#2 年齢
「少年・・・君は何年生なんだい?」
あたしの部屋の机に広げられたドリルを見て、少し驚いた。
「何、少年て。皐月って言ったでしょ。」
「・・・あ・・そうか・・・皐月クン・・・何歳?」
あたしの眼がおかしくないのなら・・・
「まだ誕生日来てないから、12だよ。」
この少年は・・・・中学1年生の12歳だ。
「・・・・若・・・」
確かに中学生かとは思ってたけど・・・
でも3年くらいだと思っていましたよ・・・・・
だって・・・背が・・・
「優さん今高校生だよね?」
「・・・うん。」
「2年?3年?」
「3年。」
「じゃあ18歳?」
「うん。」
・・・・12歳と18歳・・・
6歳も年下なわけだ。少年は。
(・・・・なんだか一気に老けた気分・・・)
「君、背高い方だよね?」
あたしがそう聞くと、
「うん。学年で7番目に高い。」
・・・・少年より背の高い中学1年生があと6人も存在するのか・・・
中学生おそるべし・・・
「優さんも高いでしょ?」
「まぁ・・・普通かな。」
「高いよ。」
「・・・・。」
少年は器用に右手でペンを回しながら、ドリルをパラパラと捲っていく。
あたしも自分の宿題をいったん出し、少しだけ問題を解いてから、少年を見た。
少年・・・皐月クンは、決して悪い顔ではなかった。
線が細くて、瞳が茶色で、眉がクッキリしていて、色が白かった。
(きっと運動部じゃないんだな)
すごい美形とまでは行かないけれど、少年のことを好きな子は1人ではないような顔でもある。
「・・・・・君、あたしが教えなくても出来るんじゃないの?」
あたしがそう問いかけたのにはわけがある。
少年はドリルの問題を一問十数秒くらいのペースでどんどん進めている。
しかも黙々と問題を解いていて、あたしに一言も質問しそうにない。
「・・・・・出来ることには出来るけど・・・」
自慢か。
「でももし分からなかったとき困るじゃない。」
「まぁ・・・そうだけど・・・・」
この少年と話すとなんか疲れる。
・・・・微妙な受け答えしか返ってこないんだもん・・・
「・・・テストいつも何位くらいなの?」
宿題のプリントから目を離さずにあたしがそう聞くと、少年の方もドリルから目を離さずに答えてきた。
「・・・・中間は3位だった。実力テストでは2位になって、期末は6位に下がっちゃった。」
頭メチャクチャ良いんじゃんか・・・
「教えるまでもないじゃない・・・頭良いでしょ、十分。」
「・・・でも僕は優さんと勉強したかったの。」
「何で?」
そういうこと言われると嬉しいじゃないか。
「優さんと久しぶりに会ったから。」
「あたしは覚えてないけどね・・・」
「だからさっきちょっとショックだったんだよ!」
「あぁごめんねー。」
「もう・・・」
少しだけ眉間にしわを寄せて、またドリルを見つめる少年。
(可愛いなぁ・・・)
と思った矢先、少年はあたしが最もショックを受ける行為に走った---・・・
数分くらい、2人とも黙って、頭を働かせていると、少年がいきなり口を開いた。
「ねぇねぇ、優さん。」
「んー?」
「あの写真って優さんの彼氏?」
「はッ!?」
壁に貼ってある一枚の写真。
その写真はまぎれもなく、あたしと彼氏がTDLに遊びに行ったときに撮ったものだった。
捨てようか捨てまいか、迷いに迷って結局あのままの状態の写真・・・
やっぱり捨てておけば良かった・・・
(あんなもの見つけるなよ少年!!!)
どういう反応をしようか迷っているあたしを放って、少年は笑顔で話し始めようとする。
「そうなんだぁ。優さん彼氏いるん・・・」
「別れたッ」
笑顔でヘニャヘニャと笑っている少年にあたしは怒鳴ってしまった。
数秒で我に帰る。
「・・ぁ・・・・」
(馬鹿じゃないの?少年に当たるなんて、ガキじゃあるまいし・・・)
すぐに頭の中で反省したけど、すぐには言葉に出来なくて戸惑うあたし。
少年は驚いた表情をしていて、それが何よりショックだった。
「・・・・あの・・・えーと・・・」
何か言葉を掛けなくちゃ・・・とは思うけど、なんて声をかければいいか分からなくて・・・
「別れちゃったの?」
少年は真顔であたしに聞いてくる。
少年はあたしより落ち着いた人間なのかもしれないな・・・・
「・・・・うん・・・」
「振ったの?」
なんで傷に塩を塗るようなことを・・・
「振られた。」
「へぇ。意外。」
「意外じゃないよ。」
「だって優さん美人だし。振る方かと思った。」
「そんなこと言ってくれるのは皐月クンだけだよ。」
「そうかな?」
「うん。」
「嬉しい?」
「それなりに」
「えー。その反応微妙。」
「うるさい。」
・・・・・一気に気が緩んで、少しだけあたしが涙目なのを少年は気が付いているのだろうか・・・
年下のくせに生意気なことばっかり言って・・・
なんなんだこいつは。
身体からマイナスイオンでも出てるのか。
だから、あたしは、こんなにも少年の傍にいるとホット出来たのだろうか。
それとも・・・
誰かに・・・振られたことを、口に出して言いたかったのかな・・・
(よくわかんないや。)
そのあとも少年はスラスラと問題を解き続け、あたしはそんな少年を時々チラ見しながら、段々と時間は過ぎていった。
「皐月ー。そろそろ帰るわよー。」
そんなおばさんの声が聞こえたのは、PM2:18。
お昼御飯を食べて、また勉強を始めていた時だった。
「もうこんな時間だったんだ。」
少年がボソッと呟く。
少年・・・まだ勉強し足りないのか・・・
まぁ家で頑張ってくれ。
「皐月ー。優ちゃんにお礼言っときなさいよー。」
1階から聞こえてくる、おばさんの声。
少年は「そうか。」と小声で言うと、あたしの方に向きなおり、
「ありがとうございました。」
とペコッと頭を下げる。
「あたし何も出来てないじゃん。別に良いって。」
少し恥ずかしくなって、あたしはすぐに言葉を返した。
そう?と少年は首をかしげながら、頭をあげる。
「皐月ー。早く降りてきなさーい。」
「おばさん呼んでるよ。早く行きな。」
あたしがそういうと、少年は一瞬だけ名残惜しそうな顔をした。
(・・・・気のせいかもだけど。)
「うん。あ、あのさ、優さん。」
「ん?」
「僕とアドレス交換して。」
「ん。良いよー。」
「ホントにッ?」
「ホントに。」
「ありがとッ。」
そうニッコリと笑う少年。
そんなにあたしのアドレスが欲しかったのか、少年。
「これね。僕のアドレス!」
あっという間に、少年はノートの切れ端に自分のメールアドレスと携帯番号を書いてあたしに渡した。
・・・・これは、あたしから少年にメールしろという意思表示なのか・・・?
「・・・あ・・・うん・・・」
あたしは戸惑いながら少年から紙切れを受け取る。
すると、少年はさっさとあたしの部屋を出て行ってしまった。
階段を下る音が聞こえてくる。
「・・・・・・・。」
取り残されたあたしは、何をしていいものか分からず、もらった紙切れをじっと眺めていた。
「satsuki-kendo-0321@×××.......」
ものすごく個人情報がバレるアドレスだなぁ・・・と思った。
そして驚いたことに少年は「剣道部」らしい。
この「kendo」とはたぶん「剣道」のことだろう。
・・・・・誕生日は3月21日かな・・・
まだまだじゃん。
玄関が開く音が聞こえる。
少年がおばさんと一緒に帰るのだろう。
あたしの記憶に無い少年は、
風のように舞い込み、
風のように去って行った――・・・・