたころに泣きべそかいたレインが両手にお菓子持ってきて現れやがる。

『ゴメン……、ぐす…』

『いいって、いつもの事だ』

『でも、殴られたでしょ?』

『まさか』

『顔、青あざになってる……』

『コケたんだよ。…ほら泣くなよ、また青あざ出来ちまうぜ。ま、これ以上顔の形変わったらそれはそれでお前に笑われるんだろうが』

『そんなことしないよっ。でも……』

『でも?』

『そんなことで、笑いたくないから。泣かない』

『———、はははっ、そりゃあ良かった。じゃあそれ食おうぜ』

『うんっ、お茶淹れるね!』

『あー、気を付けろよ? いろいろと』

『? うん、任せてっ——』

 それでいつもおしまい。ただ、俺もレインも学習能力無いせいで、これが一週間に一回くらい起きるわけなんだが——。


「お、あったぞ……っ、よし」

 回想の中、目当てのものは見つかった。這いずるように近づいた石壁の隅、そこには仄かに光る数字が刻まれていた。

「11番……、確か…東側の端か。また随分と近くに運ばれたもんだ…」

 中に入ったら出られなくなるのが分かってるくせに、いつも迷子になるレインのための目印。暗闇で仄かに輝く石でつけた部屋番号。

 人間、自分がどこにいるのかさえ分かれば安心するもんだ。コレのおかげで泣かれることは少なくなったが、その分かくれんぼに付き合わされる回数が増えたっけか。

「そういう意味では、失敗だったな。オマエ」

 まさかこんな時になって役立つとは思わなかった。

 ああ、俺も人間だ。例に漏れたりしないさ。

 今いる位置は分かった。ここは襲撃されたところから一番近い倉庫だ。天井近くに地上から光を取り入れるための鉄格子があったと思うんだが、この暗さだとどうにも塞がれてるらしい。

(殺さずに放り込まれたし、単なる時間稼ぎか死体が見つかるのを嫌がったか。理由はどうあれ、俺が起きたのに誰も来ないってことは完全に人払いはされてそうだな)

 俺を襲った影野郎は王子様のお傍ってところか。それならそれで都合がいい。時間はないが、間に合わないと決まったわけじゃない。

「いい加減この縄を……」

 目が覚めてから二日、黙々と固く縛られた縄を適当な木箱の角に当てて削っていたが、まだ千切ることができていない。

 この後はふさがれたドアをぶち破らないとならないから時間かけていられないってのに。


 だが、閉じ込められていた11番は予備の食糧庫だったのが幸いした。おかげでわずかながらに腹は満たせた。……排泄は部屋の隅でやるしかなかったが。

「急げよ…、外に出た時にはもうケイナリアでしたー、だなんてお断りだぞ…。いや——」

 いや、そうじゃない。正直、俺は国の名前なんてどうでもいい。元々身寄りがないから拾われただけの戦争孤児だ。運よく騎士団長さまが通りがかったからそこで育てられただけ。

 だから、俺が急ぐ理由なんて一つしかないだろう。


「———レイン」

 騎士として守ると誓った彼女の名を。

 なによりも優先すべき彼女の幸福が壊されようとしている。それはダメだ、お断り。その上相手があのいけ好かねえ王子様だ。イヤだイヤだね、あんなのが国のトップに立つとか耐えられねえ。

「誰にも彼にもヘラヘラしやがって、大物ぶってるつもりかオイ。気にくわねえなぁ、ああ気にくわねえ。急に出てきてアイツと結婚だ? 誰に許しを得たってんだ。そういうのはな、国民総選挙ぐらいやってみてから言いやがれってんだ。絶対結婚してから豹変するわ、家庭内暴力だな間違いねえ。……ッだあクソ、あのクソ野郎が!! …お」

 最後の一声で縄が千切れた。妄想から現実に帰ると、自分の中だけで膨れ上がった怒りとともにその辺に捨てる。

「……さて。次だな、問題は」

 地下だからな、壁も厚い。倉庫と言っても予備の食糧庫じゃあ工具が置いてあるようなこともない。あと数日くらいなら食い物には困らないが、…その間に素手で何とかぶっ壊せるか。

「それでも、やるしかねえな」

 まずは基本の体当たり、その感覚次第で無理そうなら他の方法を試していくしかない。

けれど、終わりへ向かう波動と振動が上階から響き渡る———。


「く…ッ、始まったか!?」

 一度始まった破壊の連鎖は止まることなく連続して行われた。振動と共に、遠くで破壊に連なる音が聞こえる。

 響く轟音は爆発か。どうにも、事が起こる前には手遅れだったらしい。

 パラパラと天井から塵が落ちてくる中、脱出以前に天井が落ちて下敷きになる可能性の方が高いくらいだ。何とか、その前に———。

「———オラァ!!」

 渾身の力を籠めて扉に体当たりを喰らわせるが、それでもまだビクともしない。鎖かなんかで固定されてるわけじゃない。外からセメントかなんかで扉ごと固められているのか。

「ったく…、それなら仕方ねえ……」

 どの道、このままじゃ扉を打ち破ることもできやしない。まだ使いたくなかったが、無理やりにでもやってみるしかない。


「どこだ……どこにある———」

 目を閉じて、意識を集中する。

 閉じた意識の中で探し出すのは俺の剣、その柄に埋め込まれたレガリア。爆発に紛れて地下での事故死にしようとしたのかもしれないが、それでもずさんな勾留だった。これならば、剣の方もすぐ近くに置かれていてもおかしくない。

「——————っ」

 夜闇の中に瞬く屑星を捜すが如き意識。六等星ですらない儚い輝きはあまりにも弱弱しく、見つけ出すことが難しい。

「いや……、何処に在ろうが関係ない…。起動さえできれば———」

 起動せよ———、起動せよ———。

 念じる指令は祈りによく似ていた。それはまるで、幸福な過去を取り戻すための回想だ。今の状況が嫌で嫌で仕方ないから、自分にとって最高の未来がやってこないかと夢想している。

(それの…、何が悪い———)

 例え、届かぬ祈りでも。例え、叶わぬ願いでも。例え、起きえぬ現実だったとしても。

———友として、男として、騎士として、アイツに約束したんだ。ならば、果たさねば。

「………ああ」

大声上げて涙を流す少女を幻視する。

 なんて小さな悲劇だろう。それもいつものことだから、最後には助けが来るのを分かっているのに、それでも泣いてしまったのだ。

「今回も、一緒だ。何も変わらねえ」

 泣きべそかいて、自分のせいで怒られたと俺を心配していた女の子。その顔見るのが嫌でマトモに訓練し始めたんだ。

「見つけた、ぞ———っ!」

 俺の祈りも願いも現実も、目指すべき場所は初めから変わることなくココに在った。そして、そのための力を見失ったりするものか!



 ゆえに、起動しろレガリア。主に害為す、歪みし心を断つために———。

纏開(アクセス)———」

 言葉と同時、闇の中で耐えきれず天井が崩落する。生きとし生ける者全てが、何も見えず知られることもなく、瓦礫につぶされるだけだったはずの処刑場にただ一人。一人の騎士が立っている。


 数舜前まで纏っていた輝きは消え、その手には剣が握られていた。

「待ってろレイン。…もう二度と、泣かせるつもりは無いぞ———」


 覚悟を言葉に、誓った道は違えたことなど一度も無い。征くぞ逆賊、侵略者。

 レイン・アントランシアの騎士として、ただ一振りの剣として、お前達を断ち切ろう——。


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