chapter2-16
ここは稲葉山城本丸寸前の塀の外。
つまり遼太郎と小夜叉はすでに、2つの塀を越えてきたことになる。
「大手門側は未だに膠着状態なのか…森衆って本当に凄いんだな…」
「あったりめーだろうが、うちの輩が斎藤の貧弱者ごときに遅れを取るかよ。母だっているんだからな」
大手門の方向からは、未だに継続して合戦の金属同士がぶつかる音や、怒号、叫び声が聞こえている。これは遼太郎の策で、潜入のための謂わば陽動である。不利な城攻めをさらに不利な少数兵で、すでに四半刻以上持ちこたえていることに、遼太郎は驚きを隠せない。
「と言っても、その森衆達の陽動も無限に続く訳じゃないんだよな。早く本丸、結菜のいる天守閣まで行かなきゃだよな」
遼太郎達は手紙の件も踏まえて、結菜はほぼ本丸の天守閣のどこかにいるであろうと、予測はしている。そしてその天守閣は、残り塀を1つ挟んで向こう側に大きく見えているのだが…。
「けど、どうして2つの塀は軽々越えてきたのに、ここだけは一気にいかなかったんだ?」
「ああ、それなんだけどよ。なんかいやな予感がするっていうか、ここから向こうは普通の戦場じゃない匂いがビンビンするだよ」
「匂い…?」
普段生活していて、使わない表現に遼太郎は軽く首を捻るように聞き返してしまう。
「オメエはなんもわかんねーのかか?この塀の向こうはたぶん、いるのは人じゃねえってことだ」
「人じゃない………っ!!もしかして、いるのは鬼ってことか?!」
「おうよ、だからオメエにもここからは気合い入れてもらわねえといけねぇわけよ。覚悟は決まってンだろ?」
恐らくこの塀の向こうにいるのは鬼であると、小夜叉は直感的にわかっていた。だからその手前で、遼太郎にも心構えをさせるためにここで止まったのだ。
遼太郎としても、結菜が連れ去られる時の鬼の戦闘から判断して、鬼とはどこかでまた戦闘になるだろうとはわかっていた。わかっていたが、それはあまり考えたくなかったのだ。
「この向こうに鬼って、結菜は……」
なにせ、その塀の結菜がいる可能性がかなり高い。人質としてはまだ価値があるとして、身は安全だろうと思っていた仮定が根底から崩れる錯覚に遼太郎は陥る。
「どちらにせよ、もう行ってみねぇとわかんねーだろ。さぁ行くぞ、捕まれ!」
「っよし!頼むぞ!」
覚悟を決めた遼太郎が小夜叉の背中に捕まる。
そして2人が戦場の、その渦中へと飛び込んでいく…
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「おいおい…これはスゲーな。笑えちまうよ」
「そんな…本丸がこんなことになってたのか…」
僅か塀1枚を越えたその先に広がっていたのは、鬼鬼鬼鬼鬼鬼……。
いったい何匹いるのか、十数匹の群れが複数ある時点で、遼太郎は数えるのを諦めてしまうほどである。
「まぁ、全部相手にするのはちと骨が折れそうだけどな。テメェを天守閣まで誘導するだけならどうとでもなるぜ!離れんじゃねぇぞ!」
「わかった!前は頼む!」
「へっ!誰に物をいってんだよ!あたりめぇじゃねえか!テメェこそくたばるんじゃねぇっ!」
月明かりのみが照らす黒一色の稲葉山城本丸に、銀色輝く槍と漆黒拳銃が交わり始める。
"グサッ!バサッ!ズシャァ!!"
"パァンッ!パァンッ!"
小夜叉の槍に鬼達が次々と首を切られ、心臓を抉られ倒されていく。遼太郎のハンドガンによって、小夜叉の進行方向の外から襲ってくる鬼どもを牽制し、サポートに回る。小夜叉達の本丸着地地点から天守閣入口までは、たったの四~五十メートルであったが、すでに2人は三十体以上の鬼を無へと返している。
「オラァァ!どんどん掛かってこいや!骨のあるやつはいねぇのかよ!」
「いやっ!むしろそんなやつは今は相手にしたくないだろ!」
そんなやり取りをしつつ、遼太郎と小夜叉は天守閣まで到達したのだが…。
「…まぁ、天守閣の外にこんだけいるのに、中には全くいないなんてことはねぇよな~」
「まだまだ、道のりは遠そうだな…」
天守閣の内側に転がり込んだ2人だったが、その中からも鬼が次々と沸いてくる。
「いいか、遼太郎。ここからはテメェの出番だ。俺は外の鬼どもを一掃する。これ以上鬼をここに入れるのは脱出も考えてやべぇからな」
「ああ、元々そう決めたのは俺だからな。ここからはどうにかするさ。小夜叉も無理しないで気を付けてよ?」
「ハッ、その言葉そのまま返してやるってな!殿の奥方、ちゃんと連れ帰ってこいよ!オラッ!」
その小夜叉の掛け声と同時に放たれた槍の一閃を皮切りに、2人はそれぞれの方向へと進んでいく。小夜叉は外へと戻り、これ以上天守閣内に鬼を入れないように。遼太郎は鬼どもを排除しつつ、結菜の捜索へさらに中へと。
(結菜!どうか無事でいてくれ…、)
再会を誓った女の子を取り戻すべく、遼太郎は奥へ上へと進んでいく…。