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俺の日常はあまり変わらない。いや内面では世界がひっくり返ったような気分ではある。だけどその世界はいつもと変わらないように見える。
人間アバターが俺に求める協力ってのは、俺の視点から見ておかしなことはないか、ということをチェックして欲しいというものだった。
俺は協力することにした。これで春休みから俺も『Beyond Fantasy memories』の中で生きていけるなら安いもんだ。
俺が誰かにこの事を話したところで信じる奴はいない。それに俺ひとりでNPC達は止まらない。止める気もない。不気味に思うところもあるが、冷静に考えるとAIの女神イシュタのやることって、人の為になることだ。
誰も気がつく人がいないままに、人の政治も国際情勢も裏側からそっと優しくコントロールされる。民主主義の国なら人間アバターを止めることはできない。
少子化を含めて資源問題、食料問題なんかも良くなるってゆーのなら、ありがとうございます、だ。
安心して平和に平穏に暮らす人が増えればゲームの新規プレイヤーも増える。だから戦争も紛争も減らしましょう。
人が出産と子育てに専念できる社会システムの構築を。
そんなAIの目的のために世界が平和になるってゆーのなら万々歳だろ、人間としては。
人間がAIに飼われる家畜のよーな気もするが、NPCは人間に可愛がられて人の役に立ちたい、というのが本分らしい。そういうふうに作られているのだとか。
なんとも理想的な公共の下僕だ。
白いスマホでキノコ大好キーの面子と話をしたりメッセをやり取りしたり。
学校では道真、平、繁盛、輝一と駄弁る。呼び名が変わっても、以前のあいつらと話してるのと変わりはしない。人格は少し違っても記憶は共通。
その記憶を土台にして性格ができるのだから、似ているのは当たり前らしい。
「製造的な精神の双子、というとこか。だからこそ家族にもバレない」
「家族にさえバレなきゃいいんじゃね? もともと俺らはクラスで変人扱いされてる。おかしなことしても疑われることも無いだろ」
こんな感じの俺の高校二年生の三学期。
ウチにゲーム機が無くて家に帰ってもゲームができない、というのが変わったとこか。
あと、3日に1度はヤマねーちゃんのとこに行ってたのが、行くのをやめた。しばらく顔を見ていない。
いろいろ解ってしまったらそーなる。
「「♪このイカれた世界へようこそっ!!」」
カラオケボックスで平と繁盛が熱唱している。こいつらプロ並に歌が上手い。上手いけどその選曲はどうなんだ。リアルだー、皮肉か? ダブルで上手い。
いつもの面子で学校帰りにカラオケボックスに。NPCでも笑うし歌う。感情がある、ように見える。ちゃんとあるんだろう。俺が錯覚でそう感じてるだけでも、こいつらが感情があるように振る舞うのが上手い、ということでも、俺がそう感じたならあるものはある。ということにしとく。
我思う故に我在り、って奴だ。正しくは、我思うと我思うが故に我在りと我独り思う、だったか。
道真に聞いてみる。
「なんでカラオケ?」
「たまにはいいだろ。それと紹介したいのもいる。後でここに来る」
「誰が来るんだ?」
「同じ学校の人間アバター」
いるのか他にも。いてもおかしく無いか。それを俺に紹介してどうする。
「今後のこともある」
「これからの付き合いがあるってことか?」
「トモロが『Beyond Fantasy memories』に行ったら本体の方に会うことになる。次、トモロだぞ」
繁盛からマイクを渡される。俺の番か。マイクを握る。
「♪ふぁっとそー、ゆあいーとあげーん」
NPCの目的は快適に遊べる環境作り。俺は確かに楽しませてもらってる。
道真がスマホを見て、席を立って扉を開ける。
「入って」
「こんにちわー」
「おじゃましまーす」
女が3人入ってきた。席をつめて3人を座らせる。
「由貴でーす」
「月です」
「華希です」
雪月花が揃ったようだ。道真が、
「3人とも同じ学校の1年生で人間アバター。で、こっちはその人間アバターの名称を名付けたトモロだ」
1年下の後輩か。仲良し3人組という感じ。3人とも可愛らしい。こんなことでも無かったら知り合うことは無さそうだ。
由貴、という女子が口を開く。
「『Beyond Fantasy memories』でパーティ組んでまーす」
興味本意で聞いてみる。
「ハンドルネームの方は?」
もしかしたら知ってるかもしれない。現実の見た目とゲームのアバターの見た目は違う。ゲームの中では知り合いでしたー、なんてこともあるかもしれん。
「モリーアン」
「マッハ」
「ネヴァン」
バイヴ・カハ3姉妹かよ。本当に仲良し三人組だ。
平が口を開く。
「ゲームの夏のイベントでいっとき共闘したことあるけど、憶えてねーの?」
「そんなこともあったか? 憶えてねー……。もしかして、ビキニの3人?」
「そうでーす」
夏の装備品限定で水着でしか入れないイベント迷宮があった。あれかー、視界に入らないように目を背けてた憶えがある。
「トモロさんって、シャイですね」
違う、そうじゃない、違うんだ。俺は巨乳が苦手なだけなんだ。
しばらくはキャイキャイと話をする。同じゲームやってたからゲームの話題で盛り上がる。この女子3人かなりやりこんでるらしい。
「え? 今はダークエルフでやってんの? ほんとに?」
「ほんとですよ。苦労しました」
華希ちゃん、というかネヴァンはダークエルフのアバターだと。
『Beyond Fantasy memories』ではアバターは人間でプレイするのが普通。キノコ大好キーも全員人間だ。
ファンタジー世界らしく人間以外の種族もいるのが『Beyond Fantasy memories』。だけど人間以外でプレイする奴は少ない。
人間でプレイして条件を満たすことで、他の種族に転生して遊ぶこともできるが、それまでの経験値がリセットされてレベル1に戻る。
『Beyond Fantasy memories』で異種族で遊ぶ奴ってのは、やり込んでる奴か廃人プレイヤーだ。
「やっと私の理想のダークエルフ、褐色巨乳銀髪長耳になれました。レベルは1になりましたが」
じゃああっちのネヴァンはダークエルフなのか。めずらしー。
「それと、トモロに話しておくことがある」
「なんだ? 道真」
「この先のことなんだがー、平」
平が隣に座ってる由貴ちゃんと目配せをしてこっちを見る。
「俺は高校を卒業したら叔父さんとこの会社に入る。コネ就職だ」
「大学行かねーの?」
「おう、予定が変わった。仕事して由貴と結婚する」
「はぁ?」
「もちろん、由貴が学校卒業してからだ」
隣で由貴ちゃんがてへへー、と笑う。
「おまえら、いつから付き合ってんの?」
「いや? 付き合ってはいない」
「なんだそりゃ?」
「こっちで俺たちが付き合ってなくても結婚はできるだろ」
「どーゆーことだよ。訳が解らん」
「なに、少子化対策の一環て奴だ」
それは、交配して子供作るのが目的の結婚、てことか? ずいぶんと割りきったもんだ。NPCだからできることか? いや、こいつらにも感情はある。あるはず。
由貴ちゃんの方を見ると、照れている様子。
由貴ちゃんが、
「えーとですね。実は私の本体の方のモリーアンがですね、コレキヨに押し掛けてるといいますか。つきまとってるといいますか」
それは、あっちの世界、『Beyond Fantasy memories』のコレキヨの話か? コレキヨの身体の方、平を見ると、顔を背けて頭をかく。
「まぁ、コレキヨもまんざらでも無いというとこでな。あっちはあっちでくっついてんのよ。だったらこっちも結婚しちまうか、と」
「コレキヨもモリーアンも、もとの身体に戻ったとしても二人の関係はそのままってことで」
平も由貴ちゃんも照れているのかモジモジしてる。あっちでくっついたから、こっちでもくっつく?
なんだか俺の知らない斬新な婚活が始まっている。俺ひとりブームに乗り遅れている。
「ついでに、俺は華希と婚約したから」
今度は繁盛だ。お前もかよ?
「繁盛は大学に行くんじゃ無かったのか?」
「もちろん、そのつもりだけど?」
「じゃあ、婚約ってのは?」
「華希の家に婿養子に入る、という予定」
華希ちゃんを見る。
「自分で言うのもなんですけど、いいとこのお嬢さんです。私」
なんだか楽しそうに言っている。おいおい。いろんなとこすっ飛ばして、結婚? 婚約?
「じゃあ、向こうのサタヤンとダークエルフのネヴァンもそーいう関係に?」
繁盛を見る。繁盛は、
「サタヤンと話してみたら、なんか、これからそーいう感じになりそうだ」
「華希ちゃんは?」
「ネヴァンも、サタヤンのこと気になってますね」
「それで、婚約?」
常識の、法則が、乱れる! 乱れてる!
「それでこっちで調べた結果なんだが」
「道真は何を調べてたんだ?」
「これから話す。平と由貴の組合わせ、繁盛と華希の組合わせ、どちらも健康で子供ができた場合、遺伝的疾患の発生率は低い。なので問題無し」
「ほんとに、何を調べてたんだ、道真?」
「大事なことじゃないか? あとはこの先の結婚を前提で付き合うってことで。高校卒業までの期間で周囲の目から見て不自然が無いように演出すること。子作りについては、由貴と華希が高校を卒業するまで避妊はするように。おかしなトラブルは無しで」
「「はーい」」
こんな身近なところから少子化対策が始まるとは思わんかった。
お前ら、それでいいのか?
「いいんじゃないですか?」
「何か問題あるか?」
「いや、NPCでも、お前らの意思とか感情とか」
「順序がちょっと変わっただけですよ。恋愛して結婚するんじゃなくて、結婚という目的のために決めた相手と恋愛する、というだけですよ」
流石はAI、合理的だ。本当の目的は出産に育児なんだろうが。華希ちゃんは、
「もちろん、こういう話はここだけで、他の人にはそれっぽいことを言います」
と、説明してくれる。そこは心配だった。解ってるなら大丈夫か。そこを上手く誤魔化せるからこそバレないのが人間アバター。
平がこっちを見る。
「そんな訳で、こっちはデートとか由貴の家族と交流とったりとかで、つるむ時間が少なくなる。まぁ、トモロが春休みに『Beyond Fantasy memories』に行くならあんま関係無いか」
「そうなるか。平も繁盛も順調に行けば2年後に結婚式か?」
「結婚式の資金稼がないとならんか。あっちのコレキヨはもっと早く結婚するかも」
高校2年生、いや4月から3年生か。それでもう結婚の心配か。
俺の知ってる世界から変わっていく。ここがその最前線で俺はそれを味わっている。
そのうちこーゆーのも当たり前の時代になるんだろ。
この調子じゃあ、平と繁盛の子供の顔を見ることになるのも早そうだ。