森の中で
「ここは…森ですか」
シンが恐る恐る目を開き辺りを見渡した。
「…はっ…はぁ……デ、デラントの……っ…外れの森…」
あまり先程までと変わらない木々ばかりの風景に疑問を抱いたようだが、実際には王都から馬車で丸二ヶ月はかかるほど離れた、国境近くの森である。
「……うっ…」
「!……アーリア!」
無事転移したことに気が抜けたアーリアは、フッと気が遠くなる感覚を覚えた。崩れ落ちる身体を咄嗟にレインハルトが受けとめる。
「おい…!」
「大、丈夫……徐々に魔力は発散…する…から……」
レインハルトの魔力を吸い込んだことで、一時的に魔力過多症のようになっているだけだ。他に影響を与えない程度に少しずつ魔力を発散すれば、明日には落ち着くはずである。
それよりも、気絶してしまう前にすることがある。
アーリアは力の入らない腕を懸命に動かし、ドレスの裾を持ち上げた。
「え、おい、ちょっ…」といううわずった声が聞こえるが、気にしていられない。
レインハルトは、動揺しながらも受け止めたアーリアを離すことができず、その肩を抱きながら目だけ必死に逸らしていた。
「……ん、…これ……あけて……」
コルセットの一部に引っ掛け、ドレスの内側に仕舞い込んでぶら下げていた巾着袋を、ビッと引っ張り取り外し、レインハルトに渡す。
「あ、ああ…そういうことか…」
巾着袋を受け取ったレインハルトは、そっとアーリアを地面におろし木にもたせかけると、その口を開いてアーリアに見せる。
「………これ…と、これ………あとこれとこれ…を、……っ…これも」
霞んでいく視界の中でお目あてのものを探し出し、どうにかレインハルトに押し付ける。この巾着袋には空間魔法をかけているため、見かけと違い中には広大な空間が広がっている。
アーリアがレインハルトに手渡したのは、現在持っているだけの魔力制御用魔道具。
元々レインハルトがつけていたものは特注だろう。あれだけの魔力を抑えることは通常の魔道具一つではできないと考え、あるだけのものをとにかくたくさんつけてもらう。
今は一旦アーリアが魔力を吸い込んだが、回復すればまたレインハルトがあの姿になってしまう可能性が高い。
加えて、男物の服はないので、とりあえずフード付きの簡素なマントを取り出した。
魔力を完全に抑えて人間の姿に戻れば、彼は結局のところ全裸だからだ。
「………なるほど。すまない、恩にきる」
サッとマントを羽織り、渡された魔道具を次々とつけていけば、レインハルトの角がなくなり、鱗が消え、ただの青年の姿へと戻っていく。
「ルントレンラ………ピデエビデ……ヒアノル……」
普段は無詠唱でかける中級魔法も、集中力が足りず、仕方なく詠唱しながらなんとかかけていく。
えーっと、えーと、あとはなんだっけ。これくらいかければ大丈夫だっけ。……ああ、さすがにもうダメそう。魔力吸いすぎたなぁ。……なんでこんなやつ助けたんだっけ……頭、働かないーー……
最後に獣避けの呪文を唱えたところで、ついにアーリアは気を失った。
「………カトライズ様って、何者なんだ」
シンが、自身の上着を脱いで地面に広げ、気を失ったアーリアをそっとその上に寝かせながらレインハルトに尋ねた。
「転移魔法……って、そうできることじゃないよな」
「ああ。…それに、無詠唱魔法も…。お前の怪我を治癒したのも彼女だ。俺の膨大な魔力も吸収してるし…」
二人は、目の前で静かな寝息を立てる少女を見つめた。普段は凛としたその表情も、寝ている間はどこかあどけない。
「学園ではそんな話、聞かなかったよな」
「成績は優秀だったが、突出した話は聞いていない。あんなに身体能力が高いとも知らなかった。あんな風に……」
……笑うことも。
ポツリと聞こえた言葉はひとり言のようだったので、シンはあえて返事することなく、野宿の準備をはじめた。
他から吸収した魔力は、発散すればそのまま身体から出ていきますが、自分の魔力に関しては、発散しても変わらず身体の回復とともに補充されていくため、レインハルトは魔力制御装置で抑えていました。
保有できる魔力の容量は人によって違いますが、容量を越えすぎると身体に負担を与えます。
アーリアの容量は大きいのですが、それ以上にレインハルトの魔力が膨大でした。