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森の中で2



シン・ガルデンシアという青年に対して、アーリアは好感を覚えていた。


個人的に話したことは数えるほどしかないが、実直で誠実な人柄であることが、その穏やかな眼差しから感じられた。


レインハルトがリリアと一緒にいる姿をアーリアが見かける度、側に控えているシンは、すまなそうに頭を下げた。主人を止めることができずに申し訳ない、そんな気持ちの現れだったのだろうと思う。


背の高さとガタイの良さは、さすがは騎士といった風貌だが、人懐っこい笑顔を見ると

「まるで大型犬のようだなぁ…あれだ、ゴールデン・レトリバーだ」と、ちょっと微笑ましかった。


会場での婚約破棄騒動の間も、宰相子息や側近たちとは異なり、決してアーリアを睨みはしなかった。


レインハルトとともにくっついている面々は、全員リリアの取り巻きだと揶揄されていたが、シンだけは違ったのだろう。


彼は、意外にも俯瞰的に物事を見ることのできる人物と思われた。



ーーと、いう、それらの総評から、アーリアの中では断然レインハルトよりシンに軍牌が上がった。



「そんなわけでガルデンシア様、ちょっと後ろのボタンとリボンを外していただけません?」


「いや、どんなわけで?!」


目覚めて最初に思ったことは、「あー身体だるいなー」と「そういえば私まだドレスじゃん。うわ、ぐっちゃぐちゃ」であった。


替えの服は巾着袋に入れているが、夜会用のドレスはとにかく着替えにくい。いつもは侍女に手伝ってもらうわけだが、今はそういうわけにもいかず、せめて後ろだけでも外してもらえればなんとかなるだろうという状態だ。


「着替えるんですよ。いつまでもドレスじゃいられないじゃないですか。後ろだけ外してもらえれば大丈夫ですから」


そう伝えれば、二人は顔を真っ赤にしてパクパクと口を動かした。


「おまっ、おま、なにを……!」


「むむむむ無理ですよそんな!!」


「あ、ちゃんと仕切りはしますよ、ほら。目の前で着替えたりしません」


巾着袋から大きな布を取り出し、木の枝に数カ所括り付ける。即席仕切りの出来上がりだ。さすがに衝立までは持ち歩いていないため、多少心許ないが仕方ない。それでもちょっとした試着室のような、テントのような形にはなった。


「そ、そういう問題じゃない!!て、転移できるなら、自室に戻って着替えてくればいいだろう?!」


案外初心(うぶ)な反応をするレインハルトに、アーリアは静かに返した。


「殿下、昨日のあれは紛れもないクーデターです。国王陛下が病床におり、殿下が行方知れずとなれば、ロイラハルト第二王子が一時的に実権を握った可能性があります。……本当に彼が王族だと認められていれば、ではありますが」


「…………」


真面目な口調で話すと、さすがに二人も口を引き締め、聞く態勢をとる。


ヴィクトリア国国王は、ここ一ヶ月ほど前から体調を崩している。きっかけは、王妃様が亡くなったためではないかと言われていた。


この国は基本一夫一妻制で、国王のみ側妃が認められてはいたが、ここ数代の国王は王妃一人を大切にする愛妻家として有名であった。現在の国王は、レインハルトたちを産んだ最初の王妃様が亡くなってから数年間、正妃の座は空席としていたが、王子が一人という状況を危惧した臣下たちの説得により、十年前に後妻を娶った。


しかし結局のところ、その後王子が生まれることはなく、娘が二人生まれたのみ。

そして二ヶ月前、ラベリンダ領へ避暑にでかけられた道筋で馬車が崖から転落し、亡くなられたのだ。


王弟殿下はというと、元々がかなりの自由人かつ芸術家肌だったらしく、レインハルトが生まれた時点でこれ幸いと王位継承権を放棄し、国外へ旅立ったと聞いている。一説によれば、海を渡った向かい側のレレーア大陸にて彫刻家として大成した、と言われているが、実際のところは不明である。


王子が生まれないことに焦った国王が、ここ数年その行方を探していたそうだが、見つかったという話は聞かない。


そのため、つい昨日まで、現在王位継承権をもつのはレインハルト王子だけだと思われていた。


ーーそこへ、突如出現した、第二王子という存在。



もし、本当にあの男が、かつて死んだとされていたロイラハルト第二王子だったとしたら、レインハルトが追いやられた今、他に王族としての実権を握れる人物がいないことになる。


国王陛下が回復すれば事態はまた変わってくるが、このクーデターのタイミングを考えると国王に毒が盛られていたなどという可能性すらある。

現在はまだレインハルトが王太子であることに変わりないが、国王が目覚めた時点ですでにレインハルトが亡き者になっていれば、ロイラハルトの王位継承権を認め、王太子とせざるを得ないだろう。


なにより、彼は姿形がレインハルトにそっくりだった。王族としての血筋をあきらかに感じさせる風貌で、兵を指揮し、民を守ったのだ。国王が目覚め、レインハルトが王城へ戻ったところで、多くの者はロイラハルトを支持するかもしれない。


いったいこの筋書きは、いつから用意されていたものなのだろう。



「そんな中、私があなたを連れ出したことは公然の事実。ロイラハルト殿下も、あの一件で私に対して警戒心をもったでしょう。国王陛下の判断を待たずに、カトライズ家へ対してなんらかの沙汰を下すことはできない、とはいえ、当然その動向は見張られていると考えるべきです。


ウチは、多少のことでは揺らがない経済力も兵力も持っているので、家族の心配はしていませんが、あちらの出方がわからない以上、しばらく接触は控えた方が賢明です。


私も、なるべく家族を巻き込みたくはありませんしね」


そう話を締めると、レインハルトは「浅慮な発言だった。すまない」と目を伏せた。

きっと彼も冷静になればそんなことぐらいは考えたはずだが、昨日からの唐突な事態の急変に加え、アーリアの「着替える」発言で動揺したのだろう。


アーリアも小さく頷き、謝罪を受け取った。


「そんなわけで、私はここで着替えますから、手伝ってください」


「いいいいやいやいやいや!」


「もう!まだ何か文句があるんですか?」


アーリアはそろそろ面倒になってきた。早くコルセットも外して、ラクな格好になりたいのだ、だんだんと苛々さえしてくる。


「どこか他に場所はないのか!」


「むこうの協力者がどこにどれだけいるかわからないのに、迂闊に行動できませんよ!」


「この森には来たじゃないか!」


「苦肉の作です!私が訪れたことがある場所で、国境近くかつ王都からなるべく離れた、常時誰も住んでない場所はここくらいしか思い浮かばなかったんです!」


「じゃあ、ま、魔法でなんとかだなぁ…」


「正直私まだ身体だるいんですよ。必要なことならまだしも、不必要な魔法は極力使いたくありません。こんなのサクッと外してもらえればすぐ済むんです!」


二人の言い合いが続く中、シンはひとり苦笑いしていた。が、やがて火の粉を浴びる。


「だったら、せめてどうしてシンなんだ!俺は、」


「も、と、婚約者です!元!今は何の関係もないんですから、口出さないでください!」


「ぐっ……て、手続きはまだっ」


「こんな時だけ婚約者面ですか?!いい加減にしてください!私が、殿下よりガルデンシア様の方がいいんです!」


「え!!!!」


思いがけない発言にシンが目を白黒させ、レインハルトの顔色はサッと青くなった。


「まま、まさか、おおお前らそういう関係っ」


「バッカじゃないですか?!殿下じゃあるまいし!!!私はそんな節操なしじゃありませんよっ!!!」


「うっ…」


これにはさすがのアーリアも怒り心頭だ。

もう言葉に遠慮もなくなっている。


「目の前で女とイチャついていた下心丸出しの男より、ずっと紳士的で優しい騎士様の方が良いに決まってるでしょう!殿下にボタンを外してもらうなんて気持ち悪くてできません!!」


「そ、そこまで言わなくてもいいだろぉ……」


レインハルトはついに涙目になり、ガックリと崩れ落ちてしまった。

慌てたのはシンである。


「い、いや、しかしカトライズ様!さすがに俺……私も、ご令嬢の服を脱がすことは…!」


「誰が脱がせと言いました。ボタンとリボンを外すだけです」


冷静に返され「あっ…」とシンの顔が赤くなる。


「コルセットをつけてますから、肌を見せることにはなりません。どうしても外聞が悪いと言うなら、お二人が黙っていてくれれば良いことでしょう?人避けの術もかけてますし」


とにかく早くラクな服装に着替えたいんです、と苛々した気持ちを隠すことなく続ければ、シンもついに観念した。


「………わかりました、お手伝いさせていただきます……」


「シン……!」


見捨てられたような顔をするレインハルトには少々気の毒だが、正直アーリアに散々嫌われるようなことをしてきたのは自業自得だという思いもほんの少しあって、シンはレインハルトの視線を振り切って仕切りの中に入っていった。




その後、アーリアは簡素な白シャツに薄茶色の上着を羽織り、裾にいくにつれて幅が広くなっている茶色のズボンに着替えた。仕上げにヒールのないブーツを履き、髪を両耳の下でゆるい二つ結びにする。


身体の締めつけがなくなって、ようやくほっと息を吐いた。脱いだドレスは巾着袋に仕舞っておく。本当は清浄の魔法をかけたいところだが、身体が整ってからにしよう。


「すみません、お待たせ致しました」


サッと仕切りにしていた布を開けて姿を現したアーリアに、二人は言葉を無くした。


「………かわいい」


「あら、ありがとうございます、ガルデンシア様」


「あっ」


口に出したつもりはなかったのだろう、シンは慌てて腕で口を押さえたが、もう手遅れなことに気づき、「…お似合いです」と恥ずかしそうに笑った。


え、なにそれちょっときゅんとする。


思わずアーリアもはにかんだ。

一連のやり取りを見ていたレインハルトは、ぶすっとした表情になり何か言いたげに口をモゴモゴと動かすも、結局はただ「お前、そんな格好もするだな」と無難な感想だけを溢す。


「ああ、わりとよくしますよ」


「だが、平民の服じゃないか」


「それが何か?」


「……………」


まさか、平民の服を着るなど信じられないとでも言いたいのだろうか。そんなことではこの先やっていけない。


「殿下たちも着るんですよ?平民の服。隣街まで行って買いましょう」


「いや、それは構わないんだが…」


「じゃあ、何が問題なんです?」


「……………いや、何でもない」


煮え切らない様子に首を傾げたが、それ以上何も言わないようなので、気にしないことにする。それより、今後について話さなければ。


適当な木の根に腰をおろすと、二人も自然とそばに座り込んだ。

レインハルトは間違っても身体が見えないよう、マントを内側から握り込んでいる。そうだよね、下、全裸だもんね。


「とりあえず、この山を越えれば向こう側に小さな街があります。そこで必要なものを買い込んで移動しようと思うのですが、お二人はこの先のことをどうお考えですか?」


「うむ。……ここは、デラントの外れだと言ったな?」


「はい、そうです。街まで降りれば、隣のゴートン領ですね」


「……国境を越える、関所があるな」


ああ、確かに。シンが肯きながら、でも、と続ける。


「関所を抜けるための許可書がありませんよ。商団でも探して紛れますか?」


「ううむ…」


あれ、なにを考え込む必要があるんだろう?と疑問を感じたところで、二人に言っていなかったことを思い出した。



「そういえば私、国家魔法士なんですよね」



「「ーーーはぁああ??!!!」」


わぁ、うるさい。耳にキンと響くほどの大声に、つい両手の平で耳を抑える。

けれど二人がそんな反応をすることも仕方ないのだろう。ただの公爵令嬢が国家魔法士の資格を持っているとは、普通、到底、考えられないからだ。



一次試験、二次試験、研究論文の提出とその内容、全てに合格した上で元老院三名による面接を受け、そこで認められた者にのみ与えられる国家資格ーー


それが、『国家魔法士』。


およそ一年の期間をかけて、その試験は行われる。


大から小まで様々ある国家資格の中で、最高難度を誇るその試験は、毎年一人合格者が出れば良い方だと言われている。五人合格すればその年は豊作と言われ、合格者ゼロの年も多い。


今は使われていない古代魔法から、近代に至るまで、ありとあらゆる魔法に関する知識を有し、またそれを正しく使いこなさなければならない。一歩間違えれば簡単に命を脅かしてしまうのが魔法だ。それゆえ禁忌や制限、条件なども多く、その全てを網羅する必要もある。


さらに独自の研究をもってして国家に貢献していると証明しなければならず、人格的にも問題があってはならない。(とはいえ人格に関しては、聖女のような人柄が求められるわけではなく、あくまで、決して禁忌を犯さない等の正常な判断が行え、その賢明さが伺えれれば良しとされている。多少の性格の難には、目を瞑ってくれるらしい。ちなみにこれらは、適性検査用の魔道具と面接の両方をもって判断が下される)


資格を得たとしても、その後は定期的に監査が入り、研究成果の提示が求められる。進歩がない、あるいは人格的に破綻したと判断されれば、資格の更新ができず、場合によっては永久的に剥奪されることもある。



そうまでしても、試験を受ける人があとをたたないのは、もちろんその分だけのメリットがあるからだ。



まず、国家魔法士となれば、毎年国費からある程度の研究資金を与えられる。研究内容によって予算の上下はあれど、イチ個人では賄えない額であることは確かだ。


その上、国家魔法士となれば引く手数多で、職に困ることはない。受験資格に身分は関係ないため、適正さえあれば平民からの成り上がりも可能である。ただし勉強できるだけの環境が必要なため、平民出身者は貴族よりも少ない。が、しかし、いないわけではない。


その他も、王城保管図書の閲覧権限や、国立施設の無料利用など様々な特権がある中、今回アーリアが使用したい権限は、「国境越えの許可」である。


国家魔法士は、その資格を示すプレートを提示するだけで、面倒な手続きをすることなく同盟国への行き来が許可されている。つまり、許可書が必要ない、ということだ。


資格保有者は研究のために他国へ訪れる必要があると見なされ、監査の時期に王都へ戻りさえすれば、あとは自由に行き来ができる。


ただし監査を一度でも放棄すれば、その場で資格は取り消しだ。


なぜならば、これは、優秀な魔法士が他国へ流出することを防ぎ、その研究成果をもって国を発展させるための制度だからだ。(大変貴重なその人材を確保したいため、もしもの際には、戦に駆り出されるどころかむしろ保護の対象として丁重に扱われる。こちらは特権として明記はされていないものの、暗黙の了解と言えるだろう)


監査は毎年行われることもあれば、数年に一度行われることもあり、時期の予測はつかない。やむを得ない場合のみ監査時期の変更を希望できるが、それには国王陛下による許可が必要となる。


もし監査にて不合格とされ、資格の更新ができなかった場合は、次の監査まで特権の使用が禁じられ、もちろん研究費の支給もない。次の監査を合格すれば更新が可能だが、監査で三度不合格になれば、資格は取り消し。再度最初の試験から受け直さなければならないという厳しさだ。




そしてアーリアは、つい先日二度目の監査を、無事通過したところである。




「だから、国境越えに関しては、何の問題もありませんよ」


事もなげに言ってのけたアーリアに対し、二人はしばし呼吸すら忘れて、フリーズしていた。


レインハルトがこてんぱんにやられました。


シンがボタンを外している間中、仕切りを睨んでいました。


ちなみにアーリアは前世、環境上男兄弟や男友達が多かったのでわりと無頓着です。ぶっちゃけキャミソールと短パンさえ着ときゃいいやん、とすら思ってます。(今世のご令嬢ルールも知っているので、さすがに実行にはうつしませんが)

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― 新着の感想 ―
[一言] 国家魔法師って、国家錬金術師(byハガレン)みたいですね。 だからどうしたと言われてもアレですが……。
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