第十話 断崖絶壁
紫電一閃は爽快感のある技だった。
それを存分に堪能した頃にはすでに昼飯時。
何か胃袋に入れようと街へとワープした。
この作品と同じカナンの名を持つ、プレイヤーの拠点だ。
「よっと」
石畳の地面に降り立ち、中世的な町並みの中で姿勢を正す。
プレイヤーとNPCが入り乱れる活発なところで、酒場もギルド、武器屋防具屋と言ったゲーム攻略に必要な施設が一通りに揃っている。
もちろん飲食店も。
「ここにするか」
扉を開けると小さなベルの音が鳴る。
そのまま店内を進み、カウンターに腰掛けた。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
「そうだな……じゃあ、カレーライスで」
メニューを眺めつつ、ほかの飲食店の店員と同じ顔をしたNPCに注文する。
「かしこまりました。少々お待ちください」
ちなみにカナンの中での食事は課金扱いである。
「この後どうするかな」
午後の計画を考えつつ、お冷やを口に含む。
そうしているとふと近くの席に見覚えのある人物がいた。
「あれ、沼地?」
名前を呼ぶと、こちらを見た。
やはり沼地だ。沼地志鶴。
「奇遇だな。昼食か?」
「えぇ。あなたもそうみたいね」
手元にはサンドイッチがある。
「ちょうどいい。この後、暇なんだ。もしよければどこか一緒に――」
「悪いけど、遠慮しておくわ」
そう言って最後のサンドイッチを平らげて席を立つ。
「あ、そう」
そのまま出口へと向かい、出て行ってしまった。
取り付く島もないって感じだ。
「お待たせしましたー」
「あぁ、どうも……俺、嫌われてんのかな。いや、なじめてないだけ?」
態度や声音がどうも俺を素っ気ないように感じる。
けど、もし嫌われてるなら俺をパーティーに入れたりしないか。
「んんー? まぁ、いいか」
とりあえず考えるのを止めてスプーンを持つ。
冷めないうちにいただこう。
§
「あ、こっちだよ。こっちー」
日付が変わって翌日の朝。
珍しくカナンにはログインせず、ダンジョンへとやってきた。
俺が住む街の中にある、比較的簡単で安全な部類のものだ。
出来たてパーティーが互いの相性を確かめ合うには丁度良い難易度だとか。
「よう、待たせた?」
ほかの二人も揃っている。
「ううん、時間ぴったりだよ」
「よかった。初日から遅刻じゃ格好つかないからな」
まぁ、コピー機のあだ名よりはマシだけど。
「二人もよろしく」
「うん、よろしくー。彩腹くんの実力は綴里ちゃんから聞いてるよー。期待したるから頑張ってよね」
「ははー。なら、期待を裏切らないようにしないとな」
昨日、新しく紫電一閃を修得したし、期待には堪えられるはずだ。
「沼地も」
「えぇ」
相変わらず、言葉が短い。
「私たちのデビュー戦。絶対、成功させようね」
「だねだね。まぁ、四人も居れば楽勝でしょー」
「だからと言って油断しないように。さぁ、行きましょう」
「あぁ、気を引き締めてな」
今回の結果如何では首になることもあるかも知れない。
そうならないようにするためにも頑張らないと。
心の中で気合いを入れつつ、三人のあとに続いてダンジョンへと入る。
「おおっとっ」
「ここが……」
「まさに断崖、ね」
ダンジョンに入った瞬間、断崖絶壁の淵に立たされた。
いま目の前に広がっているのは、底の見えないほど深い谷だ。
それは自然の風景であるかのように目に映り、空を見れば太陽と雲も浮かんでいる。
だが、ここはたしかにダンジョンの中で、あの太陽は決して沈まない。
空間が歪んで外観よりも内部が広くなっているだけだ。
「なんというか、あれだな」
「うん。まるでカナンにログインしてるみたい」
鳥の魔物が一羽飛び立ち、渓谷の奥へと消えていく。
ここは通称、断崖ダンジョン。
クリア条件はダンジョンの果てにある出口へと到達すること。
すこしでも足を踏み外せば滑落するここは比較的簡単で安全なダンジョンだ。
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