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逃避行のはじまり


突然目の前によく見知った少女が現れたレインハルトは、目を見開いて動きを止めた。

その隙を逃すまいと、アーリアはレインハルトの頭を抱え込むように抱き締める。


「ナッ…二ヲ……」


ーー吸い取れ、吸い取れ、吸い取れ、吸い取れ……!


レインハルトが明らかに動揺しているが、気にしている場合ではない。

暴走してしまっている彼の魔力を、自身の体内に誘導し、吸い取っていく。


強大な魔力を一気に取り込むことで、アーリアの身体が重く、きつくなっていくが、それでも吸い込み続ける。


ーー吸い取れ、吸い取れ…!まだ、もう少し……!


だんだんとレインハルトの身体が縮んでいく様子に、やはり間違ってはいなかった、とアーリアは安堵した。


おそらく、ロイラハルトが外したのは魔力制御の腕輪。

レインハルトは自身の膨大な魔力をその腕輪で抑えこんでおり、それが外されたことで魔力暴走を起こしたのだろう。


そうは言っても、このような姿になることは通常ありえず、それにはまた別の問題が絡んでいるのだろうが……それでも、一旦は魔力を吸い込み抑え込むことで、彼が落ち着くことには一役買ったらしい。



「なんで……お前………」


まだ体中鱗だらけではあるが、大きさは通常時に戻り、羽の無くなったレインハルトが、アーリアを見つめた。


「いいから……っ、とにかく逃げるよ……!」


「えっ……!」


重たい身体を叱咤してレインハルトの腕を掴むと、会場の奥へ駆け出した。




ロイラハルトは、視界を塞ぐ爆炎に苛立ち、「ちっ」と舌打ちすると自身の風魔法で一気にその煙を切り裂いた。


もやが晴れた向こう側に、レインハルトの手を取ってテラスへの扉をぶち壊す少女の姿が見える。


「くそっ、逃すな…!」


怪物が突然姿を消したように見えたのだろう、何が起こったのかわからず未だ混乱している兵たちを叱咤する。


追ってテラスへ飛び出す騎士。

さらにそれから一拍遅れて、兵士たちが壊された扉に気付き駆け出していく。




「飛ぶよっ!」


「ぅわぁあ!!!」


アーリアは、迷う間もなくテラスからその身を投げ出した。腕を掴んだレインハルトも否応なしに引っ張られ、真下へ落ちていく。


地面に追突する直前で、風魔法を発動。身体を浮かせ、ふわっと着地させた。


思わず腰を抜かしかけたレインハルトがガクッと体勢を崩すも、息吐く暇もなく「早く!!!」と叫んで引っ張り上げると、引きずるように走り出した。


「とにかく結界の外までは出てしまわないと……!」


独り言のように呟く。


王城内に協力者がいたのか、どうやらクーデターの一環として会場周辺での魔法使用制限は解除されていたようだが、会場を離れると途端に魔法が使えなくなった。

真下で風魔法を使えたのはギリギリ解除範囲内だったのだろうと思うと、ヒヤリと肝が冷えた。


これから先、王城の結界から外にでるまで魔法は使えないと思った方が良い。


植木の影を選びながらも、全速力で庭園内を駆け抜ける。


「待て!!!」

「逃すな!!!!!」


「やっぱくるわよね、追手…」


チラと振り返れば、テラスから飛び降りることのできた数人が追いかけてきている。大多数は出入り口に回っているようで、逃げる客とごった返し、騒然としているようだ。


「こっちだ!!」


突然レインハルトが急停止し、アーリアの身体を引き寄せて高い植木の間へ飛び込んだ。


「ここから先は迷路のように設計された庭だ。追手を巻けるはず。その先に王族用の抜け道がある」


「わかった、案内して」


コクリと頷き、今度はレインハルトがアーリアの手を取って垣根の間を走っていく。

騒がしい声はまだ後方で上がっているが、だんだん遠ざかっていくあたり、追手はやはり迷っているようだ。


「……はぁ…はぁ………ねぇ、その抜け道って、…っ……大丈夫なの……」


息があがる。

取り込んだ魔力による負荷が大きい。

もしその抜け道の先で待ち伏せでもされていたら、今のアーリアにまともに戦うことができるかわからない。


「大丈夫だとは思う。通常、王族用の抜け道はたくさんあるんだが、王位を継ぐまで全てを把握することはできないんだ。兄弟にもそれぞれ別の抜け道が教えられる。


……ましてや、ロイは王城に出入りすらしていなかった。俺が使う抜け道は知らないはずだ」


「そう……」


とにかく今は他に術がない。

そうであることを願うしかないと思い、素直にレインハルトの後をついていくことにした。



やがて庭園の垣根を抜けると、小さな煉瓦造りの薪小屋が見えた。

中に入るのかと思いきや、迷うことなく裏手に回り、古ぼけた井戸に近づく。

その側面に手を当て、ぼそぼそとレインハルトが何かを呟いた。


「よし、行くぞ」


「え、嘘でしょまさか………きゃぁあ!」


狼狽ているアーリアをガッと抱え上げ、所謂お姫様抱っこの状態で、レインハルトは井戸の中へと飛び込んだ。


衝撃に備えて思わずぎゅっとレインハルトの首にしがみつく。

鱗の冷たい感触がして、あれそういえば今こいつ全裸じゃない?とよぎった考えは急いで振り払った。



少しの浮遊感ののちドスン、と着地した先は、水の中ではない。

水浸しを覚悟したため、意外な気持ちで周囲を見渡すと、植物で作られた天然の柔らかマットに受け止められたらしい。


「……枯れ井戸だったの…?」


ついしがみついたままレインハルトの顔を見上げると、思ったより至近距離で目が合い、慌ててレインハルトが目を逸らした。


その顔(とはいえ鱗に覆われていない右半分)がほのかに赤くなっているようにも見えたが、うん、気のせいだろうと、そっと身体を離した。


お姫様抱っこから解放され、立ち上がってパンパンとドレスを払う。

そういえば靴は、いつの間にかどこかで脱いでしまったようだ。(テラスを飛び越えたとき、邪魔で反射的に脱いだ覚えがあるような気がしなくもない)


「……井戸の、ある場所を触れながら合言葉を唱えれば、行き先が変わるんだ。通常の水の中か、抜け道か」


「なるほど、それで何かぼそぼそ言ってたわけね………っ、と…」


「!……大丈夫か?!」


クラッと目眩がして倒れ込みそうになったが、気力でもたせる。

ハァ、と、どうしても息が切れた。身体が重たい。


「……っ…大丈夫…。それより、早く王城の外へ」


「…ああ、わかった。こっちだ」


地下通路と思しき道なりをひたすら進み、何度か分かれ道を曲がったあと、行き止まりに差し掛かった。

その側面の壁を何箇所かレインハルトが叩くと、壁にドアの姿が浮かび上がる。


扉の外は、細い小道の側だった。


「……王城の裏手、かしら」


「そうだ。王城からはもうだいぶ離れているし、ひとまず追手は巻けたようだが、ゆっくりはしてられないな。きっと捜索網がはられる…」


振り返れば、今出てきたドアは小さな岩場にしか見えない。そのようにカモフラージュされているのだろう。


「結界の外、ではあるのよね?」


「ああ」


とにかく一旦隠れて休憩しよう、とレインハルトが促したのは、アーリアの身体が震えているからだろう。


小道には足を向けず、林の中へ進んだ。

しばし歩いて、適当な木の根本に腰をおろす。


「はぁ……はぁ……」


冷や汗が止まらない。

自身の身体を抱きしめるように両手で自分の腕を抱え込み、蹲る。


ーー……早くここを離れなきゃ……とても安全とは言えない…。



結界の外まで出てしまえば、魔法が使える。

しかし、負荷のかかった身体ではなかなか集中ができない。


「待ってろ、今、水を…」


レインハルトが焦りながら蹲るアーリアを支えていると、やってきた方向から、ガサッと草をかき分ける音がした。


「………っ、」


しまった、もう追手が…!


動けずにいるアーリアをレインハルトが背に庇い、音のした方向を睨みつける。


「レイン!俺だ、シンだ!!そこにいるのか……?!」


「シン!」


アーリアにとっても聞き覚えのある声。

姿を現したのは、アーリアがつい先程治癒したばかりの、あの騎士の青年だった。


「ああ、よかった見つかって!いったい何が………って、どうしたんだその姿?!」


レインハルトを見つけたことに心底安心したという様子だが、その全身の鱗や角が見えると驚きの声をあげた。


ーーそういえば、彼は気絶してたからレインハルトの巨大化は見てないのね。


とりあえずは敵意を感じられないことと、他に人の気配を感じないことに安堵する。


「ああ…いや…あとで説明する。それより、水持ってないか」


「え、持ってるが……って、カトライズ様ではありませんか!どうしたんです?!大丈夫ですか…?!」


「ごき……げん……よ…う」


はぁはぁと息切れ切れのアーリアを見て、またしてもシンは目を剥いた。

急いで腰につけたホルダーから小さなボトルを取り出すと、蓋をあけてアーリアに差し出す。


あくまで非常用に過ぎないのだろう、とても小さなボトルに少量の水だが、それでもありがたかった。


ゴクゴクと一気に飲み干せば、少しだけ頭が冴えて、気分が落ち着く。


ーー…気休め程度だけど、ほんのちょっとだけマシ、かな。今のうちに移動しなきゃ。



お礼を言ってボトルを返すと、すぐさまレインハルトに顔を向けた。


「殿下……率直に言って、彼は味方だ、と、思って、…よろしいんですね?」


詳しく話している暇はない。

とにかくこの場を離れるために、彼を連れていくかどうか、その判断だけが欲しい。


そう伝えれば、レインハルトはシンを見つめたあと、しっかりと頷いた。


「ああ。元々シンだけは、この抜け道のことも知っていたんだ。きっと追いついてくれると思っていた」


となると、はじめからあえてシンが知っている道を選んだということになる。余程の信頼があるのだろう。


実際、もし彼がレインハルトを捕らえようとしているなら、モタモタしている間にとっくに拘束されているか、追手に囲まれていてもおかしくない。


アーリア自身学園での人柄も見ているし、このレインハルトの異様な姿を見ても、驚きこそすれ嫌悪は抱いていないようだった。


時間もない。


ーー信じる、ということにする。


「承知、致しました。彼も一緒に……はぁ……っ…連れていきましょう。二人とも、私の手、を、しっかりと、握ってください」


「は?なん…」


「…っ、いいから!早く!!!!」


「は、はい!」


素直なシンがさっとアーリアの手を取ると、レインハルトも訝しげにもう一方の手を握った。


ーー集中しろ、集中しろ。大丈夫、落ち着け。



目を閉じ、体内で暴れ回る大量の魔力の動きに集中する。今この時だけでも良いからと抑えつけ、呼吸を整える。

冷や汗が頬を伝った。


「転移、します」


「「え?!」」


転移魔法が使えることに衝撃を受ける二人を、淡い光が包み込んだ。

この世界では、どの程度のことまでが魔法で可能なのか、通常のレベルはどの程度なのか、というようなことは後々わかってくる予定です。


とりあえず「転移魔法」はそうそうできることじゃありません。


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