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答え合わせ


計画を聞いた面々の中で、シンだけがずっと反対していた。

レインハルトは、一番小さい頃から仲が良く、誰より信頼しているこの友人が、ことアーリアに関することだけは反対し続けることにひどく憤った。


「せめてもう少しだけ待てよ!今急いで階段の件も調査してるんだ、証拠もないのに大勢の前で彼女を貶めて、もし冤罪だったらどうするつもりだ!」


「罪を償わせるのは、確たる証拠がでてからでもいい。俺は、一刻でも早くあいつとの婚約を破棄したいだけだ」


「どうしてそんなに頑ななんだ!一度だってちゃんと、彼女と話し合ってみたのか?!」


「話なんてしてどうする!!どうせあいつは……っ。

意味ないんだよ、今更話したところで。疑惑があがっただけでも問題だろう、正妃としてはふさわしくない!身分を傘にきて他の者を虐げるものより、リリアのような….…」


「だから、何度も言ってるだろう!カトライズ様が、本当に身分の低いものを虐げたりしていたのか?お前はその様子を実際に見たのか?!だいたい疑惑があがるなんて王族でもよくあることだろうが!それだけで責めるわけにはいかないだろう?!」


シンの真っ当な言い分に一瞬言葉が詰まり、それでも抗う気持ちからカッと頭に血がのぼった。


「……っもうほっといてくれ!!多くの者が証言している、アーリアはそういう女なんだ…!俺はもうあいつとの婚約はつづけていられない。あいつと婚約していたってつらいだけなんだ、苦しいだけなんだ、あいつは絶対に俺のことなんか見やしないんだから!リリアにそばにいてもらう方がずっと良いんだ!!」


もはや自分がなにを叫んでいるのかも考えられなかった。

ただ、その言葉を聞いたシンが、突然虚をつかれたような顔をして。


ついで眉根を寄せて考え込むと、最後に、静かに問いかけた。



「………本当に、それでいいんだな?」



ああ、と答えた声が掠れていた。

シンは、なぜか悲しげに目を伏せると、それ以降なにも言うことはなかった。





最初の頃から、調査は続けてたんだ。


歩きながら、シンが語った。俺のツテだけじゃどうしても時間がかかってな、結局ほぼ学年全員に話を聞いたよ、と。


全裸にマント一枚という心許ない格好に、せめてもとシンが貸してくれた靴。とても王太子とは信じられないような姿で、まだ日が高い森の道を踏み締める。


「…………それで、どうだったんだ」


本当はもう、わかっていた。

その話の帰結が、どこに向かうのか。


「ハッキリ言えば、事実無根だ。目撃者だとあのとき名乗りを上げたやつら以外は、誰一人、カトライズ様がリリア嬢を責めているどころか、話しているところすら見たことがなかった」


「…………目撃者たちは、リリアと繋がっていたか?」


「そうだな。目撃者の男がリリア嬢に懸想していたことは、周りから見て明らかだったらしい。女たちの方は……トーベルク家は、商会をひとつ抱えているんだが、その取引先である繊維工場のひとつがダリア嬢の実家だった。取引を停止されたとしたら、その打撃は計り知れない。男爵自身は知らないだろうが、リリア嬢がそれを元に脅し…お願いしたようだな。レアンダ嬢の方も、似たようなものだ」


そっちは、レアンダ嬢の幼馴染みの家が、取引先だったみたいだが。

シンは、地面を見つめながら苦い声で吐き出した。


どうして言ってくれなかったんだ、とは、言えなかった。

あのとき散々「冷静になれ」と説得してきたシンの言葉を、なに一つまともに受け止めなかったのは自分だ。

もしあのとき同じ話をされても、全て聞き流していたことだろう。実際に聞き流したのかもしれない。


「階段での突き飛ばしに関しては、もうあの場でカトライズ様が釈明されたけど……実は、記録も探していたんだ」


記録とは、最近導入された記録用魔道具のことだろう。魔道具の範囲内にある様子を、一定期間保存して投影できるもので、防犯の観点で学園にも複数箇所設置されることになった。


試験的な導入で、ひとまず一般生徒にはその試みを公開していない。リリアも知らなかったことだ。


「屋上庭園前だけじゃなくて、学園中の階段近くの記録を虱潰しに探したけど、その日、どこにも突き飛ばされて転んだ令嬢なんて写っていなかった」


「……自作自演、か」


「おそらくな。……ならず者たちに関しては、残念ながら俺の権限じゃ家捜しすることもできないし、依頼書の類は見つけられなかった。真偽のほどは、わからない。ただ……」


「ああ…」


助け出したタイミングや、抵抗の跡すら見られないリリアの外傷の無さ、捕まった者たちがあまりに早い段階でアーリアの名前をだしたこと、これまでの嫌がらせ全てにアーリアが関与していなかったことや、人格的に問題があってはならないとされる国家魔法士の資格を有していることを考えても、


「自作自演なんだろうな、きっとそれも」


自分の間抜け具合に嫌気がさす。少し考えればわかることなのに、考えることを放棄していた。


「本当は……薄々わかってたんじゃねぇか?」


「…………」


風が吹いて、ザワザワと木々が鳴る。


「………いや、何もわかってなかったさ、あのときまで、本当に」


しばらく二人は黙々と歩を進めた。アーリアが時々チラッとこちらを伺って、無事ついてきているか確認している。そんな姿も、はじめて見た。


昨日から、見たことのない表情ばかり。



ーー『落ち着きなさい、この馬鹿っ!!!!!』



叫ぶ彼女の声が、今でも鮮明に蘇ってくる。


恋しかったはずの人も、親しみを感じていた友人も、長く傍にいた側近も、皆が自分を嫌悪し敵意を向けてきた中。突然目の前に現れたかと思えば、化け物じみた自分の姿をその金色の瞳に映し、真っ直ぐにこちらを見てきた。


衝撃、だった。


荒げる声をはじめて聞いた。

瞳の中に、自分が居た。

焦る姿をはじめて目にした。

その手がはじめて自分に触れた。

くずれた口調ではじめて話した。

震える肩をはじめて抱いた。


満面の笑顔をはじめて見せた。


怒る彼女と言い合いをした。

率直な気持ちをはじめて聞いた。

遠慮ない言葉にはじめて打たれた。

はにかむ表情(かお)も、はじめて見た。


はじめて彼女が、自分と同じ、年相応の少女に見えた。


ーーただの少女に。




「……とにかく婚約破棄できればいい、って、言ってただろ」


その言葉に、ハッと意識を戻す。


「ああ……そうだな」


自分で言ったことなのに、聞いてズキンと胸が痛んだ。


「だから、一旦は様子を見ようと思ったんだ。でも、もしカトライズ様が罪に問われるようなことがあれば、レインがなにを言おうと、俺は彼女の無罪を主張するつもりだった」


「……実際、本当はあのあと、言おうと思ってたろ」


シンは、目を丸くしたのち、「バレてたか」と苦笑した。


「話がまとまったらな。婚約破棄だけでも傷がつくと言われてるんだ、せめて名誉は守らなきゃ、あまりに申し訳ないだろ」


あのときは、そんなシンの目論見など全く気がついていなかった。でも冷静になってみれば、すでに情報を掴んでいたシンが、あのままコトを終わらせただろうとは思えない。


この友人は、男の自分から見ても誠実で、真面目で、良い男でーーー敵わない。


「……そもそも婚約破棄をやめさせようとは、思わなかったのか?」


捻れた気持ちがつい口をでた。なにを言ってるんだこいつは、という呆れ顔で「言っても聞かなかったろ」と返ってくる。


「それに、そもそもカトライズ様は、婚約にこだわってなさそうだったしな」


続いた言葉は、見事に刺さった。


「………やっぱり、そうだったんだな」


ずっと、正妃という立場に執着していると思っていた。絶対に婚約破棄には応じないと。なぜそう思っていたのかと言えば、リリアの発言に引き摺られていた感は否めない。「あのアーリア様が」の発言である。

加えて、自分の願望もあったのだろう。婚約破棄などしない、そう抗ってほしかった。


しかし蓋を開けてみれば、彼女は至極あっさりと婚約解消を受け入れた。


「お前は……俺より遥かにちゃんと、彼女を見ていたんだな」


「………どちらかというと、レインが冷静じゃなかっただけじゃないか?」


どちらにせよダメじゃないか。自然、表情が苦くなる。


「俺はすっかり、リリアに、夢中になっていたから……な」


引き絞るようにでた自分の言葉を、自分で噛みちぎりたい衝動に駆られる。思わず呻き声が漏れた。


「いや、むしろ」


だが、次の瞬間ーー


「お前は、いつだってカトライズ様のことに関しちゃ、冷静じゃなかったろ」




出会ったときから。




いつからお前は、俺のことを見抜いていたんだ。俺以上に。レインハルトは全身の力が抜けてしまうのを感じた。


「だから、何度も言っただろ、冷静になれ、って。……結局今でも、無理そうだけどな」


「………うるさい」



それでもまだ、それが意味することは何なのか。

答えをだすにはもう少し時間が欲しいと思った。

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