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Chapter2-6

それからどれ程走っただろうか。だが、はるか後方を追いかけてくる鬼は諦めていないようで、一時はかなり開いていた距離を再び詰め始めている。


「はぁはぁ、ごめんなさい、遼太郎、ちょっと待って……」


隣を走る帰蝶が息を切らし、膝に手を置いきながら遼太郎を呼び止める。


護身の技術があるとはいえ、結菜は女性なのだ。男であり、しかも特殊な遼太郎とは体力の差が出てくるのは当然だろう。



逃げなければならないと頭ではわかっているが、身体が追い付いて来ない。今の結菜はまさにそんな状況だ。


(どこかに隠れるか?けど、鬼相手にそれはリスクが高過ぎるか?どうする…)


いくら逃げ続けても追ってくる鬼達。いづれこのまま逃げ続ければ近場の町や村にも被害が及ぶかも知れない、遼太郎の頭にそんなことがよぎる。


「帰蝶、君はこの森の奥まで行って身を隠してくれ。俺は鬼どもの気を引いた後、君とは反対側の森に入って撒こうと思う」


遼太郎は息を切らす結菜を支えながら提案する。


「ま、まって!それじゃ貴方は…」


「どちらにしても、このままじゃ追い付かれる。それにあの鬼は恐らく俺が標的なんだ」


先ほどの、布を被った者が言った言葉を遼太郎は思い出す。あの時確かに、遼太郎が現れたことを"手間が省けた"と言ったのだ。十中八九、自分が狙いなのだと遼太郎は考える。


「なら、二人で戦えば…」


結菜がそう提案してくる。確かにあの光る蝶を放つことが出来れば、遼太郎は有利に戦えるかもしれない。

しかし…


「駄目だ。体力も残っていない今の状態の君とは共に戦えない。正直に言って、邪魔になるのは目に見えてるんだ」


結菜の提案を厳しい言葉でばっさりと切り捨てる遼太郎。そして、その言葉に自分の現状を改めて確認した結菜は、やがて諦めたように頷いたのだ。


「…わかったわ。けど、本当に一人で大丈夫なの?命を犠牲に囮だなんて言ったら許さないわよ…」


「大丈夫だよ。最初から戦うつもりなら、そう立ち振る舞うし、有利な地形だって選べるんだ。勝機は十分だよ」


不安そうな結菜を安心させるため、自信ありげに答える遼太郎。


「ちゃんと、生きて戻ってくるのよ。……その時は私のこと、結菜って呼ばせてあげるんだから…」


「はは、そいつは嬉しいご褒美でやる気が出るな。それじゃあ、頼むぞ」


"帰蝶"ではなく、自身の親しい者に呼ばせる"結菜"と言う名を遼太郎に呼ばせる。それは遼太郎を認めてくれると言う証でもある。二人は再開の約束を胸に、その場を別れてそれぞれ走り出すのであった。





ーーーーーーーーーーーーーーーー





"パァッン!"


「次はどいつだよ!掛かってきやがれ!」


森の中を乾いた銃声と怒声にも似た遼太郎の声が響き渡る。


挑発と銃撃、そして逃走を繰り返しながら遼太郎は鬼どもを森の木々を壁にして分断しながら倒していく。


どうやら鬼達はそこまで知能が高いわけではないようで、発泡音に対して直線的に向かってくるようで、さらにはそれぞれがバラバラに行動しているようで、多数と言う強みを全く生かせていないのだ。


鬼どもを分断することに成功したことで、森の一定の広範囲をグルグルと逃げまわる遼太郎。これにより、倒した鬼からの弾のドロップを拾えるようになったのだ。これで弾切れの問題はかなり改善された。




時間をかけながらも徐々に、鬼の数を減らしていく遼太郎。どうやらたくさんいた鬼も無限に沸いてくると言うことは無さそうであるのだ。



"バンッ!"


目の前に現れた鬼に、ヘッドショットを決め、頭部を砕く。


遼太郎はすでに二十体ほどの鬼を倒している。もう近くに鬼はいないか、遼太郎が辺りを見渡そうと、森の大木の陰から出ようとした時であった。



「やはり、そう簡単には始末できない…か。まぁ、それも一興であるか……」


背にしていた木から振り向いた遼太郎の目の前に、先ほどの灰色の布を被った者が現れる。


「っんな!?」


慌ててその場から飛び退く遼太郎。身体も連動するように、手にしたハンドガンで照準をその者に当てる。


「いやはや、貴様がまさかここまでやるとは思わなかったぞ。守り手よ。お陰で、我の可愛い手下たちに損耗が出てしまったではないか…」


(…守り手?)


ペラペラと喋る相手に対して、無言のまま照準をその者に当て続ける遼太郎は、あるワードに引っ掛かる。


「今は、時機が悪かったとして諦めよう。ちょうど貴様の援軍も来ているようだしな」


「え?」


その者の言葉に、遼太郎が疑問を口にするのとほぼ同時に遼太郎の後ろ、つまり東の方向から馬蹄と多くの足音が聞こえ始める。


「だが、少年よ。我は確かに貴様を消すために動き、この先もそうする。だがな、そう簡単に自分だけが狙いであると決めつけないことだな……」


そう言って、その者は大木の陰に消えていく。


「ふざけんな!逃がすか!」


急にいなくなった灰色布の者を追いかけて、遼太郎が消えた大木の裏を確認するも、すでに姿を眩ましていた。


「いったい何なんだ…」


一人残された遼太郎が言葉をこぼす。


そして、先ほどの者が言っていた言葉を一つ一つ思い返していく所で、


「お頭ぁーーーーーー!!」

「遼太郎様ー!ご無事ですかー!?」


聞きなれた少女たちの声が遼太郎を思考の外へと戻す。どうやら、先程の援軍とやらの先頭で案内していたのは彼女達であったようだ。


「ひよ!ころ!無事だったか!?」


声の掛けられた方向に振り替えれば、そこには先ほど先に逃がしたひよ子と転子がこちらへ駆け寄って来ているところであった。


「ううー、怖かったですよぅー!」

「あはは、ひよ逃げてる間も怖がってたもんね」


二人の雰囲気に、先程までの攻防が嘘であったかのような印象を受ける遼太郎。



そして、二人に率いられた部隊の長がこちらにやってくる。


「一悶着あったようだが、どうやら無事なようだな。小僧」


鬼から逃げる際に飛び込んだために、汚れた遼太郎の様子を見て、壬月がそう声を掛ける。


「敵を追い払う一押しになりました、助かりましたよ。壬月さん。」


「うむ、久遠様より手を貸してやれとの下知を与えられてな。役にたったなら良かった」


そんなやり取りを壬月と遼太郎はかわす。



そして、遼太郎が思い付いたかのようにある少女の所在を確かめる。


「そうだひよ、竹中さんはどこにいる?」


「はい、こちらですよ。お頭」


ひよが探していた張本人の手を引いてやって来る。


「お陰さまで大事ありません。……ですが私は…さらわれてしまうのでしょうか?」


詩乃が感謝を口にするとともに、遼太郎に質問をしてくる。


「ああ、約束しただろ?君を迎えに行くって。もしかして信じてなかった?」


「いえ、そうではないのです。ただ、己がここまで求められるとは思っていなかったので……」


「そうなのか、見る目がないんだな。美濃の人たちはさ」


こんな才のある者を勿体無い、そんな風に遼太郎は考えてしまう。遼太郎としては何気ないこの言葉でも、詩乃にはとても響いたようであった。


「美濃に限らず、私のような物はどこへ行っても同じような扱いを受けるものだと思っていました。なのでそのように仰ってくれること、大変嬉しく思いますよ」


揺れ動く前髪の間から覗く詩乃の表情から、喜びの色が見てとれる。そんな様子に遼太郎も一安心していると、彼女が様子を改める。


「あなたは、及川遼太郎殿であらせられる。田楽狭間に突如舞い降りた謎のお方」


「ああ」


詩乃の言葉に遼太郎は頷きで返す。


「織田殿に拾われ、夫となる契りを結び、先日の墨俣築城の際も、大胆な作戦と行動で中心となり活躍。………と言う所までは存じています」


詩乃の言葉はさらに続く。


「ですが、わたしは貴方様のことを全く知らないのです……」


(知っているけど何も知らない、か…)


詩乃の言葉に遼太郎は考える。

そして、


「ならさ、これから俺のことを隣に立って知っていけばいいよ。噂としての俺じゃなくて、詩乃が直接その目でさ。だから、俺と一緒に来て…くれないかな?」


そう言って遼太郎は、詩乃に手を差し出す。


それを見た詩乃は、

「ええ、遼太郎様。我が才のすべてを懸けて貴方に尽くすことを誓いましょう」

と言って、遼太郎の手を取ってくれるのであった。


「ふふっ、あの時の言葉を信じて逃げてきた甲斐がありました……」


遼太郎の手を取りながら、詩乃が嬉し涙を浮かべる。


「それは嬉しい限りだよ。これからどうか頼むよ」


「はいっ!」


こうして、竹中半兵衛重治こと、詩乃が及川隊への所属が決まるのであった。






ーーーーーーーーーーーーーーー





「そう言えば小僧。久遠様より結菜様も一緒に行動していると聞いたのだか………」


一連のやり取りが落ち着いた頃、壬月が遼太郎に聞いてくる。


「ああ、そうだよ。さっき鬼との急な遭遇で戦闘になって、俺が囮になって鬼を誘導してきてたんだ…けど……」


遼太郎が壬月にその経緯を説明すると同時に、何か引っ掛かることを覚える。


「それじゃ、その結菜様を探しに行かなければならんな。小僧、案内してくれ」




「ああ……」




何か、何かをを忘れている、そんな感覚に襲われる遼太郎。当初の目的の詩乃を迎えに行くと言うのは果たしたのだ。壬月の言う通り、結菜を探すために彼女と別れた地点まで案内しようとした時であった。




『だが、少年よ。我は確かに貴様を消すために動き、この先もそうする。だがな、そう簡単に自分だけが狙いであると決めつけないことだな……』



遼太郎の頭の中に、暗灰色の布を被ったあの者の言葉が蘇る。



そして、遼太郎は自分の過ちに気が付く。


「壬月さん!すぐに帰蝶の捜索に出てくれ!帰蝶が、結菜の身が危ない!!」


遼太郎が声を荒げて壬月に言う。


「な!?小僧、落ち着け、何があったんだ。それでは何もわからん」


「結菜が、結菜が鬼に狙われてる……」


「「「そ、そんなっ!?」」」


遼太郎の突然の言葉に、話し相手の壬月だけでなく、その場にいたひよ子や転子までも驚きを見せる。





そうして、遼太郎たちは壬月の連れて来た百人近くもの柴田衆の力を借りて、森の中全体までに捜索範囲を広げて結菜を探すも、ついに結菜を見つけることは出来なかった。



そしてその代わりに、遼太郎と別れた結菜が逃げ込んだであろう方向の森にはそれは見つけられた。




「これは…結菜の……」




結菜がいつも付けていた髪止めが、大木の根本に落ちていた…













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