鳥羽彩朝楽
3日目は今回のメインである京都奈良見物。名古屋に居た時は何度も京都に行った。勿論宿泊する余裕はないので、嵐山などなるべく拝観料がかからない所を選んで。でもどうしても苔寺が見たくて訪ねたが、もう事前の予約が必要で思いつきの見学は駄目。計画は、先ず清水寺それから金閣寺、銀閣寺、宇治の平等院、奈良は興福寺と東大寺。
清水寺には8時45分到着、朝から観光客が多い。徒歩の人は黙々と坂を登る。2時間1000円の駐車場に入れる。係員、2時間予定しているので、この料金ですと。商売上手。
清水寺は哲也も私も小学生の修学旅行以来だ。名古屋近辺の小学生の修学旅行は大体京都、奈良。もう殆ど覚えていないが、本堂の清水の舞台だけは良く覚えている。その清水の舞台は修復工事中であるが、何とか舞台から京の街並みを見ることが出来た。
金閣寺、ここは直ぐ横に駐車場がしかも1時間300円、良心的だ。観光客は引きも切らず、外国人が多い、勿論中国のご一行様も。池に映る舎利殿の何と美しいことか。風もなく暖かで何とも心地よい。天候にも恵まれている。良い旅が続きそうだ。
清水寺から金閣寺、金閣寺から宇治平等院、2回二条城の横を通る。此処は言わずと知れた徳川将軍が京都在住の城である。目と鼻の先に御所。一旦事ある時は玉を手中にする格好の位置にある。禁門の変では、新撰組、会津藩、薩摩藩を主力とし、長州を京都の地から追い払ったことは京都っ子なら誰もが知る所だ。
昭和45年宇治の大久保駐屯地に第45普通科連隊が新設され、私も京都の福知山から異動となった。その年、同僚の50CCバイクに二人乗りして宇治の平等院に行った。
当時、勿論ヘルメットなど被ってなく、しかし途中警察官に呼び止められ、所属氏名を名乗ったら、口頭注意だけ、有難う御座いました。その当時は、遠目から見ることが出来、拝観料など不要。
その平等院も新しく朱塗りされ新装となったので、是非見たいというのが私。此処でも宏は車中に。3人で見たが、私が若い時に見た面影はなく、今風に仕切りに囲まれた中、平等院はその朱を際立させていた。
哲也が見たい興福寺の阿修羅像は生憎館内工事中で見られず、次の東大寺の大仏殿を見ることにした。此処でも宏は車中に。大仏が大きいのは承知だが、大仏殿を見たとき改めて衝撃を受けた。近代建築をもってしても雄大で荘厳な建物を現代の建築士は建てることが出来るのだろうか。そして、当時の朝廷の意気込みを肌で感じた、でも鹿も可愛い
3日目の宿は鳥羽彩朝楽、下呂と同じ湯快リゾートグループ。また、奈良から哲也が運転。今日の移動は日程の中でも一番短いが、それでも連日殆ど哲也が運転しているので疲れているだろう。ナビは最短の道を常に選択するので、高速道路があれば必ずそれを取り入れる。今回、勿論早く宿に到着したいので任せる。奈良県の山間を抜け、途中左に行けば伊賀の道だが直進し、久居から伊勢自動車道に入り南下そのまま鳥羽へ。
久居は自衛隊の前期教育で3ヶ月お世話になった所、休みの日は津へ行ってお汁粉やぜんざいをよく食べた。鳥羽市内でも地酒を購入。17時30分ホテル到着、食事は18時30分から此処もバイキング。
ホテルは高台にあり、フロントは1階だが、部屋はB1Fで、風呂はB5Fだ。風呂に行くと、何と浴槽のガラス越しに伊勢湾が広がり、勇壮な気分が味わえる。何とも素晴らしい眺めだ。 ここでも、ペットボトルに地酒を入れて飲むことにした。今度はバイキングだから気兼ねなしだ。