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Chapter2-10

暫くした後に、斎藤家の使者が織田家の兵に伴われながら本陣に入ってきた。その使者は書状を抱えているようである。


「斎藤家龍興様より書状を承って参りました。ご確認ください」


やって来た使者は、壬月や麦穂を側に置いている久遠の前で膝をついて書状を献上する。


「ふむ…。壬月」


「はっ」


久遠に命じられた壬月が、使者から書状を受け取る。どうやら書状とは別に何か付属の手紙があるようだが、壬月は本体の書状を確認していく。


壬月が確認する間、しばらくの沈黙が続く。


「久遠様、どうやらこちらの手紙を届けることが本題のようです。後は、たいした内容はありません。それとこちらの手紙は久遠様宛のようですね」


「うむ、わかった。そちらは我が確認しよう」


椅子に腰かける久遠は、そう言って壬月から手紙を受け取り、中を開いた。



少しの安堵の表情を見せるも、瞬時に久遠の顔が険しくなる。



「久遠様、いかがなさいました?」


壬月とは反対の側に立つ麦穂が、そんな久遠に問いかける。


「…結菜からの手紙だ」


「「「なっ!?」」」


この久遠の返答には、壬月や麦穂だけでなく陣幕内の端で聞いていた遼太郎も驚きの声をあげてしまう。遼太郎の側にいた詩乃も声はあげていないものの、驚きの様子は隠せていない。


陣内が一気に騒がしくなる。



「それで、手紙には何と…」



「まて。その前に確認するが、そこの使者よ。これは本当に斎藤家からの書状で間違いないのだな?」


壬月の問い掛けを遮り、久遠が書状を持ってきた使者に確認をする。


「はっ、こちらは斎藤龍興様よりの書状でございます」


再度の使者の説明に、久遠は少し考える様子をした後


「デアルカ…、確かに受け取った。そなたは帰ってよいぞ」


「はっ、それではこれで失礼します」


そうして、斎藤家の使者は織田の兵に先導され陣幕を出て行った。



(他家にはよっぽど聞かせられない内容ってことか)


(十中八九そうでしょうね)


端に控えた遼太郎と詩乃が小声でそんなやり取りをしていると、再び話し合いが始まったようである。




「それで久遠様、そちらの結菜様の手紙には何と書かれていたのですか?」


壬月が久遠に再度尋ねる。


「そうだな、これは直接見た方がよいかもしれん」


久遠はそう言って先ほど受け取った手紙を開いて軍議が用の机に広げる。端にいた遼太郎と詩乃もこれを見るために近づく。


手紙にはこう記してあった。





"久遠 逃げて お願い"





たった三言葉。だが、この言葉の意味は計り得ない意味を持つ。


「こ、これは……」


手紙を見たものの誰かが、そんな言葉を漏らす。


「なぁ、久遠。これ…」


「文字の形や書き方から、結菜のもので間違いはない。誰かに強制させられたような様子でもないのだ…」


遼太郎が問い掛けようとした疑問を、久遠がすべてわかっていたかのように答える。


陣内は再び騒がしくなる。結菜の手紙に従い、今回は撤退をするべきだと主張する者もいれば、ここで稲葉山を攻めなければ調略が無駄になる、今回のような好機を逃せば二度と稲葉山攻略は出来ないと主張する者も当然いる。


これには壬月、麦穂の家老だけでなく久遠でさえも難しい表情を浮かべている。


今回のこの手紙から読み取るに、稲葉山城攻めに何か罠が仕掛けられているのではないか、と言うのが誰もが考える帰着点となっていた。


(一体何があるというのだ、結菜……この好機なのだぞ。しかもこれだけ準備を念入りにしてきた今回の戦だというのに。それでも駄目だと言うのか…)


久遠は中でも、深刻そうに考え込んでいた。少なくとも、今声を掛ければ、逆に怒らせてしまいそうなくらいに…





ーーーーーーーーーーーーーーーー





遼太郎はそんな織田家の軍議がなされる本陣の陣幕を後にしていた。


「遼太郎様、どうなされたのですか?」


後を追う詩乃が陣幕出てから少し離れた位置で尋ねる。


「久遠や壬月さんや麦穂さんだけならともかく、他の織田家武将があれだけ熱くなってる中で発言なんかできそうになかったし…」


遼太郎がさらに続ける。


「何より、意図を深く考えるには落ち着いたところがいいと思ったんだ」


陣から離れれば、灯明の明かりは届かなくなり、代わりに月の明かりが際立ち始める。手頃な切り株に遼太郎は腰かける。


「そうですね。先ほどのやり取りで不可解な点がありましたしね」


腰を下ろした遼太郎の側に、控えるように立った詩乃がそう言う。


「だよな。どうして斎藤家は結菜の手紙を久遠に届けることを許可したのかって所なんだよね」


「ええ…」


「普通さ、罠が仕掛けられているなら、それを相手に知覚させるなんてことしないだろ?」


確かに遼太郎の言うとこは、客観的に見れば当然なことである。相手を嵌める罠の存在を有無は別にしても、存在の可能性を無用にちらつかせることは相手に過度な注意を引き付けるだけであるのだ。



「反対に斎藤家や鬼側が混乱を招くだけの意図で、ということならば、帰蝶様は筆を握ることでさえ抵抗なさるでしょうからね。筆跡からこの線は薄そうですね」


手紙がフェイクである可能性を詩乃は否定する。


「となると織田家を、久遠を逃がそうとするのは結菜の気持ちはその物ってことになるのか…」


「そうですね。そうなると結局振り出しに戻ってしまいますが…」



「クソッ!本当に全然わかんない…」




本陣の軍議組とは別の疑問に頭を悩ませる遼太郎と詩乃。鬼が結菜を拐った理由でさえまだわかっていない。さすがの美濃の麒麟児と呼ばれる詩乃でも些か情報不足からか思い付かないのは致し方ないとこである。



そんな遼太郎と詩乃のもとに何やら血生臭い足音が近づいてくるが、二人はまだ気が付かない…









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